第11話 イースト地区の事件
レリアと肌を重ねたのは、もう何度目だったろうか。
彼女と知り合ってからもう随分と経つように思えたが、実際はまだ半年も経っていない。
アクセルはレリアが好きだ。優しくて控えめで努力家で、男を立ててくれる。しかしカミルもロレンツォも、彼女と付き合っていると言うと、渋い顔をした。取り立てて何かを言われるわけではなかったが、他の者にペラペラ喋るようなことはするなと釘を刺された。
皆、何故そんなにも家柄を気にするのだろうか。クララックの悪評は、そこまで酷いのだろうか。ユーバシャール家は確かに侯爵家だが、家を継ぐのは兄に決まっているのだ。例えレリアが貴族でなくたって結婚するつもりがある。何も問題などないはずなのだが。
アクセルは首を傾げる。
「どうした、アクセル」
同じミハエル騎士団の隊長の一人、スティーグが声を掛けてきた。
「スティーグ殿。いや、昨夜の巡回はどうだった?」
「イースト地区でまた出た。被害者は二十歳の女性だ」
「くっそ、またか!」
今、イースト地区では婦女暴行が横行している。犯人グループは少なくとも二人。騎士団が警戒態勢を取っているにも関わらず、中々捕まえられないでいる。
「手口は?」
「今までと同様だ。イースト地区を歩いていたら、いきなり口を塞がれ目隠しをされ、どこかに連れていかれた。暴行が終わるとまた連れ出されて路上に放置。それをオレが見つけた」
「その『どこか』がわかりさえすれば……」
「イースト地区で間違いはないと思うんだがな。運ぶ際、あまり遠くだと人目にかかる」
「では今日は、イースト地区にある空き家や倉庫の持ち主に、最近使われた形跡がないかを確認してもらうよう、言って回ろう」
「そうだな。家主が知らぬ間に使われているのかもしれんしな」
そう言うとスティーグはひとつあくびをした。連日夜勤だったので、堪えているのだろう。
「お疲れ」
「ああ、帰って寝るとするか」
しかしまたか、とアクセルは剣を装備すると顔をしかめる。
何故かアクセルがアルバンに泊まりの時に、よく事件が起きる。今までアクセルが女性を保護したことは、一度もない。何かが引っかかる。
「聞き込みに行くか」
騎士団と言っても、戦争のない時は治安維持が目的である。その職務は果てしなく地道なものだ。
アクセルは使っていなさそうな空き家や倉庫を見つけるたび所有者を調べて、勝手に使われていないかの確認をお願いして回った。所有者はトレインチェの各所に散らばっていたので、思ったよりも時間のかかる作業だ。
「この倉庫は……クララック卿か」
レリアに聞いてもわからないだろう。ロベナーは今時分、会社の方だろうか。
彼は元々は貴族ではなく商人だと言うことを、アクセルはレリアから聞いて知っていた。貿易から、小さな酒場まで幅広く手を伸ばしていて、その経営状況は良いものから悪いものまで様々だということも。
レリア自身は商売に興味がなく、絵さえ描ければ幸せだと言っていたが。
アクセルは結局クララック家を訪ねた。たくさんの会社を経営しているロベナーが、今日はどこに赴いているのかを聞くためだ。しかし予想に反して、ロベナーは自宅にいた。
「これはこれはアクセル様、レリアですかな?」
「いや、今日はクララック卿に話を伺いに来た」
「何でしょう? 今からヨハナ家と会食なのですが」
「失礼、すぐに済ませる。イーストノイズストリートにある倉庫のような建物だが、あれは普段から人の出入りはあるか?」
はて、とロベナーは顎に指を当てる。
「会社の倉庫ですが、不要な物を入れているので滅多には」
「最近そこに行ったのはいつだ?」
「えーと、一ヶ月ほど前だったでしょうか」
「他者が入ったような形跡は?」
「そりゃ、あったと思います。会社の従業員数名に、鍵を渡していますから」
「それ以外で荒らされたようなことはなかっただろうか」
「ないと思いますが……すみません、そろそろよろしいでしょうか。妻も娘たちも、先に出ているのです。私だけ忘れ物を取りに戻っていて」
「ああ、時間を取らせてすまなかった」
アクセルは去り行くロベナーを見送った。家族ぐるみで会食とは、何事だろうか。仕事絡みではないだろう。
チラリとそんなことが頭を掠めたが、すぐに仕事に切り替える。アクセルはその日も真面目に職務をまっとうした。
やがて就業の時間が迫り、本日の成果を……と言っても大した成果はないのだが、報告をしに参謀軍師であるイオスの部屋に入った。イオスはいつも無愛想で難しい顔をしているが、結婚してからは態度が少し柔和になったように感じている。
「そうか。明日もその方向で探ってくれ」
報告が終わるとイオスはそう言った。アクセルは首肯してみせると、続けてイオスは言う。
「それと、少し角度を変えて調べを進めようかと思っている」
「というと?」
「リゼットが被害女性に聞き取りを行なったところ、『妊娠していたら、雷の魔術師に堕してもらえ』と言われていたことがわかった」
リゼットとは、ミハエル騎士団唯一の女騎士隊長で治癒術師だ。その話はアクセルも聞いたことがあった。
「今、巷で噂になっているやつか」
「ああ。しかし、被害女性の何人かが、堕胎をするために雷の魔術師に金を積んだらしいが……堕胎できていないということだった」
「なんと」
つまり、その噂は眉唾。なぜそんな噂が広がるのか、アクセルが言いようのない胸のむかつきを感じていると、イオスの目がギラリと光る。
「先ずはそちらを叩こうと思う。噂が広まった時期と、婦女暴行が始まった時期はほぼ一致する。なんらかの因果関係があると私は睨んでいる」
「成程。では俺がその雷の魔術師を捕まえて……」
「無理だ。ノース地区の酒場が仲介したということだが、騎士団員が行っても知らぬ存ぜぬを突き通されるだけだろう」
「では、どうすれば」
「いるだろう? 適役が。すまないが、この後彼女に協力を取り付けてきてくれ」
むむ、とアクセルは唸った。確かに『彼女』ならば一般人であるし、何か危険が迫ったとしても、短剣一本あれば乗り切れるだろう。適役は適役なのだが。
「俺にあの鬼教官を、説得して来いと?」
「ああ、頼む」
イオスの見せる悪どい笑みを、アクセルは顔をしかめて見ていた。




