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人形令嬢と道化王子の会話劇

柘榴石のような双眸がゆるゆると動き、しっかりと像を結ぶ。


対して、息がふれるほどの至近距離で、鮮やかな緑眼がぱちりと瞬きした。


「おはようございます、殿下」


「うわ―――ッ!!??」


寝台に横たわったクロッドの隣に、ドロシーはちゃっかりと収まっていた。


「痛ッ!?え、な、なんで君が?」


痛みに顔をしかめながら半身を起こしたクロッドは、自分が包帯でぐるぐる巻きにされ上半身になにも身に着けていない事実に再び声を上げ、上掛けをめくって下半身を指差し確認した。


「よ、よしッ!履いてる!」


「ようございましたね、殿下」


「いや、よくない!よくないぞ!すまない、一体なにがあったのか教え」


言いながら、ドロシーを見たクロッドが三度目の悲鳴を上げる。


「着てないッ!!??どうしてッ!!??」


「チャンスだからです」


「よく分からんがなにか着てくれッ!!」


下着姿のドロシーを上掛けで素早くくるんで、クロッドは寝台から滑り降りた。


「も、申し訳ないッ!どうしてこんなことになったか全然覚えがなくて……ッ」


クロッドは訳も分からず、床に這いつくばって頭を下げている。いつもの額を露出させた髪型が乱れているクロッドを眺め、ドロシーは深く頷いた。


「これはこれであり」


「なんの話!?」


ドロシー調べによれば、クロッドはオールバックをチョイワルモテ男の髪型だと思っており、道化モードのときはいつもその髪型だったのだ。普段はなかなかお目にかかれない前髪ありのクロッドを堪能したあと、ドロシーは満足して黒絹のガウンを羽織った。


分厚い絨毯が敷かれ、部屋は暖炉でたっぷりと温められているが、まだ傷の癒えていないクロッドを床に座らせておくわけにはいかない。肌面積広めの状態を惜しみつつ、クロッドにもガウンを着せかける。


「殿下、落ち着いてください。ベッドへどうぞ。ご説明させて頂きます」


「いや、でも、あの」


「落ち着いてください」とドロシーは繰り返す。クロッドの動揺の元凶のくせにしれっとした顔であった。


すぐに侍女を呼び出し、熱い湯の入ったボウルや清潔な亜麻布、水差しなどを用意させる。ドロシーは「自分の目の前でクロッドが顔を洗ったり、水を飲んだりしている」という事実を噛みしめながら、傷の治りによい薬草を煎じた紅茶を整えた。


クロッドがベッドに腰掛けたのを見計らい、ドロシーも寝台脇の椅子に座った。


「さて」と口火を切る。


「まず――ここはドロフォノスの屋敷です。今の状況についてですが――」


ドロシーは当たり障りのない説明をした。たまたま幣家の使いが森を通りかかったら、血まみれのクロッドが倒れていたため介抱した。夜盗の類だろうと王家には報告済みで、当面の間ドロフォノス家で身柄を預かることになった、と。


「ルナール殿下はひどく心配されておられましたよ」と伝えると、クロッドは明らかに安堵していた。今回の拉致未遂事件は、義弟と関係のない第三者の介入だと思ったのだろう。(なおドロシーが添い寝をしていた件は、寝ぼけてベッドを間違えたと言ってゴリゴリに誤魔化した)


「話は分かった。ドロフォノス家には迷惑をかけて本当に申し訳な……いや!臣下としては当然の務めだな!でも一応礼を言おう!」


なんとか道化モードを取り戻そうとしているようだ。でも、まだ情報を処理しきれずところどころ素が出ている。


「それで殿下はあのような時間に、なぜ森に?」


きょとんとしていたクロッドが、ガバッと立ち上がった。


「駆け落ちだッ!!」


ですよね。ドロシーはもちろん把握済みである。


「そうだった!こんなところにはいられない!すぐ出て行かせてもらう!駆け落ちのためにな!」


どうやら、こんな状況でも本来の計画を強行するつもりらしい。


「あらまあ、駆け落ち?どちらへ?」


「教える義務はないッ!すぐに馬を用意して――」


言いかけ、クロッドが沈痛な表情を浮かべる。即座に察したドロシー。


「ラビなら厩におりますわ。元気に飼い葉を食べております」


クロッドはホッと全身の力を抜く。


「本当か!?ありがとう!一緒に連れてきてくれたんだな!」


「しかし殿下を駆け落ちさせるわけにはまいりません。まだ御身が万全でないうえ、お怪我を負わせた犯人が分からない以上、我が家でお守り致します」


今度はギョッと身を竦める。


ショックを受けたり、ホッとしたり、ドギマギしたり忙しい。ものすごく変化が分かりやすいとドロシーは思った。今までは相当努力して、一貫した傲慢道化モードを維持していたことが分かる。


「わ、私を守る必要などない!駆け落ちできないなら帰る!」


駆け落ちの書置きがある以上、クロッド自身もう王宮に戻れないことは分かっているはずだ。そしてドロシーはあんなところにクロッドを帰すつもりはない。


「いけません。今王宮に戻られるのは危険です。王陛下には夜盗とご説明しましたが、相手は貴方様が第一王子だと知った上で傷つけた可能性もあります。戻られるのも駆け落ちなさるのもお勧め致しません。どうか落ち着くまでこちらにいらしてください」


クロッドは苦し紛れにサイドテーブルを叩いた。茶器が跳ね、紅茶がシーツに零れる。


「余計なことをするなッ!これは私の問題だ!」


「そうはまいりません。殿下をお守りするのは、わたくしどもの義務です」


「そ、そんなことは頼んでいない!君、い、いやお前には関係ない!誰が関わっているか分からない以上ここにいるわけには――こ、これでは、なんのためにずっと」


「『ずっと』?――ずっと、なんですか、殿下?」


早くドロフォノス家から出て行かなくてはならない。その焦りが道化の口を滑らせ、人形は静かに微笑んだ。


「『なんのためにずっとわたくしを避けていたか分からない』。そうおっしゃりたかったんですか?」

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