第66話「各々2」
「————おいおい、どこだよここー」
センテール教国が治めるとある場所。
どんな所かと聞かれれば、単純に『森』である。
しかし周りに街や村はなく、文字通りのド田舎だ。
「助けてくれクレスぅ……」
紅蓮色の髪を揺らす女は、そんな森で絶賛迷子中である。
地図を持たない。しかも方向音痴でバカ。
感覚だけで何十日もこのユグレー大陸を歩いていた。
「もうこれ着かないん————む!?」
目指すは相棒のいるハーレンス王国。
弱音を吐く彼女、しかし直感で『ナニカ』を捉える。
「向こうか!」
走り出す。
すると間もなくして、踏みならしただけの道に出る。
永遠に続くような、そんな風に錯覚する田舎道だ。
「獣の殺気を感じたと思ったが、馬車が襲われてたのか……」
赤い瞳に映るのは1台の馬車。
馬はそれなりの歳をとっており、台車自体もかなり年季が入っている。
そしてソレをゴブリンたちが群れで囲んでいる。
「ふっふっふ。ちょうどイライラしてた。良い機会——!」
終わりの見えない道のり、ストレス解消だと言う。
ただ神剣を出すことも無し。
その右拳に炎を纏うだけ、そしてそのまま全力でゴブリンの群れに突っ込む。
「喰らえ! スーパーメラメラパアアアァァァアンチ!」
————数分後。
「本当にありがとうございます」
「お陰で助かりました」
「いやー、気にすんなって。こうして食べ物まで貰ったし」
襲われそうだった馬車には年配の夫婦が乗っていた。
紅蓮の女は動機は何であれ魔獣を撃退。
2人を救った、そのお礼としてご飯を御馳走してもらっている状況だ。
「すみませんな。こんな物しかなくて……」
「いやいや。美味しいよこの……果実? なんだこれ?」
「エーラという果実を天日干ししたものです」
「へー干し物かー」
果実を乾燥させたという一品。
説明を聞きつつも食べる手は止まらない。
「というか年寄り2人じゃ危ないだろ。なんで護衛を雇ってないんだ?」
「それは……」
問いかけに対し、夫婦は顔を曇らす。
「まず私たちは、貴方が今食べている乾燥エーラを帝国に売りに行く途中でした」
「……帝国にか」
王国じゃないのかと静かに溜息をつくが——
「……ってこれ商品なのか!? いいのか食って!?」
「あ、それは構いません。量は沢山あるので……」
「そ、そうか」
確かにと。
荷台には商品が入っているのだろう、大量の麻袋が乗せられている。
「実は既にお金を払って、冒険者の方を雇っていたんです」
「ふむふむ」
「しかし期日になっても一向に来てくれず……」
「ボイコットされたわけかー」
「……はい」
老夫婦の住処は相当な田舎だという。
若人は教国や帝国の首都へ出向き、村は既に老人だらけ。
傭兵や冒険者が在中しているわけもない。
「そのため遠方に行く際は、外部からわざわざ来てもらう事になります」
「ただいつまで経っても冒険者の方々は現れず……」
「それで業を煮やし、結局2人だけで出て来たと」
「はい。村に護衛が務まるような者もいないので……」
説明を聞いて、紅蓮の女は更に疑問を呈す。
「護衛がいない理由は分かった。だけどソレならソレで、今回は諦めれば良かったんじゃないか?」
「まぁ……」
「そんなにお金ピンチなのか?」
「……そういうわけではないんです」
「お金でもないと、なら貴方たちは馬鹿だぞ。わざわざ危険と知っていながら出て、挙句死にそうな目に会ったんだからな」
傍から聞けば。
年上相手に口が悪いと、女を批判する者もいるかもしれない。
ただ、彼女は数多の戦場を潜り抜けてきた。
命の重みは、重々心得ている。
「……帝国には、私たちの息子がいるんです」
「息子?」
「実力でのし上がるんだって家を出てしまって。手紙だけ偶に来るんですが、もう長く会っていません」
「ただ今回帝国で大きな催しがあって、この機にという……」
「つまり商売は本当の目的ではなく、一番は子に会いにってことだな」
「そうなります」
なるほどなと女は頷く。
「ただ反省しています。妻をこんな危険な目に会わせてしまい……」
「それを言うならアタシもですよ。反対なんてしなかったですもの」
素人が魔獣に囲まれた際の恐怖は相当だ。
「飯を貰った手前こう何度も言っては何だが、貴方たちは本当に馬鹿だぞ。全ては命あってこそ」
「……はい」
「馬車もガタが来てるし、馬も老体だ。しかも武器も剣が1本だけと。魔法もそう使えるわけではあるまい?」
「大した魔法は使えません」
「まったく……」
彼女もバカであるが、生きるという事に関してはプロフェッショナル。
「そもそもそんな田舎の村に住んでるのなら、魔獣の恐ろしさも知ってるだろうに」
「村の場合は罠を仕掛けますから。掴まえた所を殺すという……」
「軽視したってことだな」
「はい。まさかこんな事になるなんて……」
やれやれと女は言う。
ただ————
「しかし家族に会いたいがため堪らず家を出た。その心意気、かなり熱い!」
「あ、熱い?」
「ああ! こんな装備で来たのは流石にアレだが、それでも貴方たちの行動には熱い精神を感じる!!」
「「……は、はあ」」
紅蓮色の髪は強くなびく。
その勢いに夫婦も圧倒される。
「一応だが問おう。貴方たちはこうして襲われた上でも、息子に会いたいのか?」
「……会いたい、です」
「私も……」
「そうかそうか」
干しエーラ。
残っていた物を一気に胃に収めパンパンと手を払う。
「良かったなお二方!」
「何が、でしょうか?」
「貴方たちは馬鹿だ。ただ私はそれ以上、ズバリ大馬鹿者だ!」
自分から自分の方が馬鹿であると言う。
そして一拍置き、彼女は高らかに宣言した。
「私が護衛を務めよう! 貴方たちを帝国まで五体満足で連れて行く!」
ワッハッハと豪胆に声を上げると共に。
「っな……」
「本気で仰ってるんですか……?」
「ああ! 帝国の首都に行けば私も目的地に近づくやもしれんしな!」
「で、ですが、見合うお礼が……」
「要らん要らん! 私が助けたいと思ったから助ける! それだけだ!」
出会ったばかり、もしかしたら遠回りになるのかもしれない。
それでも彼女はニカーっと笑う。
「それに長い1人旅で退屈していたってこともあ——」
「……神よ……こんな出会いを……」
「っおいおい。泣いてんの?」
「……すいません……」
「ま、私は相棒曰く大馬鹿だからな。損得とかどうでも良いし、好きなように生きるだけさ」
思い返せば、反対を押し切って出て来たのは彼女もまた同じ。
押し切ったというかは、コッソリ抜けてきたわけだが。
「ちなみにだけど、最初に言ってた帝国の催しってのは……」
「選抜戦というモノです。各国の学生たちが魔法で覇を競う大会でして、出店も多く一種のお祭りですね」
「おー! 面白そうだなぁ。その選抜戦とやらには私も出れたりするか?」
「いや、それは難しいかと……」
「そっかー、残念だ」
どうやらソレを武闘会とでも思っているようだ。
参加するのは学生だけ、一般人はそもそも参加不可である。
「あ、そう言えばまだお名前を……」
「ん、名乗ってなかったか」
「……はい」
「私はアウ、待て。そもそも貴方たちは私の顔に覚えがあるか?」
重要な事である。
今の今まで普通に接していた。
ただ災厄は多額の懸賞金を掛けられるほどの存在。
「いえ、存じませんが……」
「もしかして有名なお方なのですか? だいぶ腕も立つようですし」
「まー有名と言えば有名だなー」
「背負われた剣もだいぶ御立派ですものね。やはり高名な……」
「田舎者ゆえ存じませぬ。申し訳ありません……」
真っ赤に染まった女を、老夫婦は名のある魔法剣士と勘違いする。
災厄の数字は確かに有名だが、世界のどこにでも手配書が行き渡っているわけではない。
事実、噂は知っていても、夫婦の村に顔つきの手配書は回っていない。
関心が薄いと言うのもあるが、一目で気付けないのはそのためだ。
「そうだな……うん……名前……」
大馬鹿者でも、事の重要性は認知している。
首都に近づき次第、髪の色も一時的に変えるつもりだ。
そして肝心のネーミング、少し悩んだ結果は——
「私は……ア、アルカだ!」
「アルカ、様ですか?」
「ああ! アルカだとも!」
取ってつけたような名前、自分にさえウンウンと言い聞かせる。
「分かりました。これからよろしくお願いします、アルカ様」
「よろしくお願いします」
「任せてくれ! バッチリ護り通す!」
目的地はビンサルク帝国の首都。
ゆっくりとしたスピードで馬車は向かう。
老いた夫婦は荷台に果物、そして護衛役に炎の災厄を伴って————
◇
ハーレンス王国首都。
闇が支配する頃合い、自室で1人灯りを付け荷造りに奮闘する男がいた。
「これで支度は良し、っと」
クレス・アリシアは選抜戦の舞台。
ビンサルク帝国へ出発するため荷造りをしていた。
「やるだけやっといて言うの何だけど、まさか本当に選手になるとは……」
既にボスには近況を報告済み。
帝国に行くことも告げてあるそうだ。
「出発も明日ってのは早いよなぁ」
学園長たちは事前説明を実地。
曰く試合だけをすればいいのではない。
式典やパーティーがあり、選手は国の代表としてそこに参加すると説明があった。
「舞踏会とか、一番苦手なやつだ……」
しかもこの世代、他国には『戦姫』や『剣聖』がいる。
戦姫に至っては駒探しが趣味。
監視者たる身分の彼には相性が悪いだろう。
「絶対に関わりたくないわ。まじで会いたくない」
いやしかしと付け足す。
「こっちには勇者がいるし……」
戦姫の注目は勇者に集中。
自分への興味は思いのほか薄いと予想したようだ。
「勇者と言えば……」
選手であるスガヌマとワドウは帝国へ行く。
またハルカゼ・マイも式典に出るため、同じくして帝国に。
ただ残る1人の勇者、ケンザキ・ユウトは入院中だ。
「動ける状態ではまずない。アイツの監視はどうす……」
今更すぎる問題。
しかしその問に答えを与えるが如し。
吹き付ける風、突如として部屋の窓が開け放たれた。
「————かっかっか、お困りのようだなクレス少年」
呼ばれて気付く。遅れて気付く。
そう、気付いた時にはもう居たのだ。
3階の窓、そのふちに座る者からの呼び掛けであった。
「おー……」
「なんだよその反応は?」
「いや、思いのほかマトモな先輩が来たなと……」
「そりゃどうも。可愛い後輩に褒められて先輩すごく嬉しいわ」
夜風が吹く。灯りを揺らす。
煌めく星々をバックに。
窓ふちに鎮座するのは少年と同じく『災厄』とされる者。
「少しの間手伝いに来てやった。怠いけどな」
忽然と現れ、そう言ったのは災厄の数字が4番目。
名をローラン・スクイーズ。
『欠伸主義』と呼ばれる人物であった。
今回の話は『木曜日分』です。
なので申し訳ないんですが、木曜日(2/1)の更新はないです。
次回の更新は土曜日となる予定です。





