表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マーガレットの花のように  作者: 長岡更紗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/22

第13話 犯罪の匂い

 その日、アクセルはレリアと共に、アルバンの街に来ていた。

 ボートを漕いで湖畔を眺める。どこか寂しげな夕焼けが湖面を赤く染め、二人を静かに包んだ。


「……部屋に戻ろう」


 部屋に戻ればすることはひとつだ。しかし、今日のアクセルは些か気乗りしなかった。

 アクセルは、あれから地道にイースト地区の事件を捜査していた。すると、どうしても一人だけ怪しい人物が浮上する。そう、ロベナー・クララックである。

 アクセルは、それをレリアに伝えようか迷った。まだ捜査段階で確証のないことだ。しかし、アクセルがトレインチェにいない時を狙うように犯罪が起きたり、イースト地区の各所に倉庫を持っていたり、雷の魔術師を仲介する酒場が彼の経営する店だったり、怪しい点が多い。それをレリアに問うべきだろうか。捜査とは言え、恋人を疑うように尋ねるのは嫌なものだ。


「どうしたのですか? アクセル様?」


 部屋に入り、小難しい顔をしたままのアクセルを、レリアは不思議そうに見つめてきた。

 アクセルは嘘が得意でない性格だということを、自覚している。もしロベナーが犯人だとしても、レリアが関わっていることはないはずだ。しかし彼女にも聞き取りを行う必要はある。


「……レリア、怒らずに聞いてほしいんだが」

「はい、何でしょう」


 レリアの純真な顔を見ると、やはり言いづらくて躊躇してしまう。しかしそれでもアクセルは言葉を繋いだ。


「イースト地区で騒ぎになっている事件を知っていると思うが」

「ええ、存じております。それがどうかしましたの?」

「俺は、クララック卿を疑っている」


 レリアはきょとんとした顔でアクセルを見ている。そんな考えなど、頭の片隅にもなかったのだろう。


「それでクララック卿が怪しい行動を取っていたりしてなかったか、教えてほしいのだが」

「……どうして、ロベ……父を疑うんですか? 父が何をしましたか?」


 レリアに睨むように問われるのも仕方ないだろう。誰だって家族を疑われるのは嫌に決まっているのだから。


「すまない、疑って掛かるのが仕事のようなものなんだ。気を悪くしないでほしい。今はまだ何の確証もない。逆にレリアがクララック卿の身の潔白を証明してくれれば、もう疑わずに済む。協力してくれないか」


 これは本心だ。アクセルも本当はレリアの家族を疑ったりはしたくない。こんなことでレリアとギクシャクするのも嫌だ。


「……わかりました。何なりとおっしゃってください」


 レリアの了承を受けて、アクセルは首肯する。


「まず、俺たちがアルバンの街に泊まるというのを知らせているのは、クララック卿にだけか?」

「いえ、父と……あと、クロードに伝えています」

「クロードというと」

「息……弟です」

「二人か……クララック卿とクロードに、最近不審な動きはないか?」

「いえ、特には………あっ」


 レリアは何かを思い出したかのように、手を口元に当てた。


「何かおかしなことが?」

「いえ、あの……」


 関係ないかもしれませんが、と前置きしてからレリアは続けた。


「クロードが、最近何かを言いたそうにしているんですが、歯切れが悪くって」

「内容はわからないのか」

「ええ、でもお父様がどうと言っていたような……」

「もっと、詳しく」

「無理ですわ、聞いていませんもの。ただ、アルバンに行く振りをして、家で隠れていてほしい、という風に言われたことはあります」


 怪しい。少なくともクロードは、ロベナーの何らかの秘密を知っているようだ。


「レリア、それを聞き出せるか?」

「何度も話すよう促してはいるんですが……」

「頼む、聞き出してくれ。身の危険を感じているようならば、我々が保護する」

「……わかりました。クロードから聞き出してみますわ」


 レリアの強い表情を見て、取り敢えずはほっと胸を撫で下ろした。これで捜査が進展すればいいのだが、それはそれでクララック家から犯罪者を出すことになるかもしれないと思い、胸を痛める。

 アクセルの両親は寛容な人物ではあるが、犯罪者が出た家の娘をもらい受けるとなると、さすがに難色を示すに違いない。

 アクセルはそっと彼女を抱きしめた。あと二週間もすれば、例の囮捜査は始まるだろう。ロベナーは関係ないと思いたいが、もしも彼の犯罪が明るみに出た場合、レリアと結婚することは難しくなる。その前に、彼女と婚約だけでも済ませておきたい。


「結婚、してくれないか」

「え!?」


 唐突のプロポーズだ。情緒も何もあったものではない。自分でもわかっていたが、止められなかった。プロポーズを受けたレリアは、ただただ慌てている。


「ええっと、その……私と、ですか?」

「もちろんだ」

「ど、どうしていきなり……」

「早く俺のものにしてしまいたい。誰かに取られたり、邪魔されたりするのはもうごめんだ」


 アクセルは過去に二度も、愛した女性をロレンツォに奪われていた。それはトラウマだ。今回はロレンツォの横槍はなさそうなものの、何か得体の知れぬものに取られそうな恐怖が襲ってくる。

 レリアは露骨に困っていた。どう返事をしていいのか、懊悩しているようでもある。


「レリア……」

「……あの、父のことがわかるまでは……」

「その前に結婚したい。無理ならば婚約だけでも」

「いきなり過ぎますわ」

「わかっている。だが、一刻も早くレリアと籍を入れたい」


 レリアは喜ぶでもなく、悲しい瞳を寄越した。こんな時にこんなプロポーズをしたのは失敗だったのかもしれない。


「レリア」

「あの……私……」


 長い沈黙の後、レリアは小さな声でごめんなさい、と呟いた。アクセルは何かが込み上げるのをグッと堪える。


「すまない……焦り過ぎていたようだ。もう少し状況が落ち着いてから、やり直させてくれ」


 そう言い直したが、レリアは俯いたまま顔を上げようとはしなかった。アクセルはそんな彼女の顎をグイっと持ち上げ、その表情を見る間もなく己の唇をのせる。

 レリアは拒むことなくアクセルを受け入れた。包み込むような彼女の抱擁が温かい。


(レリアだけは、俺を選んでくれる。そう約束してくれたじゃないか)


 もしクララック家から犯罪者が出た場合、結婚が難しくなるのは確かだろう。けれども、レリア自身が罪を働いたわけではない。親を説得するのもどうにかなる。


 そう思い直していたアクセルは、トレインチェに戻ってから、とある噂を耳にして絶望することとなる。

 その噂とは、クララック家の娘レリアが、ヨハナ家に嫁ぐことが決まった……というものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ