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人形令嬢と道化王子の会話劇2

「お茶会にいらっしゃらず、夜会では他のご令嬢を優先したこと。殿下の名を伏せて贈り物をくださったこと。誰にも言わず王宮に愛らしい裏庭を整えてくださったこと。愚か者のようにふるまい道化を演じてらしたこと」


嵐が通り過ぎたようなテーブルを見下ろし、紅茶が零れず無事だった自分のカップに触れるドロシー。


「継承権争いに巻き込まれないよう、わたくしを遠ざけてくださったのでしょう――今のように」


しばらく言葉を失ったクロッドは、掠れた声で笑った。


「は……お、お前がそんなに想像力が豊かだとは知らなかった。言ってる意味が全く分からんな。とにかくドロフォノスの世話になる気はない。ひとりで対処できるから着替えと馬を」


次の瞬間、クロッドはドロシーに押し倒されていた。


寝台が大きく弾み、真っ白な天蓋が翻り、繊細な房飾りがシャラシャラと揺れる。獲物に襲い掛かる捕食者の速さだった。


クロッドは理解が追い付かず、ベッドに押さえつけられたまま、自身を覗き込む緑眼をただ見つめ返す。ドロシーの艶やかな黒髪がさらりと頬に触れ、やっと声を絞り出した。


「え、な、なにを」


「か弱い乙女を振り解くこともできないのに、()()()()()()()にどうやって対処されるおつもりですか?」


クロッドは戸惑いながらも拘束から逃れようと身を捩る。ただ両手首を寝台に縫い留められているだけなのに、いくら抵抗しても動けない。ドロシーは涼しい顔のままだ。


「う……は、放せ……ッ」


「ご自分で逃げてはいかが?できるものなら」


そう突き放せば、凛々しい眉がみるみる下がり、赤い瞳が縋るような色を帯びる。覆い被さったドロシーの下で、クロッドの大きな身体が怯えたように縮こまった。


「ドロシー嬢、放してくれ。い、痛い……から」


鞭で打たれた背中の傷が寝台に擦れて、クロッドは苦しげに吐息を漏らす。そむけられた顔を追うように、ドロシーは耳元で低く囁く。


「痛いですか?この程度で?――殿下を害そうとした連中はコレよりもっと痛いことをしてくると思いますが?」


「……ッ」


ビクッと肩が跳ね、息を詰める気配。無防備に晒された首筋が強張り、わずかに汗ばんでいる。クロッドの身体は温かかった。少し熱があるのかもしれない。昨夜担ぎ込まれたとき汚れを洗い流した以外は清拭しかしていないのに彼の身体から林檎のような香りが匂い立つ。


ドロシーは自分の呼吸が荒くなるのを感じた。


――目の前にある褐色の肌を食い千切りたい。今すぐに。


残忍な衝動を生唾とともに飲み下せば、クロッドの喉仏がかすかに震えた。


「……ッう……ぐす」


ドロシーはバッタのごとく素早く飛んで、ベッドから退いた。


――泣かせて、しまった?


ベッドの上では、あられもない恰好のクロッドが弱々しく鼻をすすっている。


ドロシーの頭は生まれて初めて真っ白になった。


――泣かせてしまった。やりすぎてしまった。殿下がひとりでなんとかするなどと健気なことを言うからつい。ほんのすこし怖がらせて、わたくしの傍から離れないようにしたかっただけなのに (ちょっと噛もうとしたけど)。


「で、殿下、殿下。泣かないでくださいませ。申し訳ございません。出過ぎた真似をお許しください。わたくしは」


「ご、ごめん……君が悪いわけじゃ……ただもう自分が情けなくて……」


――自信をなくさせてどうするドロシー・ドロフォノスッ!!!


あわわわわとドロシーは両手を意味もなく上げ下げした。


「いいえ、いいえ。殿下は情けなくないです。わたくしの力が強いだけです。わたくしはゴリラなのです。ゴリラの生まれ変わりなのです」


これはあっているのだろうか?この励ましは正解か?ドロシーは手探りでクロッドを慰める。あと他に何をすればいい?甘いものを用意する?子守歌?一発ギャグ?


「すまない……もう大丈夫。なんか……なにもかもうまくいかないから取り乱してしまった」


動転するドロシーを見て、クロッドが気まずそうに起き上がる。もう道化を諦めたのか、先ほどまでの刺々しさは消えている。ドロシーは一発ギャグ『側妃殿下の引き笑い』を引っ込めて、再び椅子に腰掛けた。


拳で目元を乱暴に拭い、こちらに向き直るクロッド。


「……なにから話せばいいか……まず、これまでのことを謝らせてもらっていいだろうか。わ、私が不甲斐ないせいで迷惑ばかりかけて、本当に、本当に申し訳なかった」


赤い鼻の道化王子は、そう言って深く頭を下げた。

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