第61話「熱核」
「案外見つからないな……」
シルク君と再会。
クラリスさんのことを聞き、安易な気持ちで飛び出した。
しかし彼女を探しそれなりに時間が経過。
未だ発見には至らず。
「周りもお祭り騒ぎだし、生徒会は忙しいか」
学園内には出店が幾つも並ぶ。
そもそも王立魔法学園はネームバリューがある。
単純に興味本位で来る人もいそうだ。
つまるところ人でごった返している。
「クラリスさんはどこにいるやら——」
人波を避け隅の方へ向かう。
とりあず生徒会室にでも行くか、そう思った時だった。
俺の制空圏にとある存在が反応、ピンと意識が張る。
「——さて問題です。私は誰でしょう?」
気付いて数秒後。
突如視界を両手で隠される。
驚きはしない。
だって気配は瞬間で感じ取っていたから。
「うーん、スミス」
「っえ!?」
「冗談です。クラリスさんですね」
小粋なジョークです。
まあ本人には結構効いたみたいだけど。
「ホントに間違えられたかと……」
「まさか。クラリスさんの声はちゃんと覚えてます」
「っそ、そうですか」
少し頬を染めるクラリスさん。
からかってスイマセン。
彼女とは思いのほか付き合いがある。
かなり世話にもなってるし忘れるはずがない。
「クラリスさんを探してたんですけど、よく僕の場所が分かりましね」
「ふふ。だってクレス君目立ちますもん」
金髪や茶髪が溢れる場所。
俺の銀髪はそりゃ目立つか。
すれ違いざま、だいたいの人は1回は振り返る。
しかも女の人には若干距離と取られるし……
「ッゴホン。それで、私に何の御用ですか?」
「御用というか、さっきシルク君が控室に来てくれまして」
「シルクが?」
「はい。激励してくれましたよ」
良い弟さんをお持ちだ。
あのままグレずに育って欲しいと切に思う。
「その時クラリスさんのことを聞いたんです」
「な、なにか言ってたんですか……?」
「シルク君曰く、姉様が夜にモジモジしながら僕がどうたらって独り言を———」
「ストップ! ストップです! 生徒会長ストップ発動!」
長い金髪を揺らしながらアタフタする。
いつもの凛々しさからは想像できない姿。
あまりに必死なものだから周りの視線も集まり出す。
「あれクラリス様だよな?」
「相変わらずお美しい。尊いわぁ」
「話している人誰だろ……」
「確か本選の出場者の、名前は——」
公爵令嬢、クラリスさんは知られすぎている。
辺りには段々と野次馬が生まれていく。
「私は独り言なんて呟いてないですよ! そう、きっとシルクの聴き間違いで——」
「クラリスさん」
「いやいや、別に何も思ってないというわけでは——」
「あのー……」
なんか1人でずっと言い訳をしている。
正確には自問自答か?
ともかく半分ぐらい壊れ始めている状態。
これでも後輩、彼女の今の姿をこれ以上晒すわけにもいかない。
「とりあえず場所移しましょう」
「何も恥ずかしいことはないのよクラリス。私は思ったままを——」
「まったく……」
俺も不本意ながらたまにポンコツと言われる。
クラリスさんも結構天然というか。
仕方ない。
ここは少し強引に行こう。
「手、握りますよ!」
「……!」
「あ、正気に戻りました?」
「ぜ、ゼンゼンデース」
片言だが連れてくことに許可は降りたと。
(少し会話できたら、それぐらいの気持ちでいたんだが……)
まあ時間もあるし、もう少し時間を割くとしよう。
俺も、この人と過ごすのは嫌いじゃない。
握った手、やっぱり男とは違う。
駆けだした足、目的地もなく何処へ向かう。
「はぁはぁ……」
「すいません。ちょっと駆け足でしたね」
「いえ、私が、暴走してたので……」
「自覚あるんですね」
「多少は……テンパってしまいました……」
軽く肩で息をするクラリスさん。
それでも人ごみがら脱却できた。
「で、でも何だかおとぎ話みたいで面白かったです」
「おとぎ話?」
「知りません? 王子様が平民の女の子に恋をするというラブロマ——」
「そ、その話は今度聞きますね」
なんだか長くなりそうだし。
ここはスイッチ入る前に切っておく。
「でもクレス君もなかなか粋なことをします」
「粋って……あ」
自分たちが立つ場所を改めて確認する。
ここは——
「クラリスさんと初めて会った場所……」
「ええ。懐かしいです」
いやはや偶然も偶然。
ただ人気の無い場所を探して辿り着く。
簡素に表現すれば小さな公園。
喧噪は遠くから聞こえるだけ、辺りに人はいない。
「僕がボッチ飯していたら、後からクラリスさんが来たんでしたね」
「自分で言いますか……」
「今はちゃんと教室で食べてますよ。まあ混んでる学食には未だに行かないですけど」
「ふふ。私も学食は相変わらず行きません」
場所も場所。
立ちながら出会った日のことを思い出す。
学食は酷い混みようで、俺は1人で此処に来た。
そこで偶々、休憩中の彼女と巡り合ったんだ。
「良いチョイスです」
「ラブロマンスっぽいですか?」
「え?」
さっきの話に掛けてソレっぽいことを言ってみる。
ただ真顔で返された。
センス無いってことですかね。
どうやら俺にロマンス作家は勤まらないようだ。
「すいません。空振りしました。忘れてください」
「と、唐突だったので反応し遅れました……」
気を使ってフォローしなくていいんですよ。
そもそも色恋沙汰に関心を寄せたことはないですし。
「せっかくだし座って話しましょう」
「ただ芝生の上、問題ありませんかお嬢様?」
「はい。問題ありません」
「左様でし——」
「ふふふ」
「あ、途中で笑わないでくださいよ」
「いや、似合わないなと」
少しネタを振ってみるがクラリスさんは即座に対応。
これでも公爵家のお嬢様。
そんな彼女にクスクス笑われてしまうとは。
「将来の職業に執事は選ばないようしておきます」
「そうですか? 私は良いと思いますよ?」
「さっき笑ったじゃないですか」
「それは……まあ……」
「今だって口元抑えてるし、口の端が上がってますよ」
「ふふ。ごめんなさい」
俺と彼女の距離感は意外と近い。
最近は特にそうだな。
(やっぱり年上の人は絡みやすくていい)
クラスメイトにマイさんやワドウさんもいるが、どうにも気を使う。
監視という自分の都合を加味してもだ。
その点クラリスさんなんかはコッチから寄りかかれる感じというか……
(ダメだ。上手い表現が思いつかん)
ともかく話しやすいということ。
それだけだ。
「——じゃあやっぱり仕事中だったんですか?」
「——ですがもう休憩に入る予定だったので。席を空けても特に支障はないかと」
「——なら良かったです。ちょっと強引に連れてきてしまったので」
一応ここで時間を費やしていいか聞いておく。
結果、駄弁っていても問題はないそうだ。
視線を動かせば上位予選の会場も見える位置。
結構ギリギリまで時間は使えそうだ。
それから1つ2つと話題を挙げていくが——
「呟きます!」
「はい?」
「今からここで独り言を言います。あと内容は私の勝手な思い込みです。勝手な考えになります」
「きゅ、急にですね……」
途端にクラリスさんが切り出す。
今から独り言を呟くと言う。
微笑んでいた彼女の表情は真剣味を帯び出した。
どうやら部屋でモジモジしながら言うものではなさそう。
「——私的には今のクレス君、なんだか無理して大会に参加しているように見えるんです」
(…………っ)
どんな話題を、そんなモヤッと持った疑問は一瞬で打ち砕かれる。
彼女は本気でそう告げた。
息をのむ。
安易な嘘がバレたような感覚を味合う。
「不快にさせたらごめんなさい」
謝罪を口にしてから言葉を紡ぎだす。
そんな俺たちが見つめる先は木々が存在するだけ。
しかしそれは見える景色にすぎない。
クラリスさんはその先、見えないナニカを見ているよう。
そう思えるぐらい彼女の碧眼の色は深みを帯びていた。
「最近は私といつも以上に喋ってくれます。クレス君から会いに来てくれることも増えました」
「……」
「しかもスミスさんレベルのネタを振ってくる日もあるぐらい」
「……」
これは彼女の独り言だ。
俺は無言で佇むのみ。
なにも、応えない。
「——クレス君はきっと自分の気持ちを、誰かと会話することで紛らわそうとしている」
その言葉は熱を宿している。
小さな炎。
だけど絶対に消えない不滅の真実。
「無理に振舞って、プレッシャー、トラウマ、ジレンマ、何かから逃げていませんか?」
「……」
「あ、えっと、これは独り言なので答えなくて——」
「……なんでそう思うんですか?」
確かにこの大会に対し良い感情は抱いていない。
だって俺は負けなくちゃいけないだ。
数字に恩返しするための出来レース。
それでも正直思うよ。
なんで俺がこんな所で敗北するんだって。
彼女の言う通り、感じる嫌気を任務成功のためと押し殺していた。
「明確な根拠はありません。予選を見たわけでもありません」
「なら……」
「でも自分の本音を言いたいのに言えない。思うように動けない。そんな経験が私にもあります」
「……」
「これでも公爵家の人間、私情も家のためだからと何度も殺しました」
立場もシチュエーションも違う。
俺は『任務成功』のため。
クラリスさんは『家』のため。
どこか共通したものはある。
「ただ最近になって、少しずつ正直に生きてます」
「……」
「パーティーの時に演じてもらった恋人の件然り、貴族社会への小さな反抗ですね」
「ありましたね……」
「そのきっかけはクレス君と出会ったからですよ? あ、でも理由はまだ言えません」
「言えないんですか?」
「ま、まあ、私の覚悟とタイミングが決まったら言います……」
途端に歯切れが悪くなる。
いやあえて聞くまい。
「クレス君、大会のご褒美覚えてますか?」
「えっと」
「正確にはあの3人の友人、スガヌマ様たちに試合で勝った場合の……」
「ああ。クラリスさんとデートができるって言う」
「そ、それです」
スミス、ウィリアム、スガヌマに勝てば会長とデート。
ただ誰かに負ければ俺が女装するという。
(ただ俺はケンザキに負けるし……)
「一生懸命」
「?」
「1回戦2回戦で負けたとしても、一生懸命頑張ったのなら私はデート権をあげます」
「でも——」
「どんな事情があるかは知りません。ただ少しでも足掻いてみたらどうでしょう?」
「足掻く……」
「もしかたらもっと良い未来を見出せるかも。逆も然りですが。ただ——」
「今を精一杯頑張れる人、それはとてもカッコいいです」
憂いを払う優しい笑みと言葉。
ただそれ以上に——
(その言葉、出会った当初のアウラさんにも言われたな……)
随分前、俺が災厄の数字に入りたての時。
アウラさんと組んだ間もない頃だ。
『クレス! もっとガンガン行こうぜ!』
『やってます』
『お前のソレは全力じゃねえ!』
『……』
『戦士の価値ってのは単純な力で決まらない!』
『……なら何で決まるんですか?』
『どんなことにも全力全開で挑む姿勢だ! そして、その姿勢が生き様となって熱い未来を導く!』
———あれ?
クラリスさんと言ってること結構違う?
いいや、通ずるところはあるだろう。
「ただどーしても、どーしても事情を覆せない時もあります」
「ありますね」
「その時はせめて胸を張ります。逃げません」
エッヘンと胸を張ってみせるクラリスさん。
ようは前向きにってことね。
(なんだか良く分からなくなってきた。都合の良い思想だな——)
俺の迷いをウヤムヤにされた感じ。
もはやどうでもいいとさえ、ほんの少しだが思ってしまう。
まあ気持ちは多少軽くなったか。
「クラリスさんは、僕の知り合いに意外と似てるかもしれません」
「知り合いですか?」
「ありえないぐらいバカで、大食らいで、いっつも怒られることをする人です」
「えー……」
「でも凄い良い人で、自分にとっては魂の恩人と呼べる存在ですね」
熱いソウルの重要性、思い出したよ。
ただ感情論だけで動くほど俺はバカじゃないし、性もない。
監視任務があるという事実も変らない。
でも——
「クラリスさん」
「はい」
「自分のやり方や考え方、もう少し見つめ直します」
「そう、私としてもクレス君には元気な顔でいて欲しい」
「だからそんな真剣にロマンス語りしてくたんですか?」
「ろ、ろま、もうその話はいいです! もう!」
似た心境を感じとる、彼女なりに思う所があったのだろうか。
(良い人と知り合ったもんだ——)
思い返す、注目がある程度ある自分。
もしかしたら選抜に選ばれてもいいかもしれない。
ただ選抜生は大会前に身辺調査もある。
それはセレモニーで各国の王族や要人と会うからだ。
(調査で正体がバレることはないと思う。だけど絶対とは言えない)
でも負けたくないという気持ちは確か。
どう折り合いをつけるか、改めて岐路に立たされたよう。
「お嬢様、ありがとうございました」
「ふふ。他愛ないですわ」
振り出しに戻る。
クラリスさんも調子よく乗ってくれる。
いつもの、いや、いつもより居心地の良い空気感だ。
(あ、そういえば——)
「ちなみにさっき言ってたスミスレベルのネタってのは……」
「クレス君最近やりますよ?」
「いやいや、一緒にしないでください」
「もちろんあれほど下品ではないですけど、なんだか空振り具合が……」
「しょ、精進します」
大会前、クラリスさんが俺に提示したこと。
1つ、とりあえず一生懸命にやってみる。
2つ、どうしても曲げられないことは前向きに考える。
自分の都合の良いようにポジティブシンキング。
まるでアウラさんだ。
「2回戦、どうするんだよ俺——」
テンポ上がるように頑張ります。





