第121話「赤音」
「アウラさん、今更ですけど幼い頃になにか夢ってありました?」
「ゆめぇ? そりゃあ『最強になること』だろーよ」
マキナさん、エルメスさんとの手伝いならぬミーティングを終え。
最後はアウラさんと言葉を交わす。
食事を十分に取った彼女は、満足そうにベッドに寝転がっている。
食べてすぐ横になると太る――という話をよく耳にするが、実際のところはどうなのだろうか?
自分は医学的知識は寡聞であるため、本当の話なのかは分からない。
しかしアウラさんの場合。
いつも食べては寝、食べては寝を繰り返しているが。
きっと戦いにカロリーを大量に消費するのだろう。
そのくびれの細さは見事なものであり、巷間で流れる『寝てすぐ横になると太りますよ』などというアドバイスをする必要はないと思う。
「ホントに幼い時ですよ、まさかその時から戦士に憧れたんですか?」
「違う」
「ですよね」
「最強の戦士だ」
「……なるほど」
なるほどなるほど。
うん。なるほどね。
「……では質問を変えます」
本来はクレス・アリシアが寝るはずのベッドで、アウラさんはゴロゴロと身体を伸ばす。
対してベッドの主である自分は床に座ったまま、問答を続ける。
「じゃあもしです。今もしも戦う職業ができなくなったとしたら。アウラさんは代わりにどんな生業をしますか?」
「戦うことができなくなったら、か……」
「えぇ。これはもしもの、仮定の、ある種戯れ言的なお話ですから。『たとえ手足がなくなってもそれでも気合いで頑張るぞ私は』みたいな解答はナシでいきましょう。実際どうです? 他にやりたい仕事とかってありますか?」
「ふーむ。それはもちろん五体満足の状態でだよな?」
「はい」
「あんまり考えたことはなかったが――」
仰臥位になり、天井を仰ぎながらアウラさんは思案する(少し前まで金ピカな天井だったが、自室に関してだけは既に元の色合いに再塗装した。寝れないからね)。
さてアウラさんが幼い頃から戦士を目指していたというのはどうやら本当らしい。
なかなか答が出ず眉をひそめている。
「あ」
「お、なにか思いつきました?」
「神」
「そういうのいいんで」
「……割と真剣に言ったのに」
今回はもっと庶民的というか、一般的というか。
あまり求めてないベクトルの解答はご遠慮願いたい。
「……じゃあ旅人とか?」
「旅ですか。見聞を広げるわけですね」
「ああ! 剣の修行をしながらな!」
「いや結局戦うことになってますけど……」
「でもなぁ。いやあれだ、各地の美味しいもの巡り! そうだそれだ! ぐるめつーりすとに私はなりたかったんだ!」
グルメツーリスト。
初めて聞く単語である。
後にマイさんにそれとなく、この単語から連想できる人物っているかなと尋ねたところ『ひこまろさんとか似た感じじゃないかなー。いや違うかなー?』という若干曖昧な感想を頂いた。しかしどうやら異世界には似た職業人が実在するらしい。
しかし飛行丸とは、なんだかスピードの速そうな名前である。強そうだ。
「アウラさん食べるの好きですもんね」
「各地の美味しいものを食し、記憶し、それを別の場所で教えてあげる……なるほど、ふとした思いつきで口にしたが意外と素晴らしい職業じゃないかこれ?」
「歩くグルメ本みたいなもんですね」
ちなみにワドウさんにも、それとなく歩くグルメ本の話をしたら『西行法師グルメverってとこか』と言われた。よく分からなかった。
「更に掘り下げると、グルメツーリストになるにはどんなスキルが必要になってくると思いますか?」
「どんなスキル――まぁ、まずは体力だろう」
「たくさん歩きますもんね」
「うむ。たくさん食べるためにはお腹を減らす必要があるからな」
「あれ、なんか解釈がズレてるな……」
さておきさておき。
「それからクレスは散々排除してきたが、各地を行くとなると、やはり戦闘技術はそれなりに必要だろう。むしろよくよく考えてみればこの都市のような、警備がそれなりにされている場所内でするに限られた仕事でないと、どうしても剣は必要だと思うぞ」
「ですね。では歩くに加えてそれなりの戦闘技能の必須と」
「あとはー……ま、こんなもんだろ」
「いやいやいやいや。色々と忘れてますでしょう」
「戦闘技能か?」
「それはもう言いました」
「ではなにがいる?」
「まず地図の読解能力です。地図が読めないとどこにもいけません」
「私は感覚でなんとか――」
「なりません。最後に到着はすれどよく迷子になるでしょうが。あと一般教養、コミュニケーション能力、サバイバル技能、それから――えぇ、やっぱり食の知識がいると考えますよ」
「食の知識……肉は焼いて食べた方が美味しいとかか?」
「肉は焼いて食べなくてはいけないです。なんで生もいけるぜみたいな風に言うんですか」
「いけるぜ」
よい子のみんなは真似しないように。
「じゃなくてです。ただ『美味しい!』という感想を言うだけでもいいですが、その筋で仕事をするとなるともっと具体的に『○○な香り、○○な食感がして、○○な味がして美味しい!』みたいな、感想がプロ相手には欲しいところです。人に心情を伝えるには表情なり声音なり色々ありますが、ここでは語彙というものが求められるでしょう」
「私の苦手なやつだ……」
「でもそれを習得できれば、自分が良いと思った物を明暗分かれることなくより明確に明白に伝達することができます」
「そりゃあ自分が好きなものを相手にも好きになってもらえるってのは幸せだな」
「えぇえぇ。その通りです。ならアウラさん、これからグルメツーリストを目指して是非勉学を――」
「おいおいおい! 誘導尋問か!? なんで勉強をする流れになってんだよ!」
「…………いえ、そんな流れにはしてませんけど?」
「してただろ!」
いやいや。
別にこのちょっぴり頭が弱い相棒を、この際少しでもインテリ系に変えてやろうだなんて。
そんな大それたことは天地神明にかけて考えていない。
微塵も、もう塵なんかないレベルで本当に。
「しかし急になんだクレス。どうしてそんな話をする?」
なにか言いたいことでもあるのか。
と、アウラさんは訝しむ目で尋ねる。
「そこまで他意はありません。ただ戦士を選ばないアウラさんは何者になりたいのかなと、ふと疑問を抱いたので。しかし先の話をもう少しだけ引き延ばすと、それらは案外学校というやつに通うことで解消されるかもしれません」
「学校で解消? なにが?」
「だから語彙ですよ。加えてその他諸々も。一挙に解決で万々歳です」
「……そ、そう、なのかな?」
「そうです。そうですとも。今なら遅くない」
「じゃあ――って、おい! 誘導するな!」
面白いように乗ってくれるが。
しかしアウラさんが学校に通えるとは正直なところは思っていない。
本人にやる気があり、なにか学問的で教えてというのなら既に周囲にプロフェッショナル(ナンバーズの面々)がいるので教師役には困らない。
なにより――
「でも学校っていうのは、夢を持つ者にとって有意義な場所だということは、なんとなーくでも、僅かながらでも理解できたんじゃないでしょうか?」
「まぁな。ようは効率的に自身を高める修行場ということだろう」
「ですです。だからですよ、もしも『学校学園なぞ全て木っ端微塵に吹き飛ばしてくれるわァ!』なんて言う魔王がいたとしたら――」
「むむむ! そいつは許せんな! 夢を追う者の聖地を滅ぼすとは酷いヤツだ! 私が倒そう!」
「まったくの同意見です」
アウラさんに同調しうんうんと頷く。
「じゃあアウラさん、アウラさんは学園を一片とて損傷させることなく、学園を生徒を魔の手から護ってくれるわけですね?」
「無論だ! そんな素晴らしい場所を……魔王、許せんっ!」
「むしろむしろ。まさかまさかですけれど、アウラさんが自身の手で学園を壊すなんてこと――」
「するわけないだろう! 私を馬鹿か畜生とでも思っているのか!」
ごめんなさい。
馬鹿だとは思っています……。
「いやー頼もしい。明日から学園祭だし、アウラさんは一般客にもバレることなく隠密を徹底して移動し、緊急事態でのみ活躍をしてくれるだなんて」
「任せろ。私に頼ればもう心配はいらない。影で動き影から仕留めよう」
寝転んだ姿勢から、どんな理屈だろう、足の踵を支点にし瞬間で起立し仁王立ちを決める。
……アキレス腱(?)がバネでできてたりするのだろうか。
そして尊大に壮大に高笑いのサムズアップを見せてくれた。
「流石は相棒。なんて頼もしい」
「だろう。任せておけ!」
ということで。
アウラさんは徹底した隠密行動を取ってくれることになった。
間違っても派手に、威風堂々と学園内を歩くことはなさそうである。
「しかしアウラさん」
「ん?」
やっぱりあなたは惑わされやすい。
それは彼女の素直さ、純真さゆえ、これは戦いにおいて大きな弱点ともなりうるけれど。
でも、だとしてもこれ以上ない立派な美点であることは間違いない。
「やっぱりです。俺はそんなあなたが大好きです」
どうも、東雲です。
遅れて申し訳ありませんでした。
分かっています。『おいおい。1日の更新じゃなかったのか? あぁ?』という声はヒシヒシと伝わってきています。一層精進する所存であります。
4月ということで、沢山の方が様々な環境で新しいスタートを切ったと思います。
今年度もなんとかして生き残りたいところですね……。
1日が36時間ぐらいあればいいのにと最近はよく考えます(無論、それに比例して授業や就業の時間が増えてしまったら意味ないですけれど……)。
中身のない後書きですいません。重ねて謝罪します。
しないぞという強い意志はもちますが、大遅刻がなければ15日に更新する予定です。
それでは。





