第21話「芽生」
「皆ハシャギ過ぎだ……」
初日は幕営をするだけ。
幾つものテントが並び、今さっきまでは全員で夕飯を取っていた。
慣れるという意味もあって干し肉といった保存食を中心に、味はそんなに悪くなかった。
ただその後、なにせ全クラス合同で行うこの行事。
普段関われないだけあって勇者たちには他クラスから沢山の人が群がることとなる。
「でも何で俺にもあんな人が集まってくるんだよ……」
勇者は分かる、そりゃ人気あるもの。
だが何故俺まで群衆に囲まれなければいけないのか。
しかも女性率が異常に高かった。
ただ飛んでくるのはしょうもない質問ばかり。
最近人付き合いレベルが上昇中とはいえ、今の俺に捌ききれる量じゃなかった。
「ここは平和でいいなあ」
そんな女子魔界から俺はなんとか退却。
こうして人気のない開けたこの場所に移動することが出来た。
拠点からはそんなに離れていないが、中々のベストスポット。
遠くから騒ぐ声が微かに、ただ1人であることは変わらない。
此処で地に腰を下ろし一息、夜空をゆっくり見上げられる幸せよ。
「はあ、勇者にもあんな取り巻きが付いているんじゃ監視なんて————」
「勇者がどうしたの?」
「いや囲まれ過ぎて近づけ、ってマイさん!?」
飛び起きる心臓と身体。
自問自答に応える存在、渦中の勇者の1人が現れる。
目視は出来ないがある程度近くには魔法騎士の反応も。
今になって彼女らの存在が近くに居ると気付く。
「驚かせちゃったね」
「普通にビビった……」
「ごめんね」
「いや、大丈夫」
ここまで接近を許してしまうとは、なんという失態。
確かに寝不足だったり人に囲まれたりして精神的疲労はあった。
だが数字がこの程度で。
馴染まない環境のせいか、それとも彼女に殺気がないからか。
いや言い訳は止めよう。
鈍かった自分の落ち度、意識を改める他ない。
(Ⅰに言われた通り俺はまだまだ甘い。戦いじゃない部分でも強くなるんだ)
「さっきクレス君がキャンプから出ていく様子が見えたからさ」
「それで付いてきたと」
「もしかしてマズかった……?」
「いや、そんなことはないけど」
改めてマイ・ハルカゼのパーソナル情報を想起。
外見から言えばまず目立つのは黒髪黒眼、髪は長くてまったくクセがない。乱れぬストレートヘアだ。
スミス曰く超絶美少女だそう。
異能はおそらく『再生』、魔法適性は光に寄っていると思われる。
性格はいたって温厚、誰にでも優しく接しており感謝も忘れない。
世間が言う『聖女』という渾名も納得できるスペックと性格を持ち合わせている。
「あんまり人に囲まれるんで、此処まで抜け出してきたんだよね」
「私も一緒。皆が好意的なのは分かってるんだけど……」
「疲れるもんは疲れる」
「うんうん。その通り」
俺の話に全力肯定を示してくれるマイさん
なんだかんだ初めての1対1、だというのに思いのほか緊張しない。
それは彼女が同じ境遇だからか?
それとも誰にでも優しく接する態度から?
理由を断定することは出来ない。
でも、この夜空を見上げ話す時間はとても穏やかだ。
「みんな元気にしてるかな……」
「皆?」
「元の世界の人達、お母さんにもお父さんにも何も言えないで来ちゃったから」
「家族、か……」
チラリと覗う彼女の横、暗闇の中でもすぐ隣にいるから表情は分かる。
そこには普段は見せない寂し気な瞳が。
彼女たちも好き好んで此方の世界に来たわけではないだろう。
この点に至っては同情をしてしまう。
「クレス君のご家族は? 確か別の大陸から来たんだよね?」
「家族は、死んだ」
「え」
「何年か前、天災ってやつで村ごとドーンと吹っ飛んでな」
「ご、ごめん……」
「気にしなくていいよ。結局はある人たちが俺を拾ってくれて、随分よくして貰ってるし」
仲間に加えて貰った後は文字を教えてもらった。
剣術や武術も教えてもらった。
料理や作法も教えてもらった。
真に俺という人間を受け入れてくれた。
世間からは邪魔者と言われるが、自分にとってあそこ程居心地のいい場所はない。
「だけど変な人達ばかりで。いっつも振り回されるんだ」
「へえ、でも楽しそう」
「まあ厄介な時はホント厄介だけど……」
なにせ男大好きなオカマ、それから年齢偽りまくりのロリ婆さん、すぐに物を破壊するアウラさん、ローランさんも怠くなるとすぐ仕事押し付けてくるし。
他にも変人盛りだくさん。
でもこの人達と過ごした記憶は脳内で星の如く輝いている。
「じゃあクレスくんにとっては、その人たちが今の家族ってことだね」
「まあそうなるかな。最近は1人暮らしで中々会えないけど」
今更思う、なんでこんな話を彼女にしたんだろうか。
別に固有名詞を出していないし、出生地も大陸名だけで詳しく喋っていない。
それでも正体がバレることに繋がるかもしれない小さな一歩。
それを自然と口に出してしまった。
(今日の俺はホントに疲れてるってことかな……)
もう警戒に怠りはない。
ローランさんたちほど索敵は優れていないが、しっかりと気は張っている。
だというのに不思議、口が緩んだ理由は自分でも理解できなかった。
(というかこの状況、俺からも質問するチャンスじゃないか?)
なんというか良い雰囲気の空気感。
今だったら俺から彼女自身のことを質問しても違和感はまったくない。
ましてやコッチもある程度は身の丈話をした。
まさか回答拒否されることもないだろう。
「こ、今度は俺から質問していいか?」
「ん? 全然大丈夫だよ」
「じゃあえっと……」
「うんうん」
出だしは良かったもののすぐ言葉に詰まる。
だが表情だけは崩さずなんとか冷静を保つように。
(やばい、いざ聞くとなると何から聞けばいいのか……)
クラス内じゃ普段話かけることは滅多に無い。
向こうから授業について色々聞いてくるくらいだ。
しかし一体何を聞けば、まさか一発目から異能の話をするんじゃ不自然だろうし。
取り合えず当たり障りのないところから攻めるか。
本当にしょうもない質問になるが————
「す、好きな食べ物はなんですか?」
「え?」
「あ、いや、そんな深い意味は無いというか……」
こんだけ溜めてようやく聞いたのが好きな食べ物について。
そりゃ拍子抜けだわな。
肩透かしにもほどがある。
ただ透かすどころかマイさんはその肩を小刻みに振るい始める。
「ふふ、ふふふ、面白い質問するんだね」
「そ、そう?」
「あれだけ深刻そうな顔してたのになって」
「緊張しやすい性質なんだ……」
てっきり好みのタイプでも聞いてくるのか、もしくは好きな人はいるのかと。
そういう問いかけをされるとマイさんは思ったらしい。
残念、そんな質問出来るほど俺のメンタルは強靭じゃない。
ただ何故かウケたはウケたようで、笑いを堪えながら回答をくれる。
「私は、チョコレートかな」
「ちょこれーと?」
「元の世界にあったお菓子。見た目は黒くて、味は甘いかな」
「具現化菓子……」
「え?」
「いやいや、なんでもない」
黒くてなおかつ甘い。
つい何日か前に食べたアレのことを思い出してしまった。
彼女に悪戯されたこともあり、具現化菓子は記憶には強く残っている。
その後も彼女の内面を探るよう質問を投げかけていく。
一旦異能のことは置いておき、今回は彼女という人間を知ることに力を注ぐ。
「クレス君てさ、意外と不器用?」
「……愚問」
「ふふ、そうだね」
向こうも向こうで冗談も飛ばし、いや冗談じゃなくて真実か。
俺は確かに不器用な部類だと思う。
もしくは器用貧乏とも、世渡りが上手いとは決して言えない。
そうしていつの間にか会話には笑いも生まれる。
俺も気付けば笑っていた。
身バレするようなことは話していないから大丈夫。
ただ任務中だということを疑問を持つくらい言葉を交わす自分が居た。
「そういえば、クレス君はあんまり私の外見について触れないよね」
「まあ外見とかどうでもいい、って別にマイさんが可愛くないとか言いたいわけじゃ————」
「はいはい。慌てなくて大丈夫」
若い女の人であれば容姿を誉められたいというのは当然の感情だ。
ただここまで美人ですね、可愛いですねなんて台詞は俺は言ってない。
てっきり誉めてほしいのかと思った。
「正直顔は興味ない。重要なのはその人物の中身だと思う」
この弁明が取り繕いのものだとは誤解はされてないようだが、念には念を押しておくべきだろう。
軽く一息、呼吸を整え静かに言葉を紡ぐ。
「俺は、マイさんという人間を知りたいんだ」
陳腐な言葉を並べるだけでは不信感が増すだろう。
あえて嘘はつかない。ぶつけるなら直球で。
監視任務の目的は、勇者たちの戦闘能力とその人間性を見抜くことである。
この貴方を知りたいんだという言葉も、仲の良い友人になりたいからという意味。
一見告白のようにも思えるが、そう捉われないようカモフラージュも完璧である。
我ながら即興のセンスがある。不器用も近い内に卒業できそうなくらいだ。
「……」
「マイさん?」
「……え」
「なんか顔赤いけど大丈夫?」
「ぜ、全然全然! 気にしないで!」
靡く艶やかな黒髪の下、その頬は若干赤く染まったような。
暑がるような気温じゃない、むしろ涼しく心地よい環境だ。
しかし彼女はその細い腕で両脚を抱え込むように、隣で小さく固まって俯いてしまった。
(な、なにかヤバい発言をしたのか……!?)
ただ怒っている様子はないし、悲しんでいるようにも見えない。
俺としても変なことは言ってないつもりだし。
仲良く、ひいては友達なりたいという言葉も伝わったはず。
そして仲良くなったら勇者の情報は駄々洩れ、完璧な計画だ。
「今それはズルいよ……」
「え?」
「ううん、なんでもない」
「ならいいけど……」
何でもないというならそこまで。
どうやら話は収まったらしい。
伏せっていた顔も上昇、ただやはり若干頬は赤いようだ。
(まさか熱があるとか……?)
馬車での移動、慣れない世界、体調不良を起こす可能性は十分ある。
もし悪い状態で実戦にでも臨まれたら命を落とす危険性も。
俺はあくまで監視、だか今回は沢山の情報が手に入ったし、昔話も出来て若干スッキリした。
少しだけ気にしてやるのもいいだろう————
「っひゃ!」
「動かない」
「な、なに……?」
俺は自分の右手を彼女に額へ。
冷え気味の手で触るために、その肌からは温かさを感じる。
ビックリしただろうがこれでも回復魔法、正確にはその系統に属す解析というものをしている。
彼女に熱があるかを測っている最中だ。
(マイさんは回復魔法をそれなりに使えるけど、やっぱり誰かにやって貰った方が楽だからな)
ただ触れた途端またマイさんの頬は赤味を帯び出す。
さっきでそこそこ収まったはずなのに、むしろさっきよりも酷い。
しかし解析をしても彼女は平熱、健康体であると判明する。
「可笑しいな、確かに顔は赤いんだけど」
「……」
「っまさか新手の流行り病なんじゃ————」
「……です」
「え?」
「大丈夫です!」
ちょっと強引に立ち上がるマイさん。
その言葉もなんだか強気だ。
元気であることを全身で表現してくれる。
ただ、その面持ちからして俺は彼女を怒らしてしまったのだろうか?
善意で行った診療も、マイさんにとっては反感を買ってしまったとか。
(せっかく仲良くなれたと思ったんだけどな……)
今後の生活と任務共に円滑になると見込んだこの時間。
マイさんは立ったまま無言で動かない。
やはり怒っている、謝った方がいいのかも。
黙ってばかりでは物事は進まない。
取り合えず謝ろうと決断し立ち上がろうとした、その時————
「ええっと……」
俺は困惑した。
なにせ立ち上がろとした俺に対し、マイさんは何故か自分の右手を差し出したのだ。
まさか手助けということだろうか?
女性の手を借りなくても流石に立ち上がれるんだが。
ただ彼女が手を差し伸べたのはどうやら別の意味のようで————
「て、手を、繋いで戻りましょう」
「はい?」
「あの、暗くて道がよく見えないので……」
「え、普通に見えま————」
「エスコートをお願いします!」
「は、はい……!」
やはり何故かテンパり気味のマイさん。
その勢いに押されなんだかんだとその手を取る。
まあ別に断ることでもない、ただ皆と合流する前に手を離せばいいだけだ。
そこだけ気を付ければ問題なし。
「じゃ、じゃあ戻るとしますか」
「はい。しっかりリードしてください」
言われなくとも。
ここまでコミュニケーションのやり取りに成功したんだ。
今更この手を放すわけにはいかない。
俺だってちゃんと目的があって此処に来ている。
(上手いこと勇者との仲も進展したぞ。これでもっとマシな報告書が書ける————)
監視初日のレポートはあまり高評価を得られなかった。
小さな歩みだが、今日はマイ・ハルカゼの内面に一層迫れた気がする。
ただそれとは別に何かを得られた感覚も。
その正体は分からないが、握った彼女の手は温かく、交わす会話は楽しさを与えてくれたのだった。





