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第110話「復帰」

「「「「「…………」」」」」


 静寂だった。

 静かで、寂しげで、冷たい。

 シンとしたなんて音がつかないくらい。

 

 俺たちが制服でなく喪服を着ていたならば。

 きっと第三者からすればここは墓場とでも勘違いをするだろう。


 それぐらい静寂がこの場を支配していた。

 だが見えざる裏側、全員の意識は1つに統合されていた――


(((((……ケンザキのことを忘れてた!)))))


 一字一句抜かりなくシンクロする。

 演劇における『自分の役はなんだ?』という問い。

 しかも自信満々で。


 これに『あ、忘れてた』などと斬り込むには、相当なメンタル強度を要求されるだろう。

 いかに不仲な俺でも、流石に気の毒で言えない。

 本人がハツラツとしているのが、輪に掛けてきまづい。


「(ど、どど、どうすんだ!?)」

「「(どうすんだって言われても……)」

「(すっかり忘れてたから)」

「(裏方にも入ってないよねケンザキ君?)」

「(完全に除外されていたな……)」

「(でも本人の態度からするに、自分が主役を務めると疑ってないみたいだよ?)」


 ケンザキからすれば、今のクラスの雰囲気は、ただ全員が俯き気味の無言な空間なだけなのかもしれない。

 しかし水面下では、全員が器用にもアイコンタクトで語り合っている。

 その会話スピードは刹那の如く。

 復活した男は扉の前で静止している最中、俺たちは議論を交わしていた。


「(っく、まずいことになったなクレス)」


 隣にいるスミスも流石に焦った表情をしている。


「(いっそケンザキを攻撃して、再入院させるって案はどうだ?)」

「(鬼畜すぎるだろ……)」

「(心を鬼にしなきゃこの場面は切り抜けられねぇぞ)」

「(攻撃をするって方法は少なくとも、心を鬼にするベクトルを間違えている)」

「(()れクレス!)」

「(人の話聞いてるのか!? しかも俺を実行役に据えようとするな!)」


 やるんだったら自分でやれ。

 俺にはどうしようもできない。

 ――って、みんな思っているんだろうな。


「ん? どうしたんだ和道(わどう)?」

「え、どど、どうしたってなにが?」

「いやだから、俺はなにをやるのかって話が――」

「あ、あぁぁぁぁ! 剣崎君の役割ね! もちろん覚えていたよ!? むしろ忘れることなんでできないくらい毎日毎日考えていた!」


 しびれを切らしたケンザキがワドウさんに再度尋ねる。

 ワドウさんは焦りながら首をブンブン縦に振っていた。

 ……大丈夫か?


 ただ、統括しているのはワドウさんだった。

 もちろん俺を含め、全員が忘れていたこと、彼女を責めるだなんて誰もしないだろう。

 しかしワドウさん本人はどう考えているのか。

 

 順当に考えれば、やはり責任は自分だと思ってしまうのではないだろうか?


「で、でもね、えぇ~っと、ま、まだ秘密なんだよね」

「秘密? もう準備期間に入るのに?」

「あ、あー……」


 正論である。

 ケンザキ当人からしてみれば復帰したばかり。

 役どころは早く聞いて、一刻も早く練習したいという気持ちは分かる(役なんてそもそもないが)。

 

 みんなの焦燥が集う。

 この局面をどう切り抜ければいいのか。

 まさか正直に『忘れていた』と言い訳するか?

 

「――分かった」


 しかしワドウさんは声を上げた。

 正直ではなく、帳尻(ちょうじり)を合わせることを選択したのだ。


「ただ最初に言っておくと、既に主役は決まってしまっているわ」

「……なに?」


 衝撃が駆け巡る。

 なんとワドウさんは、スミスが主役に座っていることを言ってしまった。

 ケンザキの方も表情一転、怪訝な面持ちとなる。

 

「そして剣崎君――あなたも〝主人公〟よ」


 ――は?


「まさに主人公キャラ!である……剣崎君の復帰が間に合うかどうか、正直怪しかったら、この案はみんなにも黙っていたんだけど」


 今度はワドウさんが自信をもって台詞を並べる。

 不敵に語ってはいるが、それはアドリブだろう。

 皆もそう理解している中で、それでもやはり、ワドウさんは計算通りとばかりにこう言った。




「改めて! 今回のワタシたちの演劇は――ダブル男主人公よ!」

 どうも、東雲です。


 12月1日、今日は3巻の発売日です。

 そしてひとつご報告が。

 9番目の『コミカライズ』が進行中です!

 ……といっても、本格的に動くのは来年からですが。


 更新ペースは週1か週2に戻そうと思っています。

 次回更新は12/4(火)です。

 よろしくお願いします。

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