第68.5話「居無」
「——静かにな」
「——うん」
銀髪と白髪の凸凹コンビ。
俺とセンは警戒しつつ廊下を進んでいた。
現在地は帝国から提供された宿……というかホテル。
学生が寝泊まりするには豪勢すぎる場所だ。
「着いた」
「……ここかぁ」
もちろん1人1室の割り当て。
周りに人がいない事を確認し、部屋の中も……
「良し。入っていいぞ」
「……あーい」
「っ早く早く!」
「……荷物が多いんだって」
俺とセンは明日からクエストに赴く。
ただ帰ってきてすぐ舞踏会? パーティー? がある。
(位置的には俺の部屋の方が会場に近い)
素早く行動するため、センも事前に服やら装飾を俺の部屋に置くことに。
(……そもそも付き合うってのは今日1日だけの話だったんだけど。まぁ勇者の監視が難しい間、剣聖を監視するってのは悪い選択じゃない。この期間で弱点や制約を把握できれば……)
手伝う分『情報』という対価は頂く。本気で戦うことになった時のために——
「ただ目先の式典も無視できないし……」
「……ん?」
「あ、いや、なんでもないよ」
当分を共にするが万が一遅刻した時に共犯……もとい仲間が居た方が精神的に楽ではある。
1人よりは2人ってな。
怒られることになったら道連れにする……
「はいはいはい! 早く!」
「……急かさない」
俺も彼女の荷物を肩代わり。
迅速に運び入れる。
「セン、扉閉めてくれ」
「……了解」
出口に近いセンに戸締りを頼む。
これで一先ず、外から誰かが入ってくることはない。
「はぁぁぁ、なんとか無事に来れたな」
「……クレスは心配しすぎ。……ボクと一緒に居たって問題ない」
「分からないぞ。世の中色んな奴がいる」
スミスとか、スミスとか、スミスとか。
それと剣聖と懇意にしてるとか、変に勘繰られるのも面倒。
火種がないに越した事はない。
「それに見た目がな」
「……見た目?」
「なんか俺が幼女を連れ込んだみたいで、傍から見れば犯罪に——」
「……ボクは同い年、だ」
ポコポコと腹を殴られる。
全然痛くないが、ちょっとご立腹。
「……容姿差別反対。……クレスだって女の子と間違えられるの嫌でしょ?」
「ま、まぁ……」
「……人の気持ちを考えて発言」
「す、すいません」
正論である。
これは俺が悪い。
話しやすいからって少し調子に乗ったな……
「ごめんセン」
「……素直に謝るなら良し。……お詫びに一層多く奢ってもらお」
「え? 俺の気持ちを考え——」
「……それはそれ、これはこれ」
なんか都合の良い解釈だな……
自分に甘すぎるだろ。
この際もう良いけどさ。
「とりあえずセンの荷物を隠さないとな」
「……隠す? ……クレスの部屋でしょ?」
「いつ誰が来るかなんて分からない。侵入される可能性も否定できないだろう」
「……まぁね」
「そこで俺の部屋に、幼女のと思われる……思われるな? 別に幼女だと言ってるわけじゃないから」
また唸り始めたので弁明を。
ポコポコ殴りはいいが、そのうち真剣を抜かれても困る。
「とりあえず、小さい子用の下着やら服が俺の部屋にあったらヤバイ」
「……ヤバイ?」
「ああ。見つかったら俺の学園生活が終わる」
「……そうかな?」
「そうだよ」
完全にロリコン認定。
もうそうなったら剣聖のですとカミングアウトするけど。
ただ剣聖の下着が俺の部屋にある時点で問題——
「ちょ! なんで下着を取り出してる!」
「……なんとなく。……どう?」
「いやどうって……」
おもむろにパンツをカバンから取り出し、あまつさえヒラヒラと見せびらかしてくる。
羞恥心はないのか……?
ちなみに教徒らしく色は白でした。
純白ですねー。
「と、とにかく早くしまえ!」
「……これを見せるのが今までのお礼」
「そんなもんで返すな!」
まったく全然、全然全然うれしくないぞ。
うれしくないんだからな。
「ほら。ふざけるのもその辺で」
「……はーい」
「準備は済ませて、早くここを——」
あまりオフザケに付き合ってもいられない。
いくら誰も入ってこないとはいえ——
『クレスー! いるかーい!?』
「「!?」」
ノックされる部屋の扉。
突然のことに俺もセンも一瞬ビクつく。
『……お、鍵が開いてる』
こ、この声はウィリアムか!?
なんでこのタイミングで……
というかなんで鍵が開いてる!?!?
(セン!)
(……カギ閉め忘れた)
(は!?)
(……ごめん)
どうやら扉を閉めただけでノーロック。
俺がしっかり確認していれば……!
『入るよー!』
不意打ちすぎてすぐ返事ができなかった。
ウィリアムもウィリアムで、間髪入れずに扉を開け、中に入ってくる。
ど、どうする!?
刹那で脳が回転。
時が止まったよう、センにアイコンタクトも行く。
定石通り? 行くなら素直にカミングアウトが一番。
正直に事情を話して——
(ってセン! なんでパンツ持ちっぱなしなんだよ!)
(……ホントだ)
一見ロリな少女がパンツを持って俺の部屋にいる!
マズイ! この展開は非常にマズイ!
(しまえ!)
(……ポケットない)
焦る俺に対し、ぼんやりとしか動かない彼女。
だ、ダメだ。
ウィリアムはすぐそこまで来てる。
「クレスー。いるかーい?」
(……ボクお腹空いてきた)
(それどころじゃない! パンツ! 剣聖のパンツがっ!)
すぐそこまで来ているウィリアム。
とんでもない勘違いをされる可能性を秘めた究極の状況。
この場面、俺はどうやって切り抜ける————!?
◆◇◆
「——あら」
「——あれ」
夕暮れ時、とある部屋の前で彼女たちは出会う。
両社は共にハーレンス王立魔法学園の生徒。
片や金髪、片や黒髪、どちらも美少女と呼んで過言ない容姿で——
「会長さん、奇遇ですね」
「ハルカゼさんも。まさかこんな所で会うとは……」
会長と呼ばれたのは公爵令嬢クラリス・ランドデルク。
相対するは勇者の1人、マイ・ハルカゼだ。
「勇者の方々は外出が厳しいと聞きましたが……」
「しっかり護衛は付いてます。あの角の所にいますよ」
「なるほど」
マイ・ハルカゼの指さす死角には確かに護衛が複数いる。
その護衛は帝国でもトップクラスの実力者。
優秀なだけのクラリス嬢が気付けないのは当然と言える。
「ま、まぁ、それよりも……」
「ええ……」
お互いの顔を見合わせ、気まずそうな面持ちに。
なにせ彼女らのすぐ傍にある部屋は——
「「……クレス君に用事ですか?」」
シンクロする問い。
「は、ハルカゼさんの方からどうぞ」
「い、いえいえ。会長から是非」
「……そうですか、簡単に言えば、そう、暇だから来たみたいな……」
「わ、私もそんな感じです」
神妙な顔で言った割に、両者の訪問理由は変わらない。
「「な、なるほど……」」
しかもお互い我が強い性格ではない。
もっと深く聞きたい事があっても踏み込めない状況。
「……」「……」
何とも言えない緊張感が場を支配する。
先に出るか、後に出るか。
ピンク色の戦場が此処にある。
だが遂に——
「か、会長は……!」
「マイさんは……!」
またも2人のタイミングは重なる。
でもそれは予期しない第三者によって打ち切られる。
「——あれ? 会長にハルカゼさん、ここで何してるんです?」
クレス・アリシアの隣室。
そこからウィリアム・コンラードが出てきて、首を傾げる。
「こ、コンラード君……」
「ウィリアム卿……」
「2人して何してるんです?」
「「な、何も……」」
これから進展がありそうだった状況を止める。
女性陣はバツの悪そうな表情を浮かべるだけ。
「あ、もしかしてクレスに用があって来たんですか?」
「「……!」」
ソレダ、と無言の肯定。
「残念かもですけど、クレスは今いませんよ?」
「「え」」
「なんでも外せない用事があるとかで。詳しいことは聞いてませんけど、あれはたぶん……」
「「たぶん……?」」
「女、でしょうね」
「「!!」」
まったく羨ましいものですとウィリアムは言う。
「あ、でもあくまで僕の予想ですよ。クレスは女性とだなんて一言も言ってません」
「予想……」
「な、なら不審な点があったとか?」
「いや別に。数時間前にクレスの部屋に行ったんですけど、普通でしたね」
「……そ、その時誰かが部屋にいたとかは?」
「クレスだけでした」
とりあえず今日は忙しくて飯に行けない。
そう謝られたという。
ウィリアムは軽い気持ちで女性関係と言っただけ。
根拠はないという。
「あ、そう言えば……」
「そう言えば!?」
「明日から人助け回りをするって言ってましたかねぇ」
「「人助け回り?」」
「ええ。困っている人を救う、ようは善行を当分するとか何とか。式典には顔を出すと言ってましたけど」
「それ変な宗教とかじゃ……」
「凄く怪しいですね……」
「まぁクレスのことです。危なことはしないと思いますよ……っと、僕も用事あるんで。ここらで失礼します」
ウィリアムは軽く一礼して去っていく。
この場に残されるのは2人の女性だけ。
目的は空振り、立ち尽くす。
「……ハルカゼさん」
「……はい」
「……この後、よろしかったら一緒に食事でも」
「……喜んで」
あまり関わりのない彼女らにも不思議な友情が芽生える。
2人もまた共にこの場を後にする。
——友情が芽生えた、そう表現をした。
だが『友』を『とも』と読むかはまだ分からない。
何せこういう場合もある。
友と書いて『ライバル』とも読む、そんな関係も——
クレスがどうやり過ごしたかは「別の機会」に。
このエピソードはちゃんと創ります。





