第30話「舞踏」
「緊張してます?」
「当たり前じゃないですか……」
隣に座るクラリスさんが大丈夫だと声を掛けてくれる。
細かに揺れる車体のせいじゃない、違う意味で心臓が歪んだリズムを決める。
これまで何千という戦場を渡ってきた。
だが舞踏会に真正面から挑むのは初めて。
暗殺のためにパーティーの類の潜入したことは経験としてある。
ただそれはあくまで潜んで、まさか正式な参加者として行く日がくるとは夢にも思わなかった。
(流石に緊張はする……)
ただそこまで重いものでもない。
乱れそうな心も平常心へ戻す。
大丈夫、俺ならきっと上手くやり遂げられる。
「というかやっぱり貴族は良い馬車使ってますね」
「乗り心地が違うんですか?」
「そりゃもう。永遠に座ってられます」
「ふふ。それじゃあ会場に着きませんよ」
俺とクラリスさんは舞踏会の会場へと向かっている最中。
四大公爵だけあって馬車は最高級、内装からして物が違う。
そしててっきりクラリスさんの家、つまりは公爵家の建物内で今回の催しが開催されると思っていた俺。
ただ聞くところによると専用の会場があるらしい。
事前調査はしていたが知り得なかった場所、まだまだ調査が甘かったようだ。
(出来れば建物の構造を知っておきたかったな)
ただそれも致し方なし。
何か起きたらその場その場で対応していくしかあるまい。
「で、でも、このまま会場に着かない……永遠に2人きりというのもまた……」
「どうしました?」
「い、いえ! なんでもないです!」
慌てた様子で違う違うと手を振るジェスチャー。
俺の永遠に座っていられるという話について少し考えていたよう。
まあ聞いた瞬間に終わってしまったけど。
そんなやましい話とは思えなかったが。
「ど、ドレスも新調しましたし、早くクレス君と踊りたいです」
話題転換。
ただ言うだけあってクラリスさんのドレス姿は相当なものだ。
勿論馬車に2人で乗り込む前、初見で似合ってますと言いましたよ。
その辺は心得ている。でも別にお世辞じゃない。
薄い青っぽい色のドレス、本当に似合っていて、美しいの言葉は確かに当てはまるのだ。
しかし準主役のクラリスさん、自分としてはもっと派手なドレスを選ぶと思っていたんだが————
「ちなみにですけど、そのドレスの色って……」
「あ、分かります!?」
「いやなんとなくは」
「そうです! クレス君に合わせてきました!」
「やっぱり……」
「い、イマイチですか……?」
「いやいや! そこまで気を使ってもらったのが申し訳ないなと。勿論嬉しいです」
俺も基本は黒だがベストだけ青色、それは髪や瞳の色を考えてのマッチングだった。
服を選んでくれたクラリスさんや仕立て屋さん曰く、テーマは『誰よりもクールに』だそう。
可愛い系もどうかと勧められてが、だったらまだクールの方がいい。
そんな殆ど人任せで決めた服装だが、なんとそれにクラリスさんが合わせてくれた。
相方を務めるのだから当然、そういう考え方もあるだろう。
(それにしたって、いや流石は公爵ってことなのか……?)
服装相まって俺とクラリスさんが並べば上手くマッチするというのは、こういう行事に不慣れな自分でも分かる。
これじゃあ本当に付き合ってるみたいじゃないか。
カルロさんが創り出した親しい友人の範疇を越えてしまいそう。
そしてドレスも絶対に高いやつ。とんでもない額がしそうだ。
色についても、正直そこまで寄せてこなくてもいいだろうに。
だがクラリスさんだって自分の結婚の延期がかかっている。
それだけ本気ということだろう。
「ドレスの色合いはどうするか凄く悩んだんです。ただクレス君は銀色感も結構あるので」
「まあ自分では青みがかった銀髪だと思ってます」
「ということでこんな感じになりました」
「似合ってますよ」
「何度言われても嬉しいですね。ありがとうございます」
笑顔で受け答えしてくれるクラリスさん。
最近になって一層絡みやすくなってきた。勿論話しやすいという意味。
手を出したらそれこそ俺の人生はお終いだ。
「にしてもやっぱりキレイな髪、染色の類はしてないんですもんね?」
「生まれた時からこれです」
「容姿も整ってますし、魔法も使えるし、ほぼ完璧ですね」
「いやそんな————」
「まあ少し天然というか、抜けてるところがありますけど」
「……ご、ごもっともです」
これは手痛い指摘をしてくれる。
その通りです。よくポカします。
これまでは近くに比較対象としてアホ、じゃなくてアウラさんが居たから自分が良く見えた。
ただ改めて1人になってみると意外に自分にも未熟な点が多いと分かった。
これに気付けただけでも学園に来た意味はあるのかもしれない。
「お嬢様ー、そろそろ到着ですー」
「分かりました。じゃあクレス君」
「はい。堂々と行きます」
御者からもう会場に着くと伝達される。
格好の最終確認、問題は無さそう。
そして間もなくして馬車は減速し停車。十数分の移動が遂に終わった。
窓から外を覗けば色とりどりの服に着込んだ貴族がおり、皆会場内へと足を進めている。
本番直前。改めて緊張という感覚が電流の如く奔っていく。
「じゃあ降りましょうか」
「はい」
マナーとしてまずは俺から降車。
扉を開帳、地に足を着く。
馬車にランドデルク家の家紋があるからか、はたまた俺の髪色が目立つからか。
まだ降りて数秒、だというのにこの時点で他人の視線を幾つも感じる。
「クラリスさん、足元気を付けてください」
片手を差し出し彼女の手を取る。
照明の魔道具により入口の門周辺、それから会場へと続く道は明るい。
ただこれもパートナーの務めだ。
それにクラリスさんの靴はヒール、建前以前に手を取る意味はあるだろう。
「ヒールを履くとあまり身長が変わりませんね」
「し、身長……」
並び立つ。確かに身長差は大して無くなった。
俺は170ピッタリ、ヒールを履いたことでクラリスさんは160後半あるだろう。
物欲はあまり持たない方、ただ身長についてはもっと欲しいと切に思う。
しかもこの話は女性から言われると結構ダメージが来るのだ。
「でも私は嬉しいですよ」
「嬉しい?」
「いつもより目と目が合って、なんだかクレス君を近くに感じられます」
「そ、そうですかね」
「はい。見上げるよりも今の方が私は好きです」
高低差の無い視線と視線の交わり。重なった瞳孔の光、言葉でもまた気持ちよく言い切ってくれる。
曰く、これが一番見つめ合える高さだと。
揺れる長く美しい金髪も、仕立てられたドレスも、その微笑みは何よりも今を雄弁に語る。
裏の世界に紛れ過ごした数年間、虚偽は見抜ける。
だがその瞳は不純物の無い一色の宝石みたい。
彼女は本気でそう思っているのだ。
「あっ! べ、べべ、別に他意があってじゃないですよ!」
「……」
「そ、その身長を気にされていたので、いや、低いをことを庇ったというわけじゃなく本心で————」
「クラリスさん」
「は、はい!」
「そろそろ行きましょうか」
正直、笑ってしまいそうな自分がいる。
嘲笑や侮蔑ではない。単純に嬉しくてだ。
なにせ彼女は本気で語っている。
後半は空回りしているけど、それでも気持ちは伝わった。
これ以上女性に語らせては男が廃るだろう。
繋いだ手をそのままに、守衛さんに証明書を見せ足を進める。
「そういえば言い忘れてたんですけど」
「な、なにか?」
「僕も、クラリスさんと踊るの楽しみにしてたんです」
「————っ」
「頼りないかもしれないですけど、よろしくお願いします」
彼女ばかりに言わせておくのもな。
任務第一主義という考えに変わり無し。
だが第二第三はどうなるか。
ボスからも言われたこと。そこには俺の人間性を育てるということが含まれる。
彼女の姿勢には相応の態度で接すべきだ。
「こちらこそ。よろしくお願い致します」
「はい」
「クレス君の方が年下ですけど、エスコートしっかり頼みますよ」
「え、エスコート……」
「あれ、もう不安になりました?」
「い、いえ! 大丈夫です!」
「ふふふ。頼もしいです」
俺のタドタドしい回答にも笑って済ませてくれる。
これでも期待にはしっかり応える人間だ。
一本の光輝く道、黄金の華を連れ添って会場へ。
人生初の舞踏会、その幕が今上がる。





