第78話「何時」
「あ、熱い……」
「風邪か?」
「アウラさんがくっついてるからですよ!」
「おいおい。あんまり大きな声で呼ぶな」
「っぐ」
ここぞとばかりに正論をっ……!
アホか? みたいな表情をしないで欲しい。
「あーもう、いい加減離れてくださ――」
「逃がさん!」
「ぬわっ……強い! ホールド強すぎ! ギブギブ!!」
数時間前にアウラさんと奇跡の遭遇、今は選抜戦期間を過ごす宿へと帰ってきた。
もちろんアウラさんを連れてだ。
現在ベッドの上にてチョークスリーパーを喰らってる最中、胸の感触を楽しむ間もなく意識がボヤけてきて――
「よっと」
「は、はぁはぁはぁ……」
「なんか弱くなったかクレス?」
「アウラさんが強すぎるだけですよ……」
「はっはっは! 褒めても何もでないぞ!」
と言って背中をバシバシ叩かれる。
すんげぇ痛い。
腕力の桁数が他と全然違うんだろ。
もう少し頭のステータスを上げても良かっただろうに……
「てかクレス、お前良い部屋借りすぎじゃね?」
「まぁ一応選抜生として来てますし」
「野宿で数ヶ月過ごした私とは雲泥の差だ」
「雲泥だなんて……難しい言葉を知ってますね。偉い偉い」
「そう頭を撫でるほどでもないさ私だって……待て、もしかしてバカにしてるのか?」
「いや全然」
「だよなー」
もちろんバカにしたことなんて一度もない。一度だってないとも。
ウソジャナイヨー。
「ただ今回は本当に色々考えて来たんですね。髪もそうですけど……」
「通信機もこっちの位置がバレそうだったので置いてきた。武器だってちゃんと埋めたし。流石にお前が隠密任務の最中だってことは分かってるからな」
「アウラさんが成長してる……」
「まぁ半分以上がⅦの入れ知恵だけど」
「髪の染料を作ったのもストレガさんだとか、それでも良く手伝ってくれましたね」
「私が物理的に脅した。快く引き受けてくれたぞ」
「へー」
今頃ボスたちにキツいお仕置きされてるんだろうな。
普段からふざけてる人だし、たまには本気で怒れるべきだろう。
いい気味だ。
俺だってあの女装の一件はまだ忘れてはいない。
「ただこれからどうするか……」
「クレスがチクらない限り、ボスにはバレんぞ」
「うーん。でも後で一緒に怒られるのも……いやそれよりもまずは現状。周りにはどうにか誤魔化せましたけど」
「完璧な演技だったな」
「どこが!?」
「舞台役者として活躍できるレベルだ。むしろ監視任務にだって可能!」
「それを堂々と言えるのが凄いっす」
アウラさんの言い分は一旦置いといて、とりあえず選抜戦中は行動を共にすることになるだろう。
離れようと提案しても離れてくれる人ではないし。
そして、今回ばかりはボスに帰ってこいと言われても素直に従うかどうか……
(てか、結局ボスたちも何の救援も知らせもなかったな)
アウラさん接近の件は結構前から話題になっていた。
ボスたちは何とかしようと動いたか間に合わなかったのだろうか?
それとも――
「……ただ連絡が来てないことは確か」
今すぐ通信機を使う手もあるが――
「ん? どうした?」
「いえ……」
アウラさんの赤い瞳がパチクリと。
まだ会えたばかりだ、すぐに報告するのは……
これは正しい判断ではない。それは理解している。
それでも、もう少しこの人と時間を共有したいと切に願う自分がいる。
「――いいえクレス! コイツはすぐに追い払うべきよ!」
ただ居て欲しいと思う自分とは別。
アウラさんに難色を示す者も、またこの場にはいた。
輝く銀粒子が部屋中を満たす。床に展開される複雑な魔法陣。
そこから罵倒と共に表れるは1人の女神――
「おお! 久しぶりだエルレブン!」
「気安く私の名前を呼ばないでくれる?」
「相変わらずピリピリしてるなー」
「アンタがアホで頭がユルユルすぎるだけよ! というか自分の炎で脳ミソ溶けてんじゃないの!?」
「え、エル、一旦落ち着こうか……」
俺に再会するということは、異能にも再会するということ。
アウラさんはエルに対して嫌悪は抱いてないと思う。
むしろ好意的すらある。
ただエルの方はと言うと――
「エルレブン、あまり怒るとシワが増えるぞ?」
「っな」
「私はまだ19だが、あなたはもう……何千年だ? 3000歳くらいか?」
「――!」
「せっかく美しい容姿をしているんだ、そういうところもしっかりケアした方が良い。というか神というのは年齢によって見た目が変化するのか? ま、よく分からないが大人なんだからもう少し落ち着こう」
「アンタが……アンタがそれを言うのかああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「な、なぜキレる? ボケがついに来たのか?」
「老いボケですって!? 許さないっ! 許さないわ! クレス、殺すわよコイツ!!」
「ちょ、ちょっと、ここで喧嘩しないで!」
ドンドンガシャガシャバンバンバン。
騒音が部屋中に響く。
もうエルもマジギレ、俺の身体から勝手に魔力を持っていきその姿をより鮮明にしていく。
この2人が戦うには狭すぎるステージ。
片方は殺気バチバチ、もう片方は未だに首を傾げている状況だが――
「クレスも大変だな。彼女はよく怒るだろうし」
「はぁ!? 私はクレスと相性バッチリよ! アンタの100倍良いわ!」
「む! ならコッチは1000倍だ!」
「っく、嘘でしたー10000倍ですー!」
「じゃあ100000倍だ」
「な、なら私は――!」
かなり熱い拳の語り合いになると思ったが、どうやら今度は口頭での競り合いに。
なんだかんだと、エルも意外とアウラさんと同じレベルだなって言う。
(怒り心頭で俺の思考も伝わってないっぽいな)
同じレベルなんて言ったら、俺にもキレてきそうだ。
「ちょっとあの炎神を屠ったからって良い気になんじゃないわよ」
「氷と炎、私の方に利があるように思える」
「属性相性なんてハンデよハンデ! 本気出せばアンタなんて瞬殺!」
「ほほう、言ってくるな」
あ、まずい。
そろそろ止めないと。
視線に孕んだ殺気がかなり濃くなっている。
「あのー、もうこの辺で……」
「「――勝負!!」
◆◇◆
戦いはすぐに収まった。
それはエルに奪われていた魔力を一気に奪い返したから。
そしてアウラさんには手元にあった菓子を窓から外に投げ、この場から離れさせたから。
間もなくしてアウラさんもこの部屋へと帰還。
高まっていた熱もだいぶ収まった。
「良かったわね炎女、クレスがいなければ死んでたわよ」
「半透明になりながら言われてもな」
「は?」
「……エル」
「ん、分かってるわよ……」
「また2人だけの時間作るから。今日は矛を収めてくれ」
「っ! しょ、しょうがないわね」
出番がなさすぎて溜まるモノは溜まっていたんだろう。
脳内会話だけでなく、機会を見て外に出す時間を増やそうかな。
「あ、そういえばクレス」
「はい?」
「ここに来るまで、変な魔族と出会ったぞ」
「変な魔族?」
「何よソレ?」
アウラさんの言葉に、俺とエルは疑問を呈す。
「種族はスライム、だがどうにも特異な技? 特性? を持っていた」
「普通の奴ではなかった、と」
「ああ。それなりに力は出したんだが、倒しきれず逃げられた」
「へー……」
「言語も使えていた、まず魔獣ではなく魔族だ」
魔獣は文字通り〝獣〟だ。
言葉を用いるとなれば、その正体は優れた知能を持つ魔族であると予測はできる。
しかもアウラさんから逃げ切った。
普通じゃないな。
「目的は知らんが、おそらく今は回復を計っているだろう」
「回復……」
アウラさんは菓子を食べ終え、その指に付着した砂糖をペロッと舐め取る。
ボヤッとしていた雰囲気が鋭利なモノに変わる。
両端の広角を上げ、炎の災厄としての顔を、戦士としての空気をまとう。
「これは私の直感なんだが……」
緩んでいた結び目が一気に締め直されるような。
なにかこの先の未来を大きく変えるような。
言葉を静かに待つ。
そして不敵な笑みを浮かべた相棒は、衝撃的な事を言い放った。
「――この国、もうすぐ滅びるぞ」
今回の告知は〝2つ〟あります。
➀《動画の告知》
なんとスニーカー文庫さんが『9番目』を紹介する〝動画〟を作成してくれました!
ザックリ言うとあの女神様が紹介してくれる感じです。
結構な反響があったみたいで、これを機にアクシズ教に入信しようかな(笑)。
ユーチューブにて「アクア様の図書館」で検索、または下記URLからどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=klfxabp7W3Q
➁《特設サイト開設の告知》
スニーカー文庫の公式ページに『9番目』の特設が出来ました。
↓の書影(表紙イラスト)をクリックすれば、そのサイトに飛べると思います。





