第79話「大差」
遅れてスイマセンでした。
「私は、私はこんなオチ認めない――ッ!」
叫びの主はリンカ・ワドウ、勇者の役を担った異世界人である。
その髪と瞳は異能の影響でか若干のパープル色が掛かる。
眼鏡をした彼女は一見すると大人しい印象だが、その実態は〝腐〟という謎概念を内包した暗黒生命体であった(ようは良く分からない人ってことです)。
「なぜよりにもよって姉キャラルートに行くの!? 男同士がダメだとしてももっと身近にヒロインがいるでしょ!?」
「クレス、なんだコイツは」
「……リンカ・ワドウさん、勇者の1人です」
現在俺たちは帝都の選抜戦が行われる会場の控え室に。
そして隣には一時的に銀髪となったアウラさん。
「突如として現れた漢気系マジ美女ヒロイン! しかも義姉で相棒で恩人という超優遇設定! まるで打ち切りが決まったから最後の最後は作者の趣味を詰め込んだヒロインでフィニッシュさせようと思わせんばかりの急展開で――」
ワドウさん長い。長いよ。
しかも異世界語? が色々混じってなにを言ってるのか分からない。
「…………真のライバルは……うふふ……いいえライバルにも……」
「…………老兵は静かに消えるのみ……ですね……」
「…………今なら嫉妬だけでクレスの奴を殺れるぜ……」
マイさんとクラリスさんが頭を壁に付け呪言のような言葉をブツブツと呟いている。
ちなみに最後はスミス、2人と同じようにうなだれている。
「3人の様相はまるで燃え尽きたジョー! セコンドたる私の言葉ももはや届かない!」
「もえつきたじょー? せこんど?」
「異世界語っぽいですね。あんまり意味はわかんないですけど」
どういう意味だとアウラさんに聞かれるが、俺も正直理解できないんです。
「私はご都合主義を認めない!!」
ピシャリと何かを言い切るワドウさん。
彼女の言うとおりこれが物語なのだとしたら、きっと読者は俺たちがなぜこんな状況になっているのかスンナリ理解はできないだろう。
戦々恐々となる控え室、ここに至る数十分前に遡るとしよう――
◆◇◆
「――――これにて開会式を閉式致します。選抜生は退場してください」
壇上で運営委員長から長くてメンド……失礼、ありがたいお話がようやく終わった。
本日は選抜戦の開催日。
帝都が最も盛り上がる時がやってきたのだ。
「ふぁ……ん、ん、」
盛り上がる雰囲気に相反す、出そうだった欠伸もなんとか押し殺す。
なにせグルリと配置された観客席にはとんでもない数の人がいる。
もっと言えばお偉いさんも、後で怒られるのも嫌だし醜態をさらす訳にはいかない。
「なにエロく喘いでんだよクレス」
「あ、喘ぐ!? 別にしてないし!」
「お前の大好きな姉ちゃんが来たのは知ってるけど、盛るなら場所を選べよぉ」
「お、俺が大好きって……それは……」
「ちょっと2人とも! 喋ってないで退場だよ。クレスも美少女値控えてね」
「ほーい」
「あ、ああ、……って美少女値??」
ウィリアムに促され出口に向かう。
この後は本番まで控え室で待機である。
とりあえずこれまでのあらすじを思い出してみる。
・帝都に来ました。
・剣聖と一緒に仕事をし、共に式典に遅刻ギリギリで突入しました。
・式典では戦姫に〝勝負〟をふっかけられました。
・そしてクラリスさんと仮デートしている時にアウラさんと再会しました。
・再会したアウラさんに苦心しつつ数日――なんとか相棒の正体を隠しながら今日、選抜戦本番になりました。
……はい、そんな感じです。
周りからはアウラさんについて勿論質問責めにあったよ。
それでも隠しきれているのは単に幸運だからか、それともアウラさんがアホすぎて数字の一員だなんて思われないからか。
ん、別にバカになんかしてないですよ??
「……はぁ、すげぇ人の数だったな」
ステージ上より遂にドロップ、まどろっこしい視線という拘束からもようやく解放された。
案の定緊張の糸が緩んだか、スガヌマの口のチャックも緩んでいく。
今なら何を吐露しても大丈夫だしな。
「クレス、ウィリアム、さっさと控え室行こうぜ」
「ああ。会長やスミスたちも応援に来るらしいしね」
「クレスの相棒……アルカさん、あの人も応援に来たり?」
「いいや。今日だけは絶対に近づいてこないでってお願いした」
「ええーかわいそうに」
「お前に会いにわざわざ来たんだろ?」
「……まぁ」
そりゃ再会できた時は嬉しかったよ。
だけど問題はその後だ。
アウラさんの正体がバレるんじゃないかってずっとヒヤヒヤしてる。
「師匠的な人だとも聞いたし、成長を見せるには良い機会じゃ?」
「成長……」
「いやいやウィリアム、クレスはもとの上限が高すぎて成長の変化なんてほぼないだろ。少なくともレベル上すぎて俺には分からん」
「ははは。それもそうだね。クレスの試合の相手が剣聖か戦姫だったら見応えのあるモノになりそうだけど」
「そういやトーナメント表は……」
「控え室で待機中に発表だとか。そんなに寸でで公開しなくても――」
……
…………ホントだよ。
ホントに自分自身、あの日任務に発った時から何も変わってない気がする。
上限が高いなんてことはなく、まだまだ背中を追うばかり。
アウラさんに堂々と自慢できるモノなんて――
◆◇◆
場所は移って王国生徒専用の控え室に。
ようやくとトーナメント表も公開されていた。
「クレスの初戦はまさか戦姫かぁ」
「開催地帝国だし、こう言っちゃなんだが仕組まれてんのかもな」
「あっはっは! なんにせよ良い気味……じゃなくて、最初から勝負とかマジ熱いな! 負けたら将来帝国軍入り確定なんだろ?」
そうだよ。負けたらあの姫様の手下にならなくちゃいけない。
というか妙にカチーンとくる言い方だなおい……
「逆に勝ったら何でもお願いを聞いてくれるらしいけどね。あとスミス、言い直すならせめて笑顔はやめなって」
「……凍らすぞ?」
「ほら。クレス怒ってる」
「ウィリアムは甘えなぁ。クレスに可愛い顔して凄まれても別に……って左手が凍り始めてるぅぅぅぅぅぅぅ!? やめてぇぇぇ!!」
「あーもううるせえなスミス」
「賑やかでいいじゃないですか。ここは本来生徒会長が盛り上げるべき場面、それをアルビン君が代わりにやってくれてますし。賞賛すべきです」
「いや会長はこんなボケやんなくていいですよ」
「ボケじゃねぇ! 助けてく――ぎゃああああぁぁぁ!」
成敗完了。
不届き者は氷漬けとなり永久の眠りについた。
「――めらめら~」
……と、思いきやスミスはとある人物によって一瞬のうちに解凍されてしまう。
「アウ……アルカさん!?」
「ようクレス」
「なんで来たんですか!? あれだけ今日は部屋で大人しくって……部屋にあった食料は?」
「全部食ってきた」
「くぅぅ……」
言葉で言うのもそうだが、食べ物で足止めする作戦もしていた。
ただあれだけ食料を用意しても数時間で完食されてしまったらしい。
「っは!」
「お、目が覚めたか少年」
「クレスのお義姉さん! まさかアナタが……」
「凍ってたから溶かしてやったぞ」
「あ、ああ、ありがとざばぁああああああああああ」
氷も溶けたが邪念も燃える。
アウラさんに抱きつこうと飛んだが、瞬く間に鉄拳炸裂。
鈍い音をたて壁にめり込んでいった。
「すまん。急に飛びかかってきたから殴ってしまったぞ」
「いやスミスはもうこの際良いですけど……なんでここに……」
「暇だったから」
「あぁ~……」
「はっはっは。なんだその〝やっぱりか〟みたいなリアクション」
「そういうリアクションなんです!」
ダメだこりゃ。
周りもあれだけ騒がしかったのが俺たちのやり取りに一転注目、静まり返っている。
「ん? んんんん?」
「へ」
「んんんんんんんんんんんんんん???」
「な、なにか……」
しかしふとした拍子、アウラさんはマイさんの方へとパパッと近づく。
そしてそのまま赤い瞳で全身を注視。
まるで獲物を吟味するかのような目つきである。
見られる方はだいぶビックリしてるけど――
「なーるほど。良んじゃね」
「い、良んじゃね……? それはどういう意味……」
「いやさ、一番才能があるとか聞い――」
「あー気にしないでマイさん! はいはい! アルカさんはもういいでしょ!」
俺が送った報告書の内容は一応は知っているのだろう。
マイさんの実力が多少なりとも気になっていたらしい。
対面するのは何だかんだ初めてだし……
「――ちょっといいでしょうか、アルカさん」
そしてこの場でアウラさんと初対面なのはもう1人。
そう、リンカ・ワドウである。
「なぁクレス、ここに来るまでに美味そうな店を見つけたんだ」
「あ、そうですか……」
ワドウさんが話し掛けてきたこのタイミング、なのに何故か無視して別の話題。
無視というか……本気で気付いてないだけだろうけど。
「だから帰りに行こう!」
「いやでも……」
「行こうぜ!!」
「……はぁ、はいはい。分かりました」
「良し。ただな、私は金がない」
「なんでじゃあ誘ったんですか……いいですよ、俺が奢りま――」
「クレスゥ!」
「っ、あーもう! 嬉しいの分かりましたから抱きつかないで!」
時も場所も選ばない相変わらず自己中心的な性格。
自己中心というか、自分を中心に世界が回ってるとも本気で思ってるんだこの人は。
「「「「「…………」」」」」
ほら、気付けばまた部屋中を支配するサイレント。
ハイテンポなアウラさんのテンションに置いてけぼりだ。
「……ない」
「あ、そういえば私に何か用か眼鏡の?」
「認めない――ッ!」
「へ?」
「こんな急展開ラブコメは認めないって言ってるのよ!」
無言だった空気を一撃打破、ワドウさんが途端にキレ始めた。
無視されたのが原因……なのか?
しかしアウラさんに悪びれる様子は一切なく、首を傾げている。
ここからひたすら姉キャラルートだとか作者の趣味だとか。
異世界語だらけでよく分からない話に永遠と移行した。
ただそれが永遠に続いたわけではない。
それはこの王国専用の控え室に〝来客〟が訪れたことを切っ掛けに。
「……失礼するよ」
ピッタリと閉じていた扉を音を立てず静かーに開ける少女。
無音の登場だがその独特のオーラ放たれる出で立ちは人の触覚に存在を訴えかけてくる。
「「「「「剣聖!?」」」」」」
「ん、セン」
「……おひさクレス」
「何しに来たんだ?」
「……暇だから会いに来た」
「な、なるほど」
少し前に同じような理由で来た人が……うん、隣にいるんだよね。
もちろんその存在はセンの視界にもハッキリ映る。
俺に半ば抱きついている状態で、ボヤーッとしてるアウラさんを。
「…………だれ?」
「いやね、話すと長くなるんだけ「お前は誰だ!」アルカさん会話に被してこないで」
「………………ふーん、仲よさそうだね」
仲は良いんですけど、なかなか言うこと聞いてくれないんですよ。
「……ボクは剣聖、名はセン」
「私はアウ、、すまない。アルカだ! クレスの相棒でもある!」
「……相棒」
「そうだ! 四六を共に過し、さまざまな苦難苦境を乗り越えてきた! 一緒に旅をしていた時は食事も寝るときも風呂も一緒で――」
「「「「「風呂!?」」」」」
「ちょ、言い過ぎ言い過ぎ!」
何を口走ってるの!?
もう皆ドン引きじゃん。
そりゃ1、2回は風呂はあったよ。
だけどそんな毎回みたいな言い方しなくても――
「…………じゃあ腕も立つってことだよね」
「ああ。私は最強だぞ?」
「……へえ」
「――なら試させてもらう」
それは瞬間の出来事。
センは腰にぶら下げていた聖剣の柄に手を掛けた。
そこには確かな殺気が含まれており、抜刀は凄まじい速さで行われる。
グニャリと時空が歪むような一連動作、スミスたちでは抜刀にすら気付けていないハイスピード、俺ですら油断でコンマ数秒察し遅れたくらいだったが――
「ん、危ないぞ」
「――!」
アウラさんの首を右から左に刎ねるはずだった聖剣の刃。
しかしそれは通過をせず、アウラさんの指2本が阻んだ。
いわゆる横向きの真剣白刃取り、しかも中指と人差し指だけでそれを軽々とやってのけた。
「……な」
流石に剣聖も絶句。
周りなんか何が行われたかも分からないだろう。
「良い腕をしている。流石は……剣聖だったか? よく知らんけど」
「……バカな」
「だけど足りない。まだまだ足りない。真の境地には届かない。つまるところ――」
「――私には遠く及ばない」
アウラさんから見えざる闘気が放たれマグマの如く全てを飲み込む、センが振りかざした殺気をいとも簡単に押しつぶす。
剣聖は教国が誇る最高戦力の1人である。
それをまるで子供をあやすように。
「そろそろ剣を鞘に仕舞っとけ、危ないぞ」
「……」
アウラさんに促され一考、ゆっくりと刃を元に収めた。
天才や達人と呼ばれるセンだからこそ、その実力差は一刀だけで察しただろう。
いいや、あまりにも差がありすぎて逆に曖昧か。
「……普通じゃない。……強すぎる」
「褒めてくれてるのか? ありがとう!」
「……あなた、何者?」
「ん、さっきも言っただろ。私は……」
「――クレスの相棒だよ」
どうも。東雲です。
まずは書籍を手に取ってくれた方、本当にありがとうございます。
無事に2巻が出せそうです!
活動報告ではもうお知らせしたのですが、更新日を変更します。
〝木曜・土曜〟 → 〝土曜〟
週2回の更新から週1回の更新になります。
2巻の執筆、学校、新人賞への応募、理由は色々です。
なので申し訳ないんですがこの頻度でこれから投稿をしていきます。
グダるのも嫌なんで話のテンポは結構早くなる……と思います。
念のため断っておきますが、書籍とwebでストーリーが違います。
2巻は9割ぐらい書き下ろしになるかと……頑張ります……
書籍もwebも、どうぞよろしくお願いします。





