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第47話「久方」

「————これで依頼分は達成だ」


 始まりの森に入って数時間、まだ辺りは明るい。

 求められた薬草は無事に採取できた。

 スライムや小型の獣には遭遇したが、これといったアクシデントは起きていない。


「予想通りというか、やっぱ楽勝だったな」

「家に帰るまでが冒険だよ」

「へいへーい」


 だが楽勝だったのは事実だ。 

 正直もう少し実戦が欲しかったな。

 あとスミスとウィリアムはともかく、勇者を育てていいのかと俺に疑問を持つ者がいるかもしれない。

 まず大前提として、勇者を殺すな以外の制約は俺に掛かっていないのだ。

 任務に影響は出ていない。むしろスガヌマの事をこれでもかと調査できている。

 だとしても災厄の数字(ナンバーズ)の脅威になるかもしれない存在。

 俺の今のやり方には納得できない?

 

「それじゃ帰ろう」

「おう。終わったら飯食いにいこーぜ」

「いいねえ」


 確かにマイさんやワドウさんの異能は可能性を秘めている。

 ただスガヌマに限った話、残念ながら彼を教える過程で異能の底(・・・・)は見えた。

 超一流の戦士になれるだろうが、少なくともアレでは俺たちにまでは一生届かない。

 俺が何を仕込んだところで、数字(ナンバーズ)の異能と魔法で覆せる。

 越えられない絶対の壁がある。断言しよう。

 

「……それに俺は生半可なことはしたくない」


 無し崩しとはいえ鍛錬に付き合うと約束をした。

 監視上信頼は失いたくない。それに関わった以上無残な死は遂げてほしくない。

 たださっきも言ったがスガヌマに限った話だ。

 他の勇者3人を戦闘面で助けるつもりは今のところ考えていない。

 

「どうしたクレス、またブツブツと」

「ん? いや」

「最近は独り言多いよね。悩みでもあるのかい?」

「相談になら乗るぜ」

「大丈夫。たいしたことじゃない」


 心配無用だ。

 あと勇者の育成について触れたが、数字(ナンバーズ)によってはむしろ勇者を強く育てろ(・・・・・)という者もいるだろう。

 なにせ俺たちは最強を謳ってる。

 敵がいないのだ。退屈なのだ。

 戦闘狂や変人たちは戦いに飢えている。

 自分たちと張り合える敵を欲しているのだ。

 依頼主(クライアント)の意志は無視、数字(ナンバーズ)の多くは勇者と戦ってみたいとか。

 俺は特にそうは思わないが、任務に影響が出ないのなら別に教えるのは良いと考えている。

 逆に自主練では色んな情報を知れる。むしろメリットが多すぎるぐらい。

 そもそも勇者にビビッて来たわけじゃない。興味があって来たんだよ。

 

「スガヌマ」

「あん?」

「お前はどれぐらい強くなりたい?」

「唐突だな……」


 来た道を帰りながら問いかける。

 深い意味はない。

 なんとなく聞きたくなっただけだ。


「なら物理戦最強の戦士!」

「魔法はどうしたんだよ?」

「ま、魔法は凛花とかクレスがいるからな、俺はそっちじゃ敵わん」

「はっはっは。勇者が諦めんなよー」


 なるほど。

 ちゃんと分かってるみたいだ。

 スガヌマの異能(スピード)は近接戦でこそ真価を発揮する。

 目指す所は正しいだろう。

 ただ近接はきついぞ、アウラさんとか俺がいるからな。

 まあ魔法面でもえげつない数字(ナンバーズ)がいるんだけど。

 任務にとってのメリットが多いなら、ワドウさんなんかに魔法を教えてもいいだけどな……


「————あ!」


 スミスが途端に声を上げる。

 賑わっていた会話が途絶える。

 俺たちも気付く、かなり先だが道上に人の姿が見えた。

 ただ倒れているようにも、普通の状態ではないのは確か。


「おい、誰か倒れてねーか?」

「急ぐぞ」

「にしてもよく気付いたなスミス」

「俺の女の子センサーに反応があったんだ」

「どんなセンサーだよ……」


 俺でも気付かなかった。

 そのセンサーの感度は凄いよ。

 スピードを上げる。いつも走っているだけあって皆速くなった。

 倒れている人の姿が段々と大きくなる。

 スミスの言った通りそこには女の人が仰向けで倒れていた。

 

「大丈夫ですかー!」


 スガヌマが先頭をきって進み出る。

 女性はおそらく冒険者だ。

 しかし始まりの森といえどソロで来るとは珍しい。

 一体何が————いや待て!

 気付く。これは罠だ。

 だが俺がスガヌマを止めるよりも先に————


「止まれコウキ!」

「す、スミス? なんでそんな強く腕を掴むんだ?」

「この人は女じゃない。危うく騙されるところだったぜ」

「どういうこと……?」

「どんな魔法かは知らんが、この距離で俺の眼を誤魔化すことは出来んぞ!」


 感服だよスミス。

 お前の女に対する想いは真実を見抜いた。

 スガヌマが普通に近づこうとした女、それは人間ではない(・・・・・・)

 魔力を上手く隠している。本当の女冒険者のように化けている。

 俺もこの距離まできて違和感にようやく気付いた。


「た、助けて……」

「おいこの人は————」

「騙されるなコウキ! こいつは男だ! 男の臭いがプンプンするぜ!」

「え……」

「まず胸の作りが甘い! あと胸当ても今の流行りより2周遅いやつ! それと肝心のフェロモンが漂よってねえんだよ!」

「おい失礼なことを————」


 俺とは違う視点で指摘を続ける。

 流石は学園の性欲爆弾と呼ばれるだけあるよ。

 縋るような女の助けも一喝。

 前に出そうなスガヌマたちを制止させる。


「正体を表せ!」

「……」

「女に化けたのが失敗だったな! お前が男だということは分かっている!」

「————クソが」


 観念したよう、女はむくりと立ち上がる。

 その様相、さっきまで助けを求めていた人間とは思えないぐらい軽い足取りだ。

 スガヌマたちも驚いている。

 女、いや人間に化けていた魔族(・・)が変身を解く。

 青い髪に病的に白い肌、ギラツク黄眼。

 着ていた甲冑もはじけ飛び、身体も隆起していく。


「「「魔族……!」」」

「よく気付いたな人間」

「……ッハ、余裕だっての」

「運よく勇者の姿を見つけて仕留めようと思ったのに、最悪だ」


 まさかスガヌマが此処に来ることを予期していた?

 いやでも口振りからして偶々(たまたま)っぽいな。

 それでも始まりの森に魔族が1体いるってのも可笑しな話だ。

 周囲にも目の前にも意識を研ぎ澄ます。


「気付かれたところでガキに負けるつもりはねえがな」

「「「……!」」」


 魔族が魔力を解放する。

 うーん、そこそこ強いかな。

 とりあえず今の3人ではまず敵わないだろう。

 かなり差が開いている。

 そもそもこれギルドでいう緊急事態、すぐに報告すべき案件だ。

 あ、そうだ————


「おい皆」

「まさか1人で戦うとか言い出す気か?」

「そうだ」

「バッサリ言ってくれるね……」

「だけどクレスが正しい。もう差が分かっちまってる」


 自主練の中で魔力の扱いを教えた。

 それは敵の力を測ることにも通ずる。

 自分と相手の実力の違いを悟れるまでは来ているだろう。

 だからこそ3人の顔色もかなり悪い。


「逃げろって言うのもアレだからな。これはリーダーからの命令だ」

「「「命令?」」」

「拠点の村に行ってこの事をギルド支部に報告してくれ」


 変に頑固になって居座られても困る。

 ただ命令の内容はでっち上げではない。

 誰かがすぐさま報告しなければいけない事案。

 王国内にまた魔族を確認、この意味合いは大きい。


「また上手い理由を付けるね」

「逃げろじゃない。俺の代わりに(・・・・・・)報告に行ってくれ」

「……仕方ない」

「今度こそはって思ってたのに……!」

「だが戦いの邪魔になるわけにはいかねえ」


 心得1つ、常に最善を尽くせ。

 撤退は恥ではない。

 自尊に囚われ動けなくなることこそ本当の恥。

 自分がその場で不必要ならば、他にやるべきことを考えろと伝えてある。

 そして内でしっかりと活きているようだ。

 その歳でよく分別がついている。

 ありがたいことだ————


氷人形(ゴーレム)を何体かつける。道中に気を付けてくれ」

「「「了解」」」


 自立する巨像を作成、大賢者でも使用したやつだ。

 拠点までは結構な距離がある。

 その道中で他の魔族が潜んでいる可能性もゼロじゃない。 

 なら俺と一緒に残ってもらうか?

 いいや、今回はあいつ(・・・)を使いたいんでな。

 そもそも守りながら戦うのは得意じゃない。


「そう簡単に逃がすわけが————!」

氷槍(ランス)


 魔族が放つ魔力弾も全て撃ち落とす。

 簡単、俺の魔法だけで十分倒せる相手だ。

 だが彼女の我慢もそろそろ限界みたいなんでな。

 もうどんな相手でも良いと言っている。

 その間にもスミスたちは帰路を行く。

 無事に離脱だ。

 

「お前……!」

「悪いな。ちょっと付き合ってくれ」


 今のうち落としで俺の実力は分かったはず。

 少なくともさっきの3人とは違うってな。

 それにしても久しぶりの戦闘だ。

 大賢者ぶりか?

 

「質問だが、もしかして魔王の命令で来たのか?」

「答える義理はないな」

「そうか。まあ追いかけたきゃ俺を殺して行くんだな」

「上等————!」


 当然だが教えてくれることはないらしい。

 まあ後で拷問してみて状況を判断しよう。

 案外吐いてくれるかもしれないし。

 視線を後方に移す。

 そこにはもう3人の姿は無かった。

 行ったか……


「さっさとお前を殺して勇者も……」

「なあ魔族、神様って普段どこにいると思う?」

「ああん?」

「炎の神は太陽に住むと言う。水の神は海に住むと言う。風の神は空に住むと言う」

「何ワケ分かんねえことを……」


 9つの属性、そのそれぞれに神がいる。

 あと神様ってのは1体だけじゃない。

 上級神、中級神、下級神って何体も何体もいるんだ。

 だが上級神の上に位置する(くらい)、つまりは主神。

 そこに座せる神は1体だけだ(・・・・・)


『————ようやく私の出番ね』


 太陽が上げる気温は急激に低下、水分を含んだ植物や大地が凍り付く。

 風も凍てつき場面を氷の世界に一変させる。

 脳内に響くのは美しい声、ただ今回はなにも声だけじゃない。

 幻想の如く、心綺楼しんきろうの如く、ぼんやりとしたその姿を段々と明確にしていく。

 その姿も、出立ちも、全てが完成されている。


「何が……起きている……」

「だが神でも意外な場所に住むやつもいる」

「お前……」

「例えば氷の主神、こいつは俺の瞳の中に(・・・・・・)住んでいる」

「ッマズイ!」


 加護とか祝福とかそんなチャチなもんじゃない。

 主役は俺の背中にもう憑いている。

 さあ現界(げんかい)の時来たれり。

 この自然界を氷の世界に変える。

 唯一無二の力、これが俺の異能だ。

 

顕現(けんげん)しろ、エルレブン————!」

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