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第130話「化粧」

「シエルさん入られまーす」


 学園祭も2日目を迎えた。

 昨日に続きクラスでの催しが賑わう中で、今日はまた一つ特別なイベントが用意されている。


「やっと来てくれましたね」


 個室に待ち構えていたのは、我らがクラリス生徒会長である。

 そう――今日はミスコンの日なのだ。


「ささ、早く座ってください」


 明らかに学園のものではない(おそらく貴族パワーで自前で用意した)豪奢な化粧台の前へと促される。


「そんなに急かさなくても……時間には余裕を持ってきたつもりなんですが」


 スミスとの会話も、ちゃんと時刻を計算した上で終わらせてきた。

 そんなに時間が押しているはずもないのだが。


「メイクに衣装の着替え、残された時間は長いようで短いのです」

「はぁ……」

「万全を期すためには一刻一秒が惜しいのですよ!」


 そんなに気合いを入れなくても……。

 しかしなるほど。

 彼女は実体験として、メイクとは時間を要するものだと理解しているのだ。

 だからこそ一秒が惜しい。

 だがその割には――……。


「クラリスさん、まだ制服ですね?」


 彼女の上から下を見る。

 それは学園の制服のままだ。

 メイクに時間が掛かるというのなら、俺に構っている暇など……。


「私のことなんかどうでもいいのです!」

「じ、自分も出場するんですよね……?」

「私なんて2、30分あればなんとかなります」


 えぇ……。


「それでもいい! 私はクレス君を完璧な美少女にする! そのためなら自分の格好――否、この命すらも使いましょう!」

「(本気すぎる)」

「激務に激務に激務を重ね、残業に残業を重ね、もはやいくつかの味覚やら聴覚やら色々とよく分からなくなってきた中で、今回のイベントをどれだけ楽しみにしてきたか……!」


 誰か、もう会長を休ませてあげてくれッ!


「くくくくくくくくく――!」


 その瞳は半ば血走っており、ギラギラとした輝きをこちらに送ってくる。

 まるで獲物を見つけた狩人のように。

 そういう例えを続けるなら、これから俺がされるメイクやら着替えは、狩人である彼女にとって血抜きや解体に近いのだろうか……。

 怖い。

 

(こんなんでクラリスさん、コンテストに出れるのか……?)


 美しさを見せるはずなのに。

 彼女だけ恐怖やら狂気を観客に突きつけることになるぞ。

 一人だけミス・ホラーである。


「――出ませい!」


 クラリスさんがそう号令をすると、扉を開けて続々とメイドたちが入ってくる。

 彼女たちの手にはいくつものケースが携えられており、おそらくは化粧道具やら衣装道具が収納されているのだろう。

 ただ一応訊いてみるか……。


「あの、この人たちは……」

「我が家のメイドです。今回のため精鋭を総出動させました」


 やっぱり……。


「ありがたいんですけど、ちょっと卑怯じゃありませんか?」

「卑怯?」

「だって、他の出場者はここまで待遇されていないんでしょう?」

「…………」


 同じような環境で、同じような支援を受けて競う。

 つまり多少なりとも平等性というやつがあるから、コンテストは白熱するのではないかと思ったのだ。


「さ、始めましょうか」

「無視!? そこまで露骨に無視するんですか!?」

「貴族の世界で生きるコツは、反発するのではなく受け流すことなのです」

「そんなドヤ顔で言われても……」

「そもそも男性が出るなどという事実そのものが超イレギュラーなのですから。平等性というのなら、出場する時点である種崩壊しているようなものです」

「まぁ……」

「案ぜずとも、他のエントリーされた方々にも、学園が最大限のバックアップをしています。それは上級貴族令嬢に施すのと同等、あるいはそれ以上のレベルで。また勇者様たちには王族の方々から直接サポートをしているようですし」


 結局――


「クレス君、あなたのその心配はもはや油断に等しい」

「ゆ、油断?」

「競合相手はあなたが思うほど弱くありません――いいえ、みな生まれた時から女性として戦ってきた猛者たちです。女性として人生を送ってきたという経験は、それだけで強い」

「…………」

「だからこそ私は必死なのです。あなたを究極形態にしてようやく彼女らと競えると思っているのですよ」


 そうか。

 俺は無意識に、彼女たちのことを侮っていたのか。

 言われてみれば、自分はこれまで男として生きてきたわけで。

 それが少しメイクして着替えたくらいで逆転するなど、安直もいいところ。

 

(俺は、なんて馬鹿だったんだ――……)


 反省する。

 意識が低いのは己の方だったのだ。


「よし! 行きますよクレス君!」

「はい――よろしくお願いします」


 クラリスさんの言葉に、大きく頷く。

 一つの勝負である以上、手抜きはできないのだ。

 そうして目まぐるしくメイドが動き回る中、俺はドレスアップをしていく――のだが。


 ……。

 …………。

 ………………。


(あれ、なんだか上手く乗せられたような……?)


 なんだか話がよくわからなくなってきた。

 しかし今さらそんな疑問を持っても遅く。

 

(と、とにかくやるしかない――!)


 俺はステージに向けて、謎の意気込みをするのだった。

 こんにちは、東雲です。


 ありがたいことに、今でも『9番目』の4巻がいつ出るのかと、尋ねてくれる方々がいます。

 改めて言いますと4巻は出ません。

 自分の力不足が原因です。本当に申し訳ありません。


 ただここ1年なにもしていなかったわけではなく。

 主に新人賞に挑戦をしていました。

 結果的には受賞ができて、また本が出せそうです。

 なろうの更新を再開しつつ、近いうちお知らせさせてください。

 よろしくお願いします。

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