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マーガレットの花のように  作者: 長岡更紗


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18/22

第18話アルバンでの生活

 冷たい風が吹き抜けた。もう外で描画するのは厳しい。陽の高い時間を狙ってはいるが、今日は一段と寒かった。

 クロードは今日もこの寒空の下、アルバンの露店で絵を売ってくれている。二人だけの生活は、なんとかやって行ける程度だ。アクセルが部屋を貸してくれていなければ、野宿しなければいけないところだっただろう。

 そんなことを思いながら、レリアは湖のほとりで景色を描写していた。

 ここからの風景が、一番アルバンの街らしいのだ。


「随分と進みましたね」


 後ろから官吏の一人が現れ、レリアの描いた絵を覗き込んできた。以前レリアに絵画を注文した、ケビンという男である。レリアはそっと振り返ってその絵を見せた。


「ええ、まだ少しかかりますが……いかがですか?」

「すごくいいですよ。正にアルバンの街! という感じがします」


 くすくすと青年が笑い、レリアもまた、それに合わせて微笑みを見せる。


「でも、寒くなってきたので無理はなさらないでくださいね。僕は急ぎませんから」


 そう言ってケビンはストールを渡してくれた。この官吏は本当に細かなところを気遣ってくれる。有難い存在である。

 レリアはそのストールを首に巻き、そっとお腹に手を当てた。随分と大きくなったお腹を見て、ケビンは待ち遠しそうに声を掛けてくれる。


「後一ヶ月ほどですよね。楽しみだなぁ」

「ええ、その予定ですが、思ったより大きくて……もしかすると、近いうちに出てくるかもしれませんわ」

「え!? そうなんですか!? では、医者の手配を早めて……」

「大丈夫ですよ。産気づいてから呼んでも間に合うはずです」

「土日じゃないといいんですが……土日は、ここにもノルト村にも医者はいませんから」

「そうですか」

「今のうちにトレインチェに行くのもよろしいかと」

「いつ生まれるのかわからないのに、そんな長く滞在できませんわ」


 アルバンの街には経産婦が幾人もいるし、特に心配はしていない。レリアも三人目ということで、どうにかなると思っている。


「とにかく、ここでは産気づいても誰も気付いてくれませんから、そろそろお部屋か人通りのあるところで描いてくださいね!」

「はい、お気遣いありがとうございます」


 ケビンが去っていくのを見送ってから、レリアは再び絵を描き始めた。まだ一週間くらいはここにいても大丈夫だろう。さすがにその先は部屋で絵を描いた方がよさそうだ。

 手前の湖に光を入れていると、またも人の気配がした。振り返ってその耽美な顔を見て、レリアは丁寧に頭を下げる。


「いかがですか。体調の方は」

「ええ、お陰様で、順調ですわ」


 ミハエル騎士団のロレンツォは、地元ノルト村に戻るたび、アルバンにも足を伸ばして様子を見に来てくれていた。実はアルバンに来る際、護衛してくれたのもロレンツォだ。地元に帰るついでだからと言ってくれて。


「まだアクセルに言うにつもりはないのですか? もう構わないでしょう」

「……会う機会がありませんもの」

「俺が連れてくればいい。男としては、こういうことをあまり隠されたくはない」


 ロレンツォには、早々に妊娠していることがバレた。アルバンに行く際、馬の振動を気にし過ぎたせいだろう。それを彼は、誰にも言わずにいてくれている。


「でも、アクセル様は私に会いたくないのではありませんか?」

「何故そう思うんです」

「だって、アクセル様は仕事でしょっちゅうアルバンに来ると言っていたわ。それなのに私がここに来てからは、一度も来ていないとケビンさんに伺いました。私を避けているからに他なりませんもの」

「……」


 レリアの言葉は図星だったようで、ロレンツォは苦い顔に変わった。


「恐らくアクセルは……どうしていいのかわからないんでしょう。あいつもまた、傷ついている。そしてアクセルは誰よりまっすぐな男だ。相手が既婚者だと知らなかったとはいえ、不義を働いた事実に自責の念を持っている」

「……私のせいですわね」

「ちゃんと調べなかったあいつも悪い。だがアクセルがあんなにも懊悩しているということは、まだ貴女に気持ちがあるからでしょう。お腹の子のことを、きちんと話した方がよい。それでアクセルも一歩前に踏み出せるかもしれない」

「……話して、どうなるとお思いですか」


 そう問いかけると、ロレンツォは一瞬言葉を詰まらせた。


「……わからない。あいつの潔癖さを加味すれば、レリア殿にとってよい返事にはなりますまい。子どもは認知されず、レリア殿とは何事もなかったかのように生きて行くことを選択するかもしれない」

「私も、そのように思います」


 レリアも同意すると、「だが」とロレンツォは続けた。


「潔癖だからこそ、逆もあり得る。アクセルは責任感の強い男だ。自分のやってきたことに目を反らせる奴じゃない。貴女を放っておく方に自責の念を感じているなら、アクセルは必ず貴女の助けになってくれるはずだ」

「ロレンツォ様。私はアクセル様に助けてほしいわけではないんです」

「……では、どうしてほしいと?」

「アクセル様が私のせいで苦しんでおられるなら、救って差し上げたい……それだけです」


 どう救えばいいのか。その答えが丸っきり出ないのだが。

 もうアクセルとは関わらず、彼には本当の幸せを手に入れてもらうしかなさそうだ。自分にできることは、そこにはない。


「では、あいつを救ってやってくささい。それは、貴女にしかできない」

「……え? 何をおっしゃって……」


 レリアの考えとは、真逆の考えをロレンツォは言った。どうしろというのか。誰か別の女性を紹介すればいいのだろうか。


「二人とも避けようとせず、一度ちゃんと話してみるべきだ。どうしたいのか。どうしてほしいのか。そうすれば、すべきことが見えてくるはずだ」

「ロレンツォ様……」

「次の日曜、アクセルを連れてくる。いいですね」


 断定的にロレンツォに問われたレリアは、仕方なく頷く。しかし心の底では沈殿していた感情が、にわかに舞い上がるのを感じていた。

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ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
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巻き戻り聖女
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巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
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国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
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第五王子
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急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

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王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

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