第62話「上位2」
『————さていよいよ1回戦も最終試合です!』
ヒートアップする会場に負けじと進行も声を張る。
『解説のアイザック先生! 今年も王立の学生が強いですね!』
『これでも甘やかさずビシバシ鍛えてますから』
『しかし最終試合となる次の戦い、片方は一般校でありながら勝ち上がった猛者!』
『ええ。まだ王立の生徒以外が2回戦に行く可能性もあります』
元S級冒険者のアイザックが実況席に鎮座。
解説に当たる。
『毎年のことですが下位予選は王立勢が総なめですから』
『一般校でありながら上位予選まで来れたのは僅か2人。彼らは素晴らしいと思います』
『こう言ってはなんですが、観衆も下剋上を望んでる空気がありますよね』
『だがウチの生徒はそんなアウェー感をものともしないですよ。彼なんかは特に————』
「残すは俺だけ、か……」
「なんだ? 緊張してんの?」
「ガラじゃないよね」
「それは愛が足りないからだ。直接注入してあげようか?」
「遠慮しておくよ」
俺はスミスたちと共に直前待機場にいた。
実況と観客の声がモロに聞こえる位置。
ここでも十分熱気が伝わってくる。
「クレス以外は全員勝って無事に2回戦進出だし」
「後はお前がバシッと決めるだけだ」
試合は観戦していなかった。
しかしスミス、ウィリアム、スガヌマは無事に駒を進めたそう。
素直に良かったと思う。
「ワドウさんの魔法も凄かった」
「ああ。ケンザキも中々良い動きだったと思う」
勝ち上がったのはワドウさんとケンザキも同じ。
馴染みの顔が上で待っているようだ。
「しかしクレスよ」
「なんだ」
「愛を知ったか?」
「どういう意味だ……?」
「前より少しだけスッキリしているように見える。生徒会長と何かあったのかと思ってな」
「……クラリスさんは、ただ応援してくれただけだよ」
やけに鋭いスミスの観察眼。
でもスッキリは勘違い。
(むしろ悩まされているよ)
2回戦をどうするか、未だに答えは出てないのだ。
自我と任務の狭間、俺はどっちかつかずで揺れている。
これで数字とは、情けないよな……
「ただ——」
今から臨む1回戦。
これは相応の力を使う、そう決めた。
全力は無理でも、上限目一杯で。
(ケンザキもだいぶ成長したらしいし、必要以上の制限は後で足枷になりそうだ)
目の前のことに一生懸命。
あれだけ俺のことを想ってくれている人もいるんだ。
「みっともない姿だけは見せらない」
これまでだったら気にせずに、冷たく斬り払うところ。
だがどうにも引っかかる。気にしてしまう。
(クラリスさんはアウラさんとは違うってのに……)
それでも彼女の言葉が心臓に突き刺さるのだ。
炎のように激しくなくとも、光のように強く輝いたソレ。
それは、こうして俺を立たせてしまう。
「ん、どうやら相手の選手が入場したみたいだ」
「ということはもうすぐクレスも呼ばれるな」
「頑張ってくれ。こんな所で負けるたまじゃないだろ?」
応とも。
答えは得ずとも初戦で負ける気更々なし。
むしろ——
『それでは最後の選手の登場です!』
ゆっくりと立ち上がる。
目の前のゲートを通れば、そこは戦いの舞台。
『王立魔法学園所属の1年生! ブロック予選では圧倒的な強さで優勝まで進んだそうです!』
1歩、2歩、3歩。
皆に見送られながらその大舞台に向かう。
近づくと共に歓声もより大きく聞こえる。
『冴える銀眼はどこまで見据えるのか? クレス・アリシアの登場だあああぁぁぁ!』
遂にゲートを潜る。
暗かった回廊から一気に輝く外界へ。
熱い風が頬を掠める。
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」
登場に際し四方八方から怒号の如き声援が来た。
見渡す限り人、人、人。
視界には湧き上がる観衆の姿がこれでもかと映る。
「何人いるんだこれ。あと期待を掛けすぎなアナウンスだな……」
そこまで派手に紹介しないでもいいだろ。
まあ観衆は誰とか関係なしに声を上げてるんだろうけど。
『相変わらずオーラがある』
『アイザック先生はアリシア選手と関りが?』
『関わるというか、俺が彼の実技入試を担当したんだ』
『ほほう!』
『制限アリとは言え、その時にコテンパンにされたよ』
『こ、コテンパン?』
チラリと視線を移す。
アイザック先生は満面の笑み。
そして言い切った。
『——強いよ彼は。ウチの学園きっての天才さ』
先生は自信満々の風体。
まったく、余計なことをペラペラと喋ってくれる。
(アイザック先生には入試の時お世話になったけど)
元トップランカーの冒険者の言葉。
盛り上がりとは別の意味で会場がざわつく。
そんなに下馬評を上げないでくれよ。
「ふぅー……」
まず相手を確認。
彼が今回2人しかいない一般校生徒の1人と。
なるほど。ソレナリには戦えそうだ。
あと確認すべきは——
「お、いた」
グルリと設置された観客席とは別。
王族や要人だけが観戦できる特別な場所がある。
透明な強化壁を隔て、今そこには王族や有力貴族の姿があった。
王様、姫様、騎士団長様、あとはウチの生徒会長などなど。
「クラリスさん、あんなに手を振らないでも……」
遠くから見ても分かってますから。
周りから少し浮いてますよ。
……って気付いたか。
「自分でやって自分で恥ずかしがるとは、やっぱり少し天然だよなぁ」
彼女を見て想起する。
1つ、とりあえず一生懸命にやってみること。
2つ、どうしても曲げられないことは前向きに考えること。
『それでは選手は定位置に! 間もなくカウントダウンを始めます!』
クドイようだが、俺は未だに2回戦の結末を描き切れていない。
霧に支配された未来のビジョン。
ずっと路頭で迷っている。
どうすればいい。どんな選択が正しいのか。
ここにきて、俺の積み重ねてきた経験と過去は道標となってくれない。
『試合時間は10分! 攻撃魔法は第5階梯までとなります!』
『武器は支給されたもののみだぞ』
武器は氷で創るから手ぶらで行く。
『それでは……10! 9! 8!』
そういえば相手の名前は何だったか。
実況が再三呼んでただろうに。
張り紙でも見たけど、忘れた。
『7! 6! 5! 4!』
刻々とカウントは進む。
呼応するように向こうさんは眼を鋭くする。
茶髪で、身長は俺より少し大きいくらい。
『3! 2! 1!』
張り詰めた空気がピリピリと肌を刺す。
手袋越しに刻印が疼く。
戦いは、もう目前にまで来たんだ。
『1回戦最終試合! 開始だぁ!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
観客のボルテージはマックス。
そりゃ1回戦の大取が始まったんだもんな。
「っおいクレス!!」
「早く動かないと相手が来るよ!!」
後ろから聞き慣れた声が。
立ったままの俺、だけど相手はもう走り出していた。
剣を携えながら迫ってくる。
ああ、言われるまでもなく分かってるよ。
「俺は——」
だから一発、とりあえず一発。
自分の中に渦巻くナニカを晴らすように。
使える魔法の上限目一杯で。
煌めく己が銀眼、白銀の魔力が風に乗って空に舞う。
「俺は、全てを凍らす」
大気に舞った莫大な魔力が温度を下げる。
そのまま氷を形成。
俺を中心に、波紋の如く凍土を広げていく。
「これはっ……!」
「勝たせてもらうぞ」
一瞬の出来事。瞬間のバトル。
放った粒子は舞台を白銀に染め上げる。
冷たい魔力は相手を芯から凍らすのだ
心停止、進行停止。
この身を中心にして起きる凍土への大変革。
「——完成、氷界!」
それは観客席、実況席までは及ばずとも。
言った通り、氷はこのステージにおいて、俺以外の全てを一瞬で凍らせた。
靡く。
冷たい風が、ただ靡く。
『これは一体……』
『同じのを俺も喰らったね。魔力の質量で強引に捻じ伏せる荒業だ』
『な、なな、なんと! フィールドが全て凍ってしまいました!』
『決着、だな——』
先生のおっしゃる通り。
これは魔法の階梯で言えば5にも満たない。
文字通りの力技だよ。
『すぐ氷漬けにされた選手を助けてやれ』
『そ、そうですね! 救護班の方は急いでお願いします!』
相手の意識を残すことなくノックダウン。
下位予選なんかと比較にならないぐらい本気でやったよ。
大衆に見せるのは実技試験以来か。
(まあその質量の多さにも当然だが手を加えた。それを加味してもあの相手じゃ防げない)
凍てつくステージ。
瞬間の決着、正確に計測すれば3秒か4秒。
アガっていた会場も目の前の光景に凍り付く。
『しょ、勝者はクレス・アリシア選手です!』
呆気に取られる会場。
そうだ。華やかさも何もない試合だ。
見てる分にはどう反応すればいいか分からないだろう。
「だけど、これこそが俺の生きてきた世界そのもの」
恩情もサービス精神も持ち合わせていない。
グダグダと試合をやる気も一切なし。
(俺よ、少しはスッキリしたか?)
自分に問いかけたところで何か変わるわけでもなし。
だが制限内であるとは言え、実力は大衆の記憶に焼き付けた。
後はここからどう運命を転ばすかが重要になる。
(優等生として散るか、はたまた勇者を打ち倒す存在となるか)
「お、おお……」
「やばすぎ、じゃない?」
「すげぇ……」
「マジかよ!? 瞬殺だったぜ!」
気が遠くなるほどの自問自答の最中。
観客の様子は、俺が抱いた予想とは違った方へ変化しだす。
パチパチと少しずつ送られる拍手。
それが少しずつ多く、少しずつ増えていく。
最終的には————
『す、凄まじい魔法に観客も総立ち! アイッザック氏が言った天才の言葉は嘘ではなかった!』
相手は凍った状態で運ばれた。
氷の世界に佇むは自分ただ1人。
そこには畏怖や軽蔑とは違う。
何かは分からないが、それでも拍手喝采がステージへと送られた。
「なんで……」
今の魔法見てなんで引かないんだよ。
なんで皆そんな笑ってるんだよ。
相手も会場も全部凍らせたんだぞ。
「クラリスさんは……」
視線は特別席の方へ。
彼女は今のを見てどんな——
「ガッツポーズしてる……」
どうやら喜んでいるらしい。
これならデートは確定か。
振り向けばスミスたちも何やら叫んでいる。
表情からして悪いことではなさそうだ。
「くっそ……」
誰にも聞こえない小さな声で。
仮面を被らない素の状態でこんなに喜ばれたのは初めて。
「……ちょっと気持ち良いじゃんか」
今までに味わったことのない感覚だ。
ただ2回戦、勇者に勝てばもう後には引けない。
(でも勝ってこの感覚をもう1度——)
それとも負けて早々に舞台から身を引くか。
今までのように感情は凍らせられない。
だけど時間はもうないんだ。
すぐに次の戦いがやってくる。
「————決断の時だ」
更新遅れてすいません。
土曜日もたぶん更新できると思います。
感想欄を1/15まで閉めます。
それ以降はまた書けるようになると思います。





