第37話「概要」
魔族の襲撃があった舞踏会。
騎士団が迅速に動いたお陰で、大きな騒ぎになる前に収束させることが出来た。
当たり前だが舞踏会は途中でお開きになる。
若干後味の悪いイベントとなったが、それも仕方ない。
貴族たちからすれば勇者が無事であっただけでも喜ばしいことのはずだ。
「そんでクレスがバババーンって氷の槍を打ち込んだんだぜ!」
「じゃあスガヌマ君たちには当たらなかったんだ」
「同じ会場にいたんだし、こう言ってはなんだけど僕も見たかったな」
「確かにレアだ。クレスはガチで魔法を使ってくれねえもんな」
「何時も真剣にやってるぞ……」
「嘘つけ。実技授業明らかに手を抜いてんだろ」
「そ、そんなことないし」
舞踏会は終わって日常へとシフト。
今は昼休み。教室で、談笑?
スミス、ウィリアム、ケイネルという何時もの面子に加えスガヌマも参戦。
先日起こったばかりの魔族襲撃について熱く語っている。
あれだけ目立った事件、特に口封じも命じられていない。
そもそもアレを解決した主役は騎士団長、逆に株を上げられるのだろう。
警備も一段と固くなったようだし、潜入を許したのに世間の評価は逆に上へと伸びた気がする。
(にしてもここまでスガヌマが近づいてくるとは、正直やりにくい……)
確かに監視は出来るが、近すぎるのも考えものだ。
まあスミスたちはスガヌマを普通に受け入れたけど。
昼飯を持参してきたスガヌマ、それに対し残りの勇者3人はドリル髪の令嬢マリーさんを伴って食堂へと。
本来だったらついて行くべき。
だが面倒なことにスガヌマは此方に馴染んできている。
まずは彼に着手すべきだろう。
「ちなみにスガヌマ君」
「幸樹でいいぜ」
「じゃあコウキ君、ワドウさんについて少し聞きたいんだけど……」
「凛花か?」
「うん。なんだか彼女、時折黒いオーラ出るような……」
「それ僕も思ってたよ。ウケとかセメとか、カップリングがどうとかよく呟いてる。どういう意味なんだい?」
「俺も良く分かんねえんだよな。アイツが言うには誉め言葉みたいなもんだと」
「「「「へえー」」」」
名前で呼べと言うが俺にはキツイ。スガヌマで固定されていると言えばいいのか。
監視対象だからというのもあるのかもしれないが、単純にこっちの方がシックリくる。
それよりもケイネルの疑問について。実は俺も気になっていた。
リンカ・ワドウ、彼女は俺やウィリアムを見ながら偶に可笑しな笑い声を上げているのである。
ウケやセメ以外にも色々な単語を連発。
スガヌマ曰くそれは元の世界の女性がよく呟く言葉、俺たちが気にする必要はないらしい。
つまるところ重要な意味は持たないと。
同胞たるスガヌマが言うんだ。大した意味は本当にないんだろう。
(その割にはクラス内でだいぶ盛り上がっているみたいだけど……)
ワドウがクラスの女子たちに自らの趣味? 思想? を伝播。
彼女曰くこの世界に『腐』を教えることもまた使命だとか。
ちなみに俺はウケらしい。意味を聞いたが正直理解出来なかった。
最近じゃ女子からの視線の質も変って来たような。確実にワドウの影響を受けている。
「まさか新しい宗教を創るつもりじゃないだろうな……」
「宗教?」
「いや、なんでもない」
思想統制、そして世界征服的な。
そういう輩も偶にいるのだ。
言っちゃ悪いがセンテール教国も結局は教徒の集まり。
ただ有象無象と切り捨てることは出来ない。
彼らが擁する剣聖の実力は確か、七天武具も所持しているし。
騎士役の武装教徒もそこらの冒険者より十分やれる。
まあ同大陸にあるとはいえハーレンスからは一番遠い国、センテール教の教えはそこまで浸透していない。
「そういえば選抜戦の予選、君たちは出るかい?」
「俺は出るぜ!」
「一応」
「勇者の俺は絶対参加だ」
『ユグレー大陸学生選抜戦』『四国親善試合』『友好記念大会』
呼び方は色々あれど大体の人は『選抜戦』と呼ぶ。
目的は国家間の友好を深めることだとか。
参加するのはハーレンス王国、ビンサルク帝国、センテール教国、アリミナ商国の4ヵ国。
参加条件は18歳以下、それぞれの国で5人の学生を選出してトーナメント形式で競い合わせるというもの。
つまりは4国の中で最強の学生を決める。
まずはその送り出す5人を選ぶための予選、それが近づいてきているのだ。
「ぼくは参加しないかなあ」
「なんでだよケイネル」
「そもそも戦うのは好きじゃないし————」
この催しは強制参加ではない。
完全なる個人戦、求められるのは戦うスキルだけ。
ただ学生の中には支援型の人もいる。ケイネルみたいに勉学だけを追う者もいる。
だから挑みたい者だけ挑むといったかんじだ。
「まあ今年もウチが全席獲りそうだけどな」
「これでも難関校だ。地力にやはり差があるんだろう」
意外と予選の参加者は少ない。
この王立魔法学園も600人ほど生徒がいるが、実際に予選に参加するのは3学年を通して半分ほどらしい。
Cクラスより下はそもそも勝てると思っていないとか。
他校についても同様、王立の連中がいるからと臆して出てこない。
やってみなければ分からないだろうに。
結局毎年500人から600人くらいの参加数に留まるらしい。
「今回の開催地は帝国だったよね?」
「おうよ。盛り上がりそうだし観戦に行きてえなあ」
「選手として行けばいいんじゃないか?」
「簡単に言うなよ。まあクレスなら行けそうだけどな」
「勇者の俺が言うのもなんだけど、確かにそう思うわ」
「いや期待し過ぎだよ」
今回ばかりは絶対にヘマしない。
優秀な生徒を演じる以上、そして色んな人に見られている以上、選抜戦の予選には参加する。
参加人数や自分の立場を考えれば4、5回戦までは進むべきだろう。
ただしそこまでだ。
多少怪しまれてもわざと負けるつもり。
断言する。5位以内に収まることは絶対にないと。
ただでさえ任務中、もし選ばれでもしたら面倒極まりない。
「俺はプレッシャーがすげえよ……」
「まあ勇者だもんな」
「ハルカゼさんとかは支援系だから多少考慮されるけど、コウキ君は前衛で間違いないもんね」
「最近じゃ一層鍛錬が厳しいし、やる前からもう死にそうだ」
去年の優勝者は帝国の戦姫。
ただ今年は俺たちと同い年である剣聖も加わる。
本選も荒れそうだが、勇者たちはせめて予選は通らなくてはいけない。
大会以前に魔王を倒すために召喚されたわけだし。
「まあ放課後にはクレスに自主練付き合って貰うし。何とかなると思うけ————」
「えっ!? クレスが自主練!?」
「スミス、なんでそんな驚くんだよ」
「いやだってあの面倒くさがりのクレスがだぜ。普通にビックリしたわ」
「俺のこと普段どんな目で見てるんだ……」
これでも自主練はする方だ。
ただ学園でしていないだけ。ちゃんと鍛錬はこなす。
そうでもしないとアウラさんあたりに一方的にボコられる。
魔法縛りの組手とか拷問以外の何でもない。
(アウラさん、本当に来るのかな……)
報告書にも書いたがあくまで『噂』
目撃された赤髪の女がアウラ・サンクリットだという明確な証拠は1つもない。
それでも胸騒ぎがする。やりかねないのだ。
あの人の性格は十分過ぎる程理解している。
ブレない心を持っている。芯は真っすぐ。
ただ物凄いバカ、数字で一番のアホだと位置づけられている。
(『退屈だったから来たぞ!』とか言って突然登場しそう……)
暴走機関車、人間爆弾。
まあそれでも俺はアウラさんを信頼している。
数字で過ごした時間の半分以上を彼女と共有、隣にいるのが当たり前だと思うまできていた。
寂しくないと言えば嘘になる。刺激が足りないと思う自分がいる。
俺だってなんだかんだ会いたい。
それでも仕事は仕事、この間は出来る限り接触は避けたいところだ。
「その放課後の自主練、俺も参加していいか?」
「いいぜ!」
「僕も混ぜてもらうし、いいよねクレス?」
「はあ、もう1人や2人増えても変わらないよ」
「よっしゃ! 流石はクレス、懐が広いな」
「はいはいはい」
皆はこの後の自主練の話で盛り上がっている。
これじゃあ普通に学園生活を送ってるみたいだ。
ただこの輪には勇者の1人もいる。
時間の使い方にとしては決して悪くはないはず。
そしてやるからには半端なことはしたくない。
俺の力を見せる範囲はしっかり考える。その上で彼らの技術を引っ張り上げるのだ。
「盛り上がってるとこ悪い。言い忘れてたことが1つ」
「ん? 何だよ?」
「結構スパルタな練習する。覚悟してくれ」
「なんだそんなことかい」
「余裕だな」
「大丈夫だ!」
そうか気張ってくれるのか。
その心意気ならしっかり学んでくれそう。
これでも学園の授業の進め方には疑問を持っていた。
いい機会だ。自分の考えが正しいか確かめよう。
「あ、それと死んでも文句言うなよ」
「「「えっ!?」」」
「ふふ。冗談だよ」
「「「冗談に聞こえない……」」」
大会については大まかな概要を把握していれば十分。
スミスたちが一番に見つめるべきは自分自身。
死ぬ気でやれば何処までだって飛べるんだ。





