表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マーガレットの花のように  作者: 長岡更紗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/22

第19話 わずか十秒

 次の日曜日、ロレンツォは約束通りアクセルを連れてやってきた。

 彼はアクセルに何も言っていなかったのだろう。レリアの大きく膨らんだお腹を見て、アクセルは目を丸めていた。


「な……ま、さか……」

「身に覚えがあるのか、アクセル」


 ロレンツォが横からアクセルの背中を押し出した。アクセルはヨタヨタと二、三歩レリアの前へと進む。


「覚えがあるなら、きちんと話し合ってこい。今日のアルバンでの仕事は、俺がすべてやっておいてやる」


 どうやらロレンツォは、アクセルを騙して連れてきたようで、二人とも騎士服姿だ。ロレンツォはケビンといくつか話をすると、トレインチェへと戻っていった。


「アクセル様、ここではなんですから、よければお部屋の方へ」

「あ……ああ。そうだな……」


 かなり動揺しているのが見て取れる。騙されて連れて来られたのなら、何の心の準備もしていないに違いない。動揺するのも仕方がないと言えるだろう。

 二人は何度も逢瀬を重ねた部屋へと入る。アクセルの香りがしていた部屋はすっかり絵の具臭くなり、息子との生活で物が溢れていた。

 椅子を勧めるも、アクセルは立ったまま座ろうとせず、逆に椅子を勧められてしまう。


「いえ、アクセル様が座らないのなら、私も立ったままで」

「いや、座ってくれ。妊婦がずっと立ったままなのは大変だろう」


 そう言われてレリアはそれ以上断るもの悪いと思い、椅子に腰かけた。アクセルは幾分か平静を取り戻しているようだ。さすがに頭の切り替えが早い。


「……触っても、いいだろうか」


 彼は、小難しい顔をして尋ねてくる。レリアはこくんと首を縦に下ろした。

 数歩近付いたアクセルが膝を折り、レリアの大きなお腹にそっと手を置く。


「この子は、俺の子で間違いはないな?」

「ええ、間違いはありません」

「そうか……すまない」

「どうして謝るんですの?」

「レリアがこんな状態にあることを知らなかった。……知ろうとしなかった。それを申し訳なく思う」


 彼の手が、そっとお腹を往復した。小難しい顔をしていたアクセルは、幾分か優しさを表情に出している。


「私こそ、勝手に産もうとしてごめんなさい。産んで落ち着いたら、伝えるつもりではいたのですが」

「少し待ってくれ。今、どうするか考える」


 そう言って、アクセルが黙した瞬間、お腹の子が蹴り上げるようにドスンと胎動を感じた。お腹に手を当てていたアクセルも、それを感じ取ったはずである。その数秒後に、アクセルは口を開いた。


「決めた」

「え?」

「結婚しよう。トレインチェへ戻り、家を借りるなり買うなりして、一緒に暮らそう」


 わずか十秒ほどですべてを決めたというのだろうか。相変わらずの決断力に、レリアの方が狼狽える。


「あの……いいんですの?」

「ロベナーと離婚はしていただろう? 問題ない」

「いえ、そうではなく……私にはこの子だけじゃなく、クロードという大きな息子もいるんです。私は息子を育てる責任が……」

「無論、クロードも一緒に暮らすつもりだ。レリアと結婚するということは、彼も俺の息子になるということだ」


 普通は思い悩むところだと思うのだが、アクセルは当然のようにそう言ってのけた。


「いえ、でも、私……本当は三十三歳……いえ、そろそろ三十四歳になるんです」

「それがどうかしたか?」

「その、アクセル様にはもっと相応しい女性がいるのではないかと……」

「俺にとっては、レリアがその相応しい女性だ」

「そんな、有り得ませんわ……」

「それはレリアが決めることではない。俺が決めることだ」


 アクセルはお腹に置いていた手を移動させ、レリアの手を強く握った。


「俺と結婚してくれ」


 夢にまで見たプロポーズをされ、レリアは喜びで目を瞑った。子どもを産み、家族で仲睦まじく過ごす姿を想像する。子が生まれ、一歳、二歳、三歳、四歳、五歳。しかしその想像はそこで途切れた。


「アクセル様……言っておかなければならないことが」

「何だ?」

「知っておられるかもしれませんが、クララック家の女子は代々短命です。皆、四十を超える前に何らかの形で亡くなっています。私も、どういう死に方をするのかわかりませんが、後六年もしないうちに、私にも死が訪れるに違いありません」

「そんな迷信のようなものに囚われるな。簡単に死なせはしない。俺が必ず守る。信じてくれ」

「アクセル様……」


 真っ直ぐな瞳に、レリアは吸い込まれるようにアクセルを覗き込んだ。すると彼はそっと唇を寄せ、そしてレリアの唇に触れてくれる。数ヶ月ぶりのキスは、何だか泣けた。


「結婚、してくれるな」

「はい、アクセル様……」


 今度はアクセルの問いに、素直に応じられた。愛する人に優しく包まれ、レリアはこの上ない幸福を感じる。


 ずっと。四十を超えてもずっと。

 ずっと、アクセル様と一緒に時を過ごしたい。


 アクセルの腕の中で、レリアはそう強く願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ