第33話「舞踏4」
「やっぱりクレス君上手いですよ!」
「まあこれでも結構仕込まれたので……」
挨拶回りは無事に終了。
周りの貴族たちも少し前にひと段落ついたよう。
だいぶ落ち着いた空気に、みんな舞踏会に興じ出す。
俺も踊った。踊って踊って踊った。
クラリスさんは勿論のこと、姫様に勇者に他の公爵令嬢に至るまで。
それらがようやく終わり、今はペースを落としながらクラリスさんと2周目のダンス中。
「本当に舞踏会は初めてなんですよね?」
「はい。まさかこんなに誘われるものだとは思ってませんでしたけど……」
「ふふ。クレス君ほど指名が入るのは稀な方ですよ」
「そうなんですかね。でもクラリスさんも大人気だったじゃないですか」
「うーん、私は公爵ですから。本当の意味で好まれているかは怪しいです」
「いやいや……」
その容姿で落ちない男はそう居ないと思うぞ。
ただ謙遜でもなく割と本気で言っている?
クラリスさんはあまり公爵家の人間であること、ひいては貴族であることを誇らない節がある。
たまに町娘になってみたいとかも呟いているし。
スローテンポで四肢を動かしつつも、クラリスさんの言葉表情はそんな印象を感じさせた。
(そろそろ曲も一区切りか)
体力的にはまだ余力はある。
しかし短い間に人とこれだけ喋って踊ったんだ。
精神的には結構くるものがある。
「クラリスさん、これが終わったら……」
「1回休憩しましょうか」
「助かります」
言うまでも無く分かっているとのこと。
俺と同じくらいの数を相手にしたというのにその余裕。
流石に場慣れしている。
俺はただ踊れるだけで、そこまでの精神スタミナはない。
ここから1歩2歩とリズムを刻んでいく。
間もなくフィニッシュ、しっかり決めて終わりだ。
「ふぅ、ありがとうございました」
「ありがとうございます」
「私は一旦お父様の所に行きますけど……」
「えっと」
「少し休憩をとった方がいいかもしれません。向こうに椅子も用意されてるので」
「いや僕も付いて————」
「大丈夫ですよ少しだけです。それじゃあちょっと行ってきます」
俺も付いて行こうと思ったが、クラリスさん曰くすぐに帰ってくるそう。
次に備えて休んでおいてだとさ。
なんだか情けない気もするがお言葉に甘えよう。
舞台を離れつつ勇者たちの様子も覗う。
4人で固まっている。向こうも大体踊り終えたらしい。
俺と同じで初めての舞踏会、表情からは少なからず疲労が感じられる。
「クレス様」
「あ、はい」
隅の方に向かっている最中だ。
甲冑を来た魔法使い、つまりは魔法騎士の1人に声を掛けられる。
「団長からコレを渡してくれと」
「通信の魔道具、ですか?」
「はい。何やら話したいことがあるとか」
「分かりました……」
手渡してきた騎士も詳しい事情は知らないらしい。
耳にはめて遠距離での会話を可能にする魔道具。
視る限りでは変な仕掛けは見当たらない。
使用しても問題は無さそうだ。
そして用は済んだということで手渡してきた騎士は去っていく。
(アルバートさんは、って見つからないか)
周囲を見渡しても人が多すぎて発見は困難。
まあだからこそこの魔道具を渡してきたんだろうが。
トラップだとも思えないし取り合えず装着。
魔力を通し、スイッチを入れる。
「あーあーあー。聞こえますか? クレス・アリシアです」
『ん、無事に渡ったようだな』
「さっき騎士の人に貰いました。それでどうしたんですか?」
どうやらこの通信魔道具は共有タイプではない。
俺と団長さん1対1で繋がっているようだ。
しかして目的は何なのか。
まさかオフザケってこともないだろう。
『単刀直入に聞くが、気付いたか?」
「気付く、ですか?」
『その様子ではまだ把握してないようだな』
「な、何の話です?」
アルバートさんの口振りは無駄に真剣だ。
そして質問の意図が良く分からない。
気付く? 一体何に気付けというのか。
『聞いても驚かないでくれ』
「はい」
『実はな、この会場内に魔族がいる』
「……っ!」
『相当な手練れだ。おそらく隠密や暗殺に特化した種でもある』
衝撃の情報がもたらされる。
アウラさんらしき人の事に加えて今日はどうなっているんだ。
しかし俺はまったく不審人物の存在を感じていない。
こう言っては何だが数字が分からないというのに、アルバートさんが気付くなんてこと————
『私が確認してるだけでも2人はいる。というか2人組の可能性が高い』
「それって……」
『勘違いではない。確信しているよ』
言葉が重い。アルバートさん如きがなんて口に出せない。
俺が分からなかったこと。この人は確かに敵影を捉えたのだ。
しかも2人組とまで宣言、それに裏付けされた自信も感じられる。
(アルバートさんの実力はそこそこだと思ってた。だけど————)
自分の中での評価が狂いだす。
俺は探索が得意というわけではない。それでも大抵の気配なら隠れていても察知できる。
しかしその察知に引っかからないとなると相当レベルの高い魔族だ。
隠れるのに特化した種族、発見するのは至難の技である。
(アルバートさん、あんたは何者だ————?)
この人は普通じゃないと今になって思い始める
魔法騎士団長? 本当にそれだけか?
見えてたはずの底が見えなくなる。
長年の経験値故の所業と考えていいのか、それとももっと別の————
『彼らの目的はまず勇者だろう』
「……そうでしょうね。なにせ天敵となりうる存在ですし」
『暗殺か、はたまた誘拐か。どちらにせよ今しがた動きが大きくなった』
「それで、僕にどうしろと?」
『理解が早くて助かる。手伝って欲しいのは————』
アルバートさん曰く、自分以外の誰も魔族の存在に気付いていないらしい。
つまり勇者の護衛についている騎士たちもまた無知。
手練れの魔族からしたら隙だらけというわけ。
俺も気付いていなかったが、迫られたその瞬間で対応出来るだけの速さと技術はある。
しかし護衛や勇者たちはどうか。
「じゃあまず僕が魔族に奇襲を仕掛けると」
『ああ。不意を突いたところを私が挟み撃ちする形だ』
「でもこの会場じゃロクな魔法使えませんよ?」
『勇者たちを野外に誘導する。勿論自然にな』
「そこに付いてきた奴を……」
『確実に仕留める。ここで逃がせば後々厄介だ』
時間も無いということで必要なことだけを伝えられる。
ようはおびき出したところを叩く。作戦は大体理解した。
だが何故俺に頼むのか。
そもそも話の根底から可笑しい。
敵を把握したのなら騎士が動くべき。
一応一般人である俺に頼むのはお門違いだろう。
「学生よりも仲間に頼った方がいいんじゃないですか?」
『向こうはかなりやれる。騎士が不穏な動きをすればすぐ勘付いてしまうだろうさ』
「つまりこの事態に対応できるだけの騎士は団長以外にいないと」
『残念ながらそういうことだ。だが君であれば多少動きは不自然でも、まさか学生が突然襲ってくるなどとは思うまいよ』
上手く演技できるのは団長だけ。
残るは戦えても演技については大根役者。あえて伝えない方が騎士たちを自然に動かしやすいそうだ。
ただ学生を強調しただけあって俺にやって欲しいのは奇襲の初撃だけ。
後はアルバートさん自ら仕留めるそうだ。
(手練れの魔族2人相手に1人で決めるつもりなんだ。面白い)
疑問を持った騎士団長の実力が観れるかもしれない。
自分の直感、この人はおそらく普通の人ではない。
見破ったと思っていたその実力も見せかけだったのかも。
この一連が終わった後には改めて探りを入れなくていけないだろう。
ただまずは今この状況をなんとかしなくては。
「でも何でそこまで僕を信じてくれるんです? 魔法を直に見せたこともないのに」
『勘だよ勘。君は出来る男だ』
「……勘」
『私はクレス君の力を見ずとも信用している。頼む、協力してくれないか?』
頼むも何も殆ど強制だろう。
ここまで聞かされて無理ですなんて言えない。
そもそも手伝わされる前提でずっと話が進んでいたし。
この人はなんとしても俺にやらせる気だ。
それに顔は合わせてないのに無言の圧を感じる。
「……分かりました。最善を尽くします」
『ありがとう。それじゃあ奴等の特徴だが————』
休憩に向かうはずだった足は進路を変える。
指示に従い敵とされる魔族の方へと。
ただ視線を合わせただけでも勘付かれる可能性があるとか。
まるで探偵、出来るだけ平然を装って歩んでいく。
「アイツらか……」
『見つけたか?』
「言われた特徴の人物は2人とも確認しています」
『護衛をしている騎士には嘘の情報を流してある。勇者を連れ添って外へと向かうはずだ』
「騎士団長が考えたとは思えない手口ですね……」
『これも守るためだ』
「あ、動き始めましたよ」
『距離はかなり取ってくれ。そしてゆっくり付いて行ってくれ』
なんだか任務みたいだ。
ボスみたいな的確な指示を送ってくれるからなのか。
それでいて焦らせない口調、指揮官としての手腕に長けていると体感で分かる。
というか今回はむしろアルバートさんに協力して良かったのかもしれない。
なにせ知らず知らずの内に、勇者を狙っている魔族と鉢合わせしたかもしれないのだ。
となれば高い確率でその魔族との戦闘は避けられなかったはず。それが事前に知れたことで未来が変化。
今回はアルバートさんに俺の監視任務を助けて貰ったとも言える。
(今は大人しく従う。ただこれが終わったらアルバートさんの事は徹底的に調べてやる)
隠密に長けた魔族の存在を察知したこと。
学生である俺に手を借りるのも騎士団長が選ぶような選択肢ではない。
不可思議な点が多い。
並みの経験や感性では今回の手は生み出せないと思う。
「すいませんクラリスさん。3周目のダンスは厳しいかもです————」





