ドロフォノス侯爵家の団欒
「というわけで、王家は快く彼の身柄を我々に預けてくださった!」
ドロフォノス侯爵は上機嫌だった。彼の口髭も機嫌がよさそうにピンと跳ねている。
執務机についた侯爵の前には、ドロシーがいつもどおり感情の読めない顔で立っていた。
「お父様、重ねて此度の不始末、申し訳ございませんでした。王陛下より賜った獲物をみすみす奪われかけるなどドロフォノスの名折れ。いかなる処分もお受けする所存にございます」
ドロシーが淡々と謝罪し頭を垂れると、父侯爵は朗らかに笑う。
「処分だって?まったく我が家のかわいいかわいい猟兵は、責任感が強すぎて心配になってしまうよ!もちろん処分などない。すべては自分の群れも管理できない老いた雄鶏のせいだ。今頃『誰が兎に手を出したか』と大騒ぎだろうよ」
「では――本当にわたくしが頂いてよろしいんですか」
ドロシーがそっと自身の胸に手を当てる。
「兎のことだね?」と、侯爵は満面の笑みを浮かべた。
「もちろんだ!いやあ、まさかそんなに『お気に入り』だったとはなあ!ドロシーからのおねだりなんて小さな時以来じゃないか?まったく彼も獲物冥利に尽きるというものだ!」
「あなた、そのドリーちゃんの『お気に入り』のことなんだけど」
おっとりとした口調で、ソファから立ち上がったのはドロフォノス夫人。ちなみにドリーとは家族内におけるドロシーの愛称である。
「ドリーちゃんがね、『お気に入り』をお部屋で飼いたいみたいで、檻も鎖も必要ないって言い張るのよ。でも防音障壁もないし血で汚れるかもしれないし、おにいちゃまが地下室を空けてくれるから、あなたからもそっちで飼うよう言ってくださらない?」
すると、夫人の傍らにいた兄も頷く。白皙の美貌には、箱入りのご令嬢が見れば一目で恋に落ちそうな甘い微笑を湛えている。
「地下室で飼った方が安心だよ、ドロシー。まあ、私としては調子に乗ってドロシーとの婚約を破棄したペットは地下室でも優遇しすぎだと思うな。外に兎小屋作ろうよ。お母様に調教グッズか洗脳グッズ借りて『ピョン』しか言えなくするんだ」
「はっはっは!それはいい!ママのコレクションは実に素晴らしいからなあ」とドロフォノス侯爵まで加わる。
ドロシーは無表情ながら不満そうな眼差しで家族を見回した。
「お父様、お母様、お兄様。わたくしは殿下を傷つけるつもりはありません。なので血は出ませんし、防音も必要ありませんし、調教も洗脳も致しません」
「調教も洗脳もしない!?」とびっくりする夫人。ドロシーはかまわず続ける。
「そもそも処罰されるものと思っていたので家を出るつもりでした。殿下はもう王都がお嫌かもしれませんからここを離れ、古い町の外れにある水辺に小さな家を建て、白い犬を飼い――」
「なんで白い犬?」と、兄まで声を上げる。ドロシーは気にせず続ける。
「春はイバライチゴのジャムをたっぷり作って保存食とし、夏は木陰でフロイライン・フィーリアの詩集を読み合い、秋はポーチに置いたロッキングチェアで赤い毛糸の靴下を編んで」
「めちゃくちゃ具体的なビジョンある!!」「なんなの、その謎のディティールは」
「冬は聖夜祭に赴き熱いワインを飲むのですが、熱すぎて殿下は舌を火傷する予定です。なので、わたくしが『急いで飲むからですよ。冷ましてさしあげますね』と念入りにフーフーして」
「セリフまで付いてる!!」「火傷する予定ってなに!?」
「殿下はそのような生活に憧れがあるのです。殿下をおはようからおやすみまで監視したわたくし調べなので間違いありません」
自信満々のドロシーに、家族一同絶句する。
ややあって、侯爵が口を開いた。
「私は婚約の時くらいしか彼とまともに話したことがないが……そんなとりたてて面白くもないママゴトみたいな生活が、彼の憧れなのかね?」
「そうです」
「その憧れを実現してやりたいのかい?ドロシーは」
「そうです」
「ほう、それはなぜ?」
問われ、ドロシーは口を噤んだ。自分でも疑問に思っていたからだ。
「しいて言うなら」
慎重に言葉を選ぶ。
「しいて言うなら、殿下がお喜びになるだろうと思ったからです」
「彼が喜ぶと、ドロシーは満足するわけだね?」
「ええ、おそらく」
侯爵はふんふんと頷き、夫人と息子に目配せした。「『お気に入り』というのは一種の冗談だったんだが、まあこういうこともあるだろうね」
夫人は困り顔ながら「まあまあ」と頬を緩め、兄の方はショックを受けたのかガックリと項垂れている。
「あんなに血と暴力が好きだったドロシーが……大きくなったらおにいちゃまと結婚するって言ってたドロシーが……」
「言っておりません」
ふむ、と侯爵は顎を撫でた。
「今回、慰謝料代わりに王陛下より奪い取っ……頂いた領地に、ちょうどいい町がある。もし興味があるならドロシーの好きに使いなさい。でも、すぐに居を移すなんて寂しいことは言わないでおくれ。せめて、彼が元気になるまではここにいなさい」
茶目っ気たっぷりに微笑む侯爵。ドロシーは感謝を込めて淑女の礼を返した。
「お父様、ありがとうございます」
「いいんだよ、パパだって兎と遊びたいからな」「ママも」
「ダメです」
「おにいちゃまはいいだろう?」
「ダメです」
「ところで、さっきから気になっていたんだが」
「なんでしょう、お父様」
「なぜ下着姿なのかね?」
ついに侯爵が指摘した。
ドロシーはふんだんにフリルがついた黒いドレスランジェリー姿のまま真顔で答えた。
「殿下を、より深く知るチャンスだからです」
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