第71話「会場」
『本日はお集まり頂き誠にありがとうございます。まもなく開会しますので――』
もうしばらくお待ちください。
そうアナウンスがこの広いホール、ひいては溢れる関係者たちに知らせる。
「――ようウィリアム」
「――お、コウキ」
選抜戦に際して行われる開会セレモニー。
主役はもちろん選抜生たち。
相応のドレスコードに身を包んで、会場で各々顔合わせをしていた。
「コウキ、少しやつれたかい?」
「あー……」
「顔が疲れてるよ」
ハーレンス王国の代表。
ウィリアムとスガヌマが何日ぶりかの再会だ。
「そりゃ勇者ってだけで、いろんな所に挨拶させられてたからな……」
「お疲れ様。だけどワドウさんとハルカゼさんは、まだまだ元気そうだよ?」
「凜花たちは……まぁな。単純に俺がこういう人付き合いに向いてねぇんだよ。だからこうして逃げてきた」
「あはは。僕と喋って人避けかい」
ウィリアムたちの視線の先には、同じく勇者の2人の姿。
どちらも見事なドレス姿で、周りにも貴族や関係者が囲いに囲んでる。
逐一反応する彼女らはとても大変そうだ。
「そういやクレスは? 一緒じゃねぇのか?」
「うーん。僕もよく知らないんだよね。スミスたちも分からないっぽいし」
いつも中心にいる、クレス・アリシアは未だに姿を現さない。
「もう何日も会ってないよ」
「……まさか何かの事件に巻き込まれたとか?」
「どうかな……ただクレス自体は『人助けをしてくる』って言ってから消えたんだよね」
「人助けねぇ。怪しくね……?」
「ちょっとね。このセレモニーには来るって言伝は貰ってるけど――」
怪訝な面持ちを浮かべるクレスの友人たち。
そんな彼らに、丁度声を掛ける人が――
「おーいお前ら」
「あ、デニーロ先生!」
「ちわーっす」
ウィリアム一行のクラス担任、デニーロである。
「いつもの白衣はどうしたんすか?」
「流石に着ないっつーの。怒られるわ」
「失礼だよコウキ。デニーロ先生だってドレスコードくらい知ってるんだ」
「……コンラードもなかなか言ってくれるな……」
「それで、なんか急いでいるみたいですけど、どうかしたんですか?」
ただ見つけて声を掛けたにしては、ちょっと様子がおかしい。
ウィリアムが察して尋ねてみる。
「別に急いでるってわけじゃない、ただ……」
「「ただ?」」
「アリシアを見かけなかったか? ずっと探してるんだけど見つからんくてな」
「「あー」」
デニーロはどうやらクレスを探しているらしい。
ウィリアムたちもその言葉に、自分たちも同じことを思っていたと応える。
「――数日前からいない?」
「――人助けをするとかどうとか」
「――怪しいな」
「「――怪しいですね」」
とりあえずと知っている情報を共有する。
いよいよもって、クレス不在の一件が大きくなってきた。
「……うんんん」
「クレスがいないと直近でマズイことがあるんですか?」
このセレモニーは選抜生全員がほぼ強制参加だ。
ただあくまで顔合わせが目的、最悪いなくても大問題にはなりえない。
「実は帝国の姫様がな……」
「戦姫、ローズ・エーベルングがなにか?」
「アリシアと会いたいって言うんだよ。しかもただの会いたいじゃない。『超』会いたいだ」
「「ははぁ……」」
もはや驚くウィリアムたちではなかった。
どんな事情があるかは知らないが、あの男なら彼女に求められてもおかしくない。
クレスが不思議な魅力を持つ人物だと知っているから。
「それで姫様に『どこにいるのかしら?』って凄い威圧されて……」
「必死に探している、と」
「ドンマイっす。同情しますよ」
「っく、ただお前らも知らないとなると……これは……」
頭を抱えるデニーロ。
一番の友人たるウィリアムたちが知らないのなら、もう行き止まり。
これ以上の手となると、帝国軍にでも捜索の助力を願うしかない。
「ただそんなことをすれば俺の給料が……いや、王国の面子が立たなくなってしまう!」
「ちょ、いま給料のこと一番に気にしただろ」
「……コウキ、このご時世だ。デニーロ先生が保身に走るのも仕方ないよ」
「そ、そうか、教師ってのも大変だな……」
「お、おい! そんな可哀想な人を見るような目はやめろ!」
「「お疲れ様です」」
ただデニーロは実際、とてつもなく頑張りまくっている。
なにせ勇者4人に加え天才クレス・アリシア、そのほか個性豊かな生徒たち。
彼が敏腕だからこそ、1年S組は無事成り立っていると言える。
「ただこれはもう、素直に居ませんって言うしか……」
「――おい! 剣聖様は!?」
「――見つかりません!」
「――部屋に衣装もありませんでした!」
「――お菓子も設置しましたが、一向に引っかかりません!」
諦め気味のデニーロ。
ただそんな彼の近くではせわしなく動く、とある国の人々が。
その焦りよう、近くに居るというのもあるが会話が聞こえてくる。
「教国も教国で、結構な問題児抱えているみたいだね」
「おう。剣聖、だったか? 勇者として挨拶に行った時もいなかったなぁ」
「力ある者は変わった人が多いのかもしれない」
クレスに毒され……もとい慣れたせい。
規格外な人物や、不測の事態にもある程度順応できるようになった。
苦い笑みを浮かべながら教国の人たちを見守る、が――
「まったく、剣聖様はどこに……」
「珍しく自分から『人助けをしたい』なんて言い出して感無量だったのに……」
ウィリアム、スガヌマ、デニーロ。
3人は教国たちの会話を聞いてハッとした。
話の中に、聞き慣れた『文句』があったのである。
「あ、あのー、すいません!」
なんだか嫌な予感がする。
デニーロはこの際だと、教徒の1人に話しかけた。
「私、ハーレンス王立魔法学園にて教師をしているデニーロと申します。少々お尋ねしてもよろしいですか?」
「あ、はい」
「剣聖様が不在のようですけど、それはいつ頃からでしょうか?」
「そうですね……確か5日ほど前だったでしょうか……」
「5日……」
「置き手紙に『人助けをしてくる』と一言あって、我々も大変関心していたんですが――」
現在は消息不明の真っ最中。
足取りはほとんど掴めないらしい。
ただし、彼らは失念していた。
超めんどくさがりの剣聖が、まさか冒険者として働くとは思っていなかったのである。
そのために冒険者ギルドには寄らず。
飲食店を重点に建物をずっと捜索していた。
しかもセンが森へ赴くことになった要因の出店。
あの屋台も材料がないため、今は店を出しておらず、手がかりとしての役目を果たさない。
「――なるほど。実は私の生徒も今行方知れずでして」
「――あ、そうなんですか」
それから二、三言話してデニーロは教徒たちから離れた。
そしてウィリアムたちの元に戻ってきて――
「お前ら、俺はなんだか体調が悪くなってきたから今日は早退する」
「「え?」」
「申し訳ないな。じゃあ後は任せ――」
「ストップ。どこ行くんだよデニーロ先生」
走り去りそうなデニーロの手を、スガヌマがガシッと掴む。
「は、離してくれないか……体調が悪いんだ……」
「先生、頑張りましょう」
「いやいや! お前らだってもう察してきてるだろ!?」
「だからって逃げるのは良くないっすよ」
ウィリアムとスガヌマも、もう勘付き始めた。
クレスと剣聖が消えた日は同じ。
しかも『人助け』という理由まで合致。
ここにクレスの女難が作用すれば、もう答えは分かるだろう。
「クレスの奴、剣聖と……」
「うん。一緒に居る可能性が高いね」
「先生、俺らもフォローしますから。勇者が肩持てば多少楽になるっすよね?」
「す、スガヌマ……」
「僕も助力します。デニーロ先生にはお世話になってますし」
「う、うぅ、俺はなんて良い生徒を持ったんだ……」
逃げ腰だった自分が情けなくなる。
教え子にここまで言われたら、もう退けないだろう。
「せ、先生! 頑張ってみようかな! それにまだアリシアが問題起こすと決まったわけじゃないし!」
「そっすよ!」
「ですです!」
――と、意気込んだデニーロ教師。
実は結局、彼が監督不行届で怒られるのはそう遠くないことだ。
なにせクレス・アリシアとセン。
2人は今――
更新遅れてすいませんでした。
土曜日分はなんとか日中に間に合うよう頑張ります…
またスガヌマとケンザキは別々で載せるつもりだったんですが、クレス以外の男キャラなんてあんまり興味ないですよね……?
そんな個人的偏見で、パパッと済ますため今回は2人載せました。
あと↓が、正式な書影になります。





