第113話「只今」
着せ替え人形。
それは読んで字の如く、着せ替え遊びに興する目的で作られた人形である。
一般的には女児がやることが多く、男児が手に取ることは少ないように思えるがどうだろう?
しかし人形といっても、このジャンルは中々に奥が深いと考える。
ファッションのセンスも問われることから始まり、衣装に合うようポージングを取らせ、第三者的視点から評価・評論を下す。もちろん他者と意見がぶつかることもあるだろう。それを経て更なる研鑽努力に努めるわけだ。
また一定領域を越えた人形遣い(着せ替え人形ガチ勢のこと)は、衣装や小物を自作するらしい。
素材を見繕い、精密な裁縫で様々なアイテムを作り出す。
これらは見方によっては娯楽と同時に、芸術とも捉えられるのではないだろうか。
つまるところ、多くの女児(そして多少の男児)は、無意識でありながら幼い頃より着せ替え人形――芸術に嬉々として取り組んでいたというわけだ。
さて、ここまでで何を言いたかったかと言うと、着せ替え人形は芸術性を兼ね備えた、素晴らしい遊戯である――ということではなくて。というかそれを認めた上で。
俺はそんな芸術クソくらえ、と思うのだ。
この心ない台詞を読んだ着せ替え人形好きの皆さん、もとい人形遣いさんには申し訳ないと謝罪する。
不快にさせてしまったのならごめんなさい。
しかしだ。
自分が着せ替え人形ならぬ、着せ替え人間として扱われたらどうだろう?
そりゃファッショナブルな時代を生きる女性たちは、服のあれこれが苦にならないかもしれない。
だが男として生き、時たま仕事で仕方なく女装経験が多少あるだけの、平凡で凡庸な男にそれを強いるのは苦行でしかない。
お祭りのため……という名目で、2着3着ぐらいの着せ替えならまだ耐えよう。
そういう心構えでいたんだよ、少なくとも俺は。
でもまさか、クラリスさんたちに100着以上の服をあてがわられるとは想像すらしてなかったのだ。
着せ替えの奥深さや素晴らしさを語り、認め、それを踏まえそんなのクソくらえと発言したわけだが。
結局のところ言いたいのは、俺はもう着せ替えなどコリゴリ――というただの愚痴であった。
※
「……はぁ」
この世界が仮に物語の中だったとして。
つまらない回想、もとい愚痴に付き合ってくれてありがとう読者の皆さん。
今日はクラリスさんたちの着せ替え遊びに付き合わされ、そしてえらく興奮した彼女らに人形の如くとっかえひっかえされたので、誰かとこの疲弊した心情を共有をしたくなってしまったのだ。
そしてもしこの物語の作者がいるのなら。
お前は一度地獄に落ちろ。
なぜだがこの学園に来てから、女装を求められた機会が増えたような。
これは作り手の私的かつ意図的な差し金があったように思えるのだ。
「あ、おかえりアリシアさん」
「どうも……」
下宿先にようやっと到着。
おかえりと言われ、一時とはいえようやく平穏な時間が訪れたと思った。
だがこの安心感やら達成感を味わう前に――
「にしても、アリシアさんのお姉さんたちべっぴんさんねぇ」
……お姉さん? しかも複数形じゃなかったか?
「ど、どういう意味ですかね……?」
「どうって、ついさっきアリシアさんの姉を名乗る女性が2人いらしてね。まだ当分帰ってきてませんねと伝えたら部屋の前で待つって――」
「!」
俺は話の途中で勘づいた。というか嫌な予感がした。
話を途中で打ち切り、簡単に挨拶をして階段を駆け上る。
「変なことしてないだろうな……!」
あの人たちが部屋の前で、俺の帰りを大人しく待っている?
悪いがそんな光景は頭の隅にすらよぎらない。
「――いない?」
階段を上り終え見た廊下、つまり俺の部屋前には誰もいなかった。
無人である。
まさか天井に張り付いている?――と一瞬疑ったて見上げたが、やはり誰もいなかった。
突拍子もない疑問に受け止められるだろうが、あの人たちは平気でそういう『奇行』をするのだ。
常識で考えず、非常識が常識みたいなスタンスだ。
「…………」
ついに部屋の前まで来たのだが、開けるのを戸惑う。
正直に言えば怖いのだ。
俺の部屋は、学園で過ごしている最中にパンドラの箱へと改装されていて、扉を開けた瞬間に吸い込まれてしまう。そしてブラックホールに飲み込まれたが如く消滅させられてしまうのでは……と。
いやいや考えすぎだろう。
クラリスさんたちに遊ばれ尽くされ、ちょっとばかりナイーブになっているだけなのだ。
受付さんも姉が来たなどと言っていたが、歳のせいか幻覚やら幻聴が聞こえただけ。実際に姉的な人物など訪れていないのだ。
いつも通りだと自分自身に言い聞かせ、いっそのこと快活に行こうと勢いよく扉を開ける。
ついでに一人暮らし故、時たまにしか言わない「ただいま」という挨拶も元気よく言ってみることにした。
さぁ、平穏で平安で平常な我が家が――
「ただいま!」
「「「あ、おかえり」」」
がしかし、無人のはずの我が家、もとい我が部屋には既に3人の先客がいた。
1人目は老紳士、部屋中を金色に模様替えしている。部屋の中が夕暮れだというのにピカピカと眩い。
2人目は宗教家、壁にポスターや棚に変な置物を飾っていた。ついでに本棚に収められていた教科書等は投げ出され、彼女の自著本一色になっている。
3人目は健啖家、謎の料理(おそらく自分で作った)をガツガツと食べている。ちなみに小さいながらも綺麗に使っていた料理場は大衆酒場のソレへと変貌していた。
「どうだい、なかなかゴージャスな部屋になっただろう? 金運アップアップだネ」
「ワタシの『マキナの宗教大冒険10巻』が最近できあがりました。売れな……人気すぎて在庫をたくさん補充したので、そのうちの30冊を差し上げます。最低30回読んでください」
「お前の分のメシも作っておいたぞ。どうだ、私の料理の腕。なかなか成長してるんじゃないか? 王都にアウラ食堂という店を出してもいいやもしれん」
そこにあったのは、荒れ果てたどこか、というかもはやカオス。
俺の見知った場所ではなかった。
それとこの人たちの言っていることも理解し難い。
ゴージャスな部屋? いや眩しすぎて金運がどうこうってレベルじゃないだろ。
宗教大冒険10巻? 巻数多過ぎだろ。あと在庫が余っているからといって押しつけないでくれ
アウラ食堂? もしかしてボケなのだろうか、俺のツッコミ待ちだとしたら早くつっこんであげたい。
一人暮らしをしている者が里帰りしたとき、おかえりと言われてなんだか温かい気持ちになるそうだけれど。
その通説には賛成をしてもいいけれど。
しかし久しぶりに訪れたかつての家が、自室が、謎の暗黒空間(実際は金色空間)と化していたのなら。
ただいまという言葉を撤回し、たったいま来たばかりだとしても踵を返す。
だが踵を返して、他に帰る場所は俺にはない。
しかし罵倒するような気力もない。
だとするならば、さっきまで心の内にとどめていたものを口に出すしかない。
ないないないという語尾が続いたが、この吐露はほとんど無意識だった。
「……ヘンタイ作者、一度地獄に落ちろ」
この惨状に向かって、眉に皺を寄せ鋭い目つきで冷ややかに言う。
果たしてこの声は届くのだろうか。
ただ届いたとしても、かの男はクレス・アリシアに冷たく罵られたことで逆に興奮しているかもしれない。
「はぁぁ……どうするんだよこれ……」
どうも、東雲です。
前回、男の娘についてちょっとだけ喋ったのですが、思いのほか反響があって驚いています。
活動報告やメッセージで、様々な意見を頂けて勉強になりました。
さて、今年もあと数日しかありませんね。
9番目の更新は年内ではあと1回……。
時の流れが歳を重ねるごとに速くなっているような気がします。
あとクレスは作者のことをヘンタイと呼んでくれましたが、美少年に冷たい目を向けられたからと言ってボクは喜びません。嬉しくない。嬉しくない。嬉しくない。
大事なことなので3回言いました。
というかあんな風に言われたら、なんだかお仕置きしてやりた――(自主規制)。
次回は12/29(土)の更新です。
よろしくお願いします。





