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第57話「見者」

 自覚せよ。

 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗く。

 俺もまた誰かに見られているのだ。











 半日を掛けてブロック予選が終わった。

 傷なし、疲労なし、問題なし。

 誰かにバッシングされることもない。

 しかし動けなくなった対戦者たち、その最後の表情が脳裏に纏わりつく。

 戦いは遊びじゃない。常に鋭利に尖っているものだ。

 だけど俺は————


「……帰ろうか」

『ええ』


 試合用の服は脱いで制服にチェンジ。

 ただ制服を着てもこの煩悩を制してくれない。

 エルが説いたのも『正直に生きよ』という言葉だけ。

 内心に猛々しい感情はない。

 それでも何時もの冷め方とは違う。

 もっと重くて、もっと意味不明で理解できないものだ。


「俺は哲学者かっての……」


 余計な事は考えなくていい。

 与えられたものだけやればいい。

 俺は監視者だ。

 ただ今回はいないようだが、俺もまた優秀な学生として注目されつつある。

 観衆の眼が自分に向いていることを一層考慮しなければいけない。

 ある意味では自分も監視されていると言える。

 だから次はもっと上手く、上手く……


「なあエル」

『ん?』

「神ってのは誰にでも道標(みちしるべ)をくれるのか?」

『クレスは神を信用してないでしょ』

「そうだな」


 自分を良くしてくれる人はそこそこいる。

 だけど真の意味で信用するのは自分だけだ。

 モヤモヤと渦巻くこの想いに答えを見出せるのは己のみ。

 

『私は貴方と一緒にいるだけ。死ぬまで見守るだけ』

「監視者になるのか?」

『もっと上品な存在よ。うーん……奥さんとか?』

「なんだそりゃ……」

『ちなみに愛人は————』

「はいはい。話を振った俺が悪かったよ」

『最後まで聞いてくれてもいいのに……』

 

 相談、とはいかずとも少し聞いてみた。

 だが答えどころか若干拗ねてしまう。

 エルは何かとつけて重いんだよな……

 とりあえずこの場所からは去ろう。

 さっさと家に帰って報告書でもまとめ————


「あ、ここにいたんですね!」


 良く響く、そして聞き慣れた声だ。

 万が一にもあの時勘違いをしてくた初戦の女生徒ではない。

 振り向けばと同じ白い制服を着た人がいた。

 ストレートに流れる金髪、碧眼と泣きボクロが大人の雰囲気を出す。

 出すんだけど、結構慌ただしく動くんだよなあ。


「クラリスさん……」

「優勝したそうですね。おめでとうございます」

「どうもです。でもなんで此処に————」


 そこにはうちの生徒会長、クラリス・ランドデルクがいた。

 少し離れた所に護衛っぽい気配を感じる。

 ただ言葉に出した通りだ。

 なんでこんな場所にいる?


「生徒会室で各ブロックの報告を受けてたんです」

「はい」

「それでクレス君が終わった聞いたので、ようやく2人きりに……」

「2人きり?」

「あ、あっと、その、(ねぎ)いに来たんです! 別に自主練ばかりで構ってもらえず寂しかったとかじゃ————」

「……?」

「と、ともかく学園の生徒、後輩の様子を見に来たんです!」

 

 見た目のわりにアワアワともたついている。

 というか凄い早口だ。全部を聞き取れない。

 だが必死で何かを伝えようとしている。

 言葉無くして想いは響く。

 

「……じゃあ一緒に帰ります?」

「はい!」

「ちなみに護衛の人は————」

「っは! ちょっと待っていてください!」


 四大公爵のご令嬢、当たり前だがガード付き。

 この場で駄弁る訳にもいかない。

 時間も時間。

 帰路につきながらの会話を提案するが、クラリスさんは少し待ってくれと言い部屋を飛び出る。

 それから数分後————


「大丈夫です! 騎士さんには先に帰ってもらいました!」

「それマズいんじゃ……」

「2人だけがいいですから」

「……」

「それに、クレス君ならしっかり守ってくれるかなと」


 にこやかな笑み、なんでもない様にそんな台詞を吐く。

 なんで俺をそんなに信用できるだろうか。

 純粋だ。

 その言葉に暗闇は見いだせない。


「分かりました。なら俺が護衛役ですね」

「お願いします」


 まさかこの場面で嫌だという奴はいないだろう。

 俺は少なくとも今後とも良い関係でいたい。

 大抵の案にはイエスで応える。

 というか凄いハキハキしているな。

 活力で溢れている感じ。


「でも貴族エリア、クラリスさんの家まで結構距離ありますけど……」

「あ」


 ハイテンションが現実に戻る。

 現在地は平民エリアのほぼど真ん中。

 俺の家はそう遠くないが、彼女の自宅は貴族エリアの一等地。

 護衛を帰してしまった今、家まで送り届けられるのは俺しかいない。

 

「ご、ごめんなさい。途中までで————」

「最後まで付き合いますよ」

「え……」

「護衛役ですから」


 どうせ早く帰っても報告書を書くしかやることはない。

 今日はクラリスさんに時間を割くとする。

 それに纏め役の生徒会長でもある。

 勇者たちの予選結果も気になっていたところだ。

 ただ歩いていたらかなり時間かかるし————


「馬車をつか……」

「徒歩でいきましょう!」

「でも結構時間掛かりますよ?」

「ふふ。時間が掛かる方がいいです」

「まあクラリスさんがそれを望むんだったら……」


 お嬢様がそう言うのなら従うのみ。

 何か考えでもあるのだろう。

 突風の如く現れたクラリスさん。

 俺は試合で得た消沈気味の想いを連れて帰路についた。















「————じゃあ勇者たちは全員勝ち上がったと?」

「————はい。今年は凄いですよー」


 オレンジ色にようやく色づき始めた空。

 話題はもちろん予選のことだ。

 どうやらケンザキ、スガヌマ、ワドウさんは無事に勝ったそう。

 ちなみにスミスとウィリアムもブロック優勝。

 俺の知り合いだけで既に5人は上位予選に名を連ねたわけだ。


「だけどあのケンザキも……」

「どうかしましたか?」

「ケンザキがいるブロック、何かトラブルがあったとか聞いてます?」

「特に報告は受けてないですね。普通に勝ったらしいですよ」

「普通……」


 実技授業を鑑みるに結構危ないと思っていたんだがな……

 マトモな試合だったらしいし、貴族の介入もないと。

 実力で勝ち上がったと信じていいんだろうか?

 ワドウさんやスガヌマはともかく、早く奴の本気を見たいところだ。


「それにしても、この道を歩くのは久しぶりです」


 クラリスさんが感慨深そうに呟く。

 俺たちは平民区随一の大通りにいた。

 夕方だけあり人はいつもより人は少ない。

 とりあえず普段のようにごった返していることはないな。

 

「昔は騎士もつけずコッソリ来ました」

「へえ、怒られなかったんですか?」

「怒るというか、お父様は心配だと言ってわんわん泣いてました」

「カルロさん……」


 あの人クラリスさんのこと大好きだからな……

 心配で心配でたまらなかったんだろう。

 

「でも私はこの場所が好きです。みんな笑顔で、活気が溢れている」

「ええ」

「ここで暮らしたい、そう思う時もあるぐらいです」

「それだとまたカルロさん泣いちゃいますよ?」

「ふふふ。そうですね」


 この国自体がそうだが、貴族があまり貴族らしくない。

 もちろん全員がということではないぞ。

 ただ俺が知り合った貴族たちは差別をしないのだ。

 平民相手でも物腰が柔らかいし寛容。

 クラリスさんなんて平民区で暮らしたいとまで言い出すし。

 これが王国が近年成長している理由なのだろうか?


「あとクレス君と2人きりで喋るのは久しぶりです」

「ずっとスミスたちと自主練してましたからね」

「……寂しかったり、しました?」

「寂しい?」

「わ、私と、その、話せなくて……」


 モジモジとしだすクラリスさん。

 どうだろう?

 ただ彼女は放課後に結構顔を見せに来た。

 今2人きりになったことで何かを感じただろうか。

 まあ2人でじっくり話したい、もとい色々聞きたいとは思っていた。

 これは寂しいという範疇に入る? と解釈できるのかな。


「まあ2人だけになりたいとは思ってました」

「そ、そうなんですか」


 俺の回答にパッと顔を上げる。

 ただ————


「なんか凄いニヤニヤしてますね」 

「し、してません!」

「でもほら、今だって若干口角上がってますよ?」

「うぅぅ……」


 プイっと外を向く。

 クラリスさんの態度を見てるとつい同い年に思えてしまう。

 あんまり年上感がないんだよなあ。

 この取っ付き易さが人気の秘訣なんだろうか。

 

「あ」

「どうしました?」

「ソルテットがあります」

「そるてっと……?」


 顔を逸らしたついで、とある物に気付いたらしい。

 ついでに機嫌も直してくれる。

 足を止めた先には屋台があった。

 そこにはソルテットという食べ物? が売られている。

 曰くパンを揚げて甘い香辛料をかけたものらしい。

 表面は茶色っぽく、近づくと香ばしい匂いがする。

 

「これは一般的に庶民の食べ物で、なかなか家の近くだと買えないです」

「なるほど」

「美味しそう……だけど丸々1つ食べるのは太るし……」


 クラリスさんは立ち止まって考えだす。

 やはり年頃だけあって体形のことをよく気にするらしい。

 常に完璧なプロポーション。

 それには相応の努力があるってことなんだろう。

 女性ってのは大変だ。

 

「食べてみたいんで、よかったら半分に————」

「半分くれるんですか!?」

「は、はい」


 目がキラキラしてる。

 そんな張り切って返事しなくても……

 まあそれだけ食べたいってことなんだろう。

 屋台にいるおばちゃんに声を掛ける

 

「お金を————」

「払いますよ」

「でも……」

「クラリスさんにはお世話になってるので」


 当然のことだが、クラリスさんの方がお金は持ってる。

 それに前は舞踏会用の服まで買ってもらったし。

 ただこんなパン1つも奢ってもらうようじゃ、流石に情けない。

 これぐらいは男を立たせて欲しいもの。

 1つ購入。

 包み紙ごしでも結構熱いな…… 

 

「今更ですけど、これどうやって分けますか?」


 長細いパン。

 千切ったら千切ったらで手も汚れるだろうし。


「さ、先にどうぞ」

「え?」


 どうぞどうぞと手でジェスチャーを送ってくる。

 普通にかぶりついて良いそう。

 まあ腹も減ってることだし、それじゃあお言葉に甘えて————


「うん。美味い」


 当たり障りのない感想。

 王国のソウルフードは普通に美味しかった。

 値段の割に良い味だと思う。


「あの、じゃあ私も貰っていいですか……?」

「いいですけど、食べかけですよ?」

「も、問題ないです!」

「そうですか」


 俺が口を付けた物だが大丈夫だそう。

 まあ俺もそういうのは特に気にしない。

 アウラさんと旅している時なんか、あの人が色々燃やすもんでスプーンがたった1つになってしまう。

 それで同じスプーンをずっと共同で使ってたな。

 ただそれはあくまでアウラさんの例。

 こう言ってはなんだが、年頃の貴族令嬢はこういうのに敏感だと思っていた。

 

「いただきます————!」


 やけに気合入って俺の後追い。

 俺が持ったソルテットに口を開く。

 ハムハムとじゃなく一発でガッツリと。

 やけに勢いのある喰いっぷり。

 そんなにお腹が空いているのだろうか。


「どうですか?」

「お、美味しいです」

「あと……」

「美味しいです」

「顔赤いですけど、本当は恥ずかしかったんじゃ————」

「美味しいです!」


 やっぱり多少抵抗があったんだろうな。

 しかも公爵令嬢のクラリスさんに銀髪の自分。

 周りの目もそれなりにある。

 しかし空腹には抗えなかったと、これは仕方ない。

 あとつい面白くて少しイジってしまう。

 

「クレス君はイジワルです……」

「すいません」

「ただありがとうございます。御馳走になりました」

「いえいえ」

「そこでお礼と言ってはなですけど、うちで夕食を食べていきませんか?」

「そこまでは……突然お邪魔するのも迷惑で……」

「食 べ て い き ま せ ん か ?」

「いただきます」


 目が急にマジだ。

 ただどうせ家まで送り届ける予定。

 断っても強制的に引き込まれそう。

 それにクラリスさんの弟、シルク君も俺に会いたいとずっと言っているらしいし。

 良い頃合いか。


「ふふふ」

「何かおかしいですか?」

「いや、クレス君は面白いなと」


 声に出す笑い声。

 俺は基本イエスで返すだけだ。

 そんな自分に面白さを見出したらしい。

 俺は分からない。


「王族と公爵家を除いて、私に接する人の姿勢って全部下からなんです」

「でしょうね」

「でもクレス君は同じ目線で見てくれます」

「え……?」

「もしかして自覚ないんですか?」


 これでも(うやま)っているつもりでした。

 ちなみに彼女を女性として意識しているかというと……正直良く分からない。

 何にも気づきたくない。

 このままでいいと思う自分がいる。

 ただ何にしても今の俺の態度はクラリスさんにはプラスのよう。

 しかし今回で指摘されて気付く。

 俺のやり方は下から接しているようには見えないと。


「なら————」

「これからもずっと、正面から見てください」


 ならもっと敬意をもって付き合う。

 その言葉は途中で遮られる。

 俺が否定をするまでもなく、彼女は答えを持って来た。

 歩みながらも、視線は前に向いていても、それは本物の想いだった。

 

「その代わり……」


 曰く上も下もない。

 身分も宗教もまた関係ない。

 どんな状況になっても変わらない。

 

「————私も、クレス君と真正面から向き合います」


 立ち止まる。

 クラリスさんが一歩抜きんでて俺の前に立つ。

 そこには恥じらいも何もない。

 ただただ堂々と、真っすぐで眩しい人がいた。

 その微笑みはこの生き方に光を浴びせる。

 

 ああ。

 いるんだな。

 この身が災厄と知らずとも。

 俺以上に俺を見る存在が————

 

パンはパンで通します。

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