第46話「初心」
ハーレンスの王都から北西に数キロ。
そこには『始まりの森』と呼ばれる場所がある。
ネーミングに深い意味はない。
単純に初心者向けのフィールドというだけの話、王都の駆け出し冒険者は皆ここから始めることからその名がついたとか。
森には低級な魔物、もしくは獣の類がいるだけだ。
「やっぱ4人だけだと冒険ってかんじがするな」
「俺は変な感じだ。今までは優斗たちとしか来たことなかったし」
「そういやウィリアムはよく家の許可が出たな。一応貴族の次男坊だろう?」
「一応ってなんだい。ウチは放任主義だからね。まあ評判高いクレスが一緒だってのもあるけど」
俺たちは森の中を進んでいる。
少し前に拠点となる村に到着、今に至る。
移動に大した時間はかからなかった。
流石は新人に向いていると言われるだけあり、なかなか手ごろな感じ。
日もちょうど真上に、まだまだ時間に余裕はあるだろう。
「喋るなとは言わないけど、しっかり警戒はしとけよ」
「いつどこから敵が来るかは分からない」
「どんな場合でも冷静に対処をする」
「自分の命は自分で守る」
「……分かってるなら良し」
3人そろって呪文の如く唱える。
放課後の自主練で俺がさんざん言ってるからな。
刷り込み効果ってやつか?
だがその考え方は正しい、と思う。
少なくとも俺はそのスタイルで今の今まで生き抜いてきたのだから。
「そうは言っても今回は薬草獲りだろ?」
「油断すると危ないよスミス」
「そうだぜ。少し前に優斗もそんなこと言って死にかけたからな」
「何それ? 面白そうじゃん。聞かせてくれよ」
なんでも勇者だけで受けた依頼、今回のように採取のものだったらしい。
その時にケンザキが油断、スライムに窒息死させられそうになったとか。
初めて聞いたが、基本最弱とされるスライムに殺されかける……
護衛に騎士がいたので、大事には至らなかったようだ。
その話を聞いてスミスがゲラゲラ笑っている。
我慢しているんだろうが、ウィリアムの口角も若干上がっている。
「僕はケンザキ君のこと、結構クールな人だと思ってたんだけどな」
「そうかー?」
「まあでもクールつったらクレスだろうよ」
「……俺か?」
「いやいや、コイツも案外天然だからな。ポンコツっぽいところあるし」
「ぽ、ポンコツ……」
言ってくれるじゃんかスミスさんよ。
だが完全に否定できない自分もいる。
偶に、ホント偶にだけミスをしたりする。
そんなに頻繁にじゃないぞ。
「でもクレス君はそれ以上に実力があるからね」
「俺は勇者だけど、今クレスと試合やってもほぼ勝てないと思う」
「魔法だけじゃなく剣も体術も出来るしなー」
「そんなに褒めても何も出ないぞ」
「事実を述べているだけさ。一度君の師匠に会ってみたいよ」
スミス、ウィリアム、ケイネル、スガヌマ。
この4人にはかなり軽くだが身の上話をしている。
とりあえず家族がいない。これまでは親戚的な立場の人に面倒を見てもらったと。
魔法やら剣術もその人達に教わったと言った。
そりゃ別大陸から1人で来た15歳、ある程度情報を開示していなければ逆に怪しまれるだろう。
ヘタに調べられるよりマシ。
それに客観的に見ても、こいつらはそうペラペラと喋るわけでもなさそうだからな。
「あとその師匠って女の人か……?」
「女の人もいた。別に1人ってわけじゃ————」
「美人か!?」
戦いに関する根本的な事は自力で学んだ。
だが師匠がいると言えば、俺の実力に対して多少の目くらましにはなる。
しかし杞憂、スミスにとってはビジュアルだけが気になるらしい。
制欲ってものを知らないな……
「まあ見た目は美人だよ」
「おお! なら俺も弟子入りしたい!」
「いや止めといた方が……」
「やっぱりスミスみたいな性欲魔人は受け付けてないってことかい?」
「おい!」
「そういう訳じゃない。ただ鍛錬がかなりキツイんだ」
数字には色々なことを教わった。
その中で、いま俺の脳裏に映っているはアウラさん。
あの人には剣術、いや、忍耐力と回避力を育ててもらったかな。
特に魔法無しの組手。
あれで何度あの世に送られそうになったことか……
「なんだ鍛錬が厳しいだけかよ。それなら別に……」
「俺の鍛錬が天国に感じるくらいキツイぞ」
「へ?」
「生半可に受ければ本当に死ぬ。そもそも加減を知らない人なんだ」
「……」
「ただ死にかければスミスの気質が改善されるかも……これは……」
「いや待てクレス。残念だがやっぱり俺は遠慮しておくよ」
「なんだビビったのか?」
「ビビってねーよ! 戦略的撤退だっての!」
どうやらアウラさんの弟子は増えないようだ
そもそも教えるってだいぶ難しい行為だと思う。
最近スミスたちを指導するようになってしみじみ感じる。
数字たちに教わった時、なんでもっと加減しないんだと思ったが、今となってはあの人達も必死に教えてくれたんだと分かる。
「俺には騎士になるって夢があるからな。鍛錬で死んだら笑い話にもならねーよ」
「そもそもあのスミスが騎士を目指すってことが……」
「性犯罪を起こしたら内定はまず無理だぞ」
「起こさねーよ!」
本当か?
今までの姿を知っているから心配になる。
だが騎士を目指すか、良い夢なんじゃないだろうか。
「ウィリアムにも何か夢があるのか?」
「僕かい? そうだね、今は世界を見て周りたいと思ってるよ」
「旅人ってこと?」
「まあそんなかんじ。ただ僕は侯爵家の次男でもあるし、叶うかはまだ分からないけどね」
見聞を広げる行為、それが良いかは俺には分からない。
これまで幾度も戦場を歩き、過酷かつ冷酷な現実と対峙してきた。
絶望を味わった時もある。
あんな気持ちになるくらいなら、この王国に住まう人のように、狭い世界の中で楽しく暮らしていた方が楽だと思う。
だがウィリアムが無知を嫌うというのなら、外の世界は色々なことを教えてくれるだろう。
偉そうな事を思ったが、俺もまだまだ経験不足な点が多い。
口に出しては言えないな。
「俺はもちろん魔王討伐だ」
「聞くまでもないわな」
「あれは? 元の世界に戻りたいとかは考えないの?」
「それよく言われる。だけど意外とこの世界でも良いかなって最近思い始めてんだよなあ」
「「「へえー」」」
本当に意外だ。
林間合宿の時、マイさんは元の世界に帰りたいみたいな様相だった。
てっきり勇者全員その気持ちだと思っていたよ。
スガヌマは故郷でごく普通の学生だったとか、家族に対する想いもそんなに重くはないらしい。
なんだかんだこの世界での生活が充実しているようだ。
「クレスは? 何か夢とか目標あるの?」
「……俺は恩返しかな」
「それって……」
「明確に何がって言えないけど。育ててくれたあの人たちの役に立てればって思ってる」
そして少しでも長く一緒にいたい。
もう俺にはあの人達しか傍にいないんだ。
もう俺にはあの場所しか残っていないんだ。
具体的に何が出来るかは分からない。
それでも貰った恩、何倍にもして返すつもりでいる。
「ほー、てっきり魔王にでもなるとか言うと思ったぜ」
「……俺は魔族じゃないぞ」
「いやいや、あの鬼練習をするような————」
「もっと厳しくして欲しい、そういう意思表示だな?」
「スミス! お前がテキトーなこと言うから……!」
「は、早く謝罪するんだ!」
俺の話でドンヨリした空気。
おそらくスミスは気を使ってくれたのだろう。
デタラメな事を言って会話を元通りにする。
まったく、大した奴だよ。
スケベ心がなければ、恋人の1人や2人は出来るだろうに————
「すいませんでしたー」
「仕方ない。許してやろう」
「ってことで今度の自主練は軽いメニューに————」
「ならない。しっかり指導するから安心してくれ」
良く分からない交渉には応えない。
予選も近いことだし、手は抜けないだろう。
それに俺がいつこの国を去るかは分からない。
むしろ正体がバレれば敵として相対する可能性もある。
時間があるうちに、教えられることを教えたい。
俺は、俺に近しい人に死んでほしくない————
「さてと、薬草があるっていうポイントまであと少し。結構奥まで来たから気は抜かないように」
「「「了解」」」
未来がどうであっても、俺たちが今やるべきことは一緒。
目の前のことに一生懸命取り組む。
ここは始まりの森だ。
スミスたちだけが挑むわけじゃない。
俺とて過去に囚われてばかりではいられないのだ。
早く投稿できる日もあります。





