第99話「役決」
「役決めをするわ!」
教室にワドウさんのはつらつとした声が響く。
授業を全て終え、1日の終わりを演出するはずの短いHRは、文化祭までの間は『祭りまでの準備』時間として窶すことになった。
よって同じく文化祭委員のウィリアムが黒板にも書いたように。
今回は演劇における『自分の役』を決めるというわけだ。
まだまだ日数はあるものの、この段階で決めておくべきだとクラス一致で考えた。
ちなみに公演題目はというと……
「今回は『ロミジュリ』よ!」
と、タイミングよくワドウさんが先回りして言ってくれる。
正式な題目名は『ロミオとジュリエット』というらしい。
「でも異世界にある物語とは考えたわよね~」
「普通に考えれば興味あるもんな、オレたちを含めて」
「ただそこまで難しくもないって話だし」
「やっぱどこの世界も王道は王道なんかね」
クラスメイトたちのコメント通り。
ワドウさんがロミジュリ(略して)を提案したのだが、満場一致で決まった。
異世界の演劇となれば、そりゃ客の興味を引くだろう。
演じる側としても関心がある。
「物語自体はさして珍しいものではないけれどね」
ワドウさんの説明によると、なんでも若い男女の恋愛悲劇だとか。
ストーリー自体にこの世界の人がビックリ仰天するようなものはないと、あらかじめ説明は聞いている。
ようは過度すぎる期待はするなと言うことだ。
「でも客は過度な期待しちまうよな~」
「ましくその通りよスミス・アルビン君。まぁその点はビジュアルで押し切ればいける! 美少女や美少年を持ってすれば世の中に溢れる問題の9割は解決するわ!」
……そんな横暴な。
ただワドウさんの言う通りかどうかはあれだが、このクラスはなかなかに容姿の平均水準が高いと思う。
勇者かつ美少女であるマイさんあたりヒロイン役にして、良い演技をするだけでも一定の満足は得られるだろうな。
「まだヒロインがハルカゼさんとは決まってねぇけどな」
「どういう意味だスミス?」
「っか。前回のやり取り忘れたのかよ」
「?」
「だから……いや、今更言うまでもねぇことか。それにオレはこっちがヒロインの方がいいし。……安心しろよクレス。お前はオレが、いやオレたちが全力で後押しをするからよ」
任せておけと、隣に座るスミスが肩に手を置いてきた。
まったく任せる気がしない。というかなにを任せるというのか。
スミスに任したいものなど、個人的にはなにもないのである。
「さて!」
指揮官ならぬ今回の監督から一声。
ガヤガヤとうるさかった教室が静まる。
「最初にも言ったけど今日は役決めよ。全てを決めることは不可能だろうけれど、主役2人――ようは男主人公と女主人公を決めるぐらいはしたい」
女主人公はもう1人の主人公でありヒロインなのだとか。
まずはこの2人を選定しないことには話は始まらないだろう。
……進んでやりたい人がいるかは怪しいけれど。
いや目立ちたがり屋?が多いクラスだ、誰かいるだろう。
少なくとも、俺が主役になることだけは天地がひっくり返ってもないことだが。
「――で、クレス君はどっちがいい?」
天地、ひっくり返った。
「……はい?」
首を傾げる。
さび付いた魔導具のようなギコチナイ動きだった。
「だから男とヒロイン、どっちやりたい?」
ワドウさんは、少しだけ丁寧に言い直す。
俺の返答は別に聞き取れなかったという意味ではなかったのに。
しかして、不思議で不可思議な表情を浮かべているのは自分だけ。
周りはさも当たり前のことのように、俺に視線を向けている。
まるで『クレス・アリシアが主役は確定』とばかりに。
それだけでも可笑しいが、選択肢も可笑しい。
千歩譲って男主人公はまだしも、なぜヒロイン役候補にも入れられている?
「え、えーっと……」
「ン、どっちでもいい? それならそれで皆で多数決って事になるけど?」
「待った待った! そうじゃなくて、なんで俺がいの一番に主役候補になっているのかと……」
「え?」
俺の質問というか疑問を受け、わからないという顔をするワドウさん。
彼女の隣にいたウィリアムもそんな感じ。
というかクラス全体そんな感じ。
「……クレス・アリシア君。それは随分と哲学的な疑問だね」
「哲学!?」
「そりゃもう。太陽はなぜ東から昇るのか。海はなぜ広いのか。アリシア君の疑問はそんな疑問と同じだよ」
「いやスケール大きすぎるでしょ!」
俺はいつから自然現象になったのだ。
ワドウさんは代表してそう答えたが……
「スミス!」
「わりぃな。オレはバカだから勉強はわかんねぇ……」
「俺の主役うんぬんは科目に入るのか!?」
「今度のテストに出るってさ」
……ダメだ。
コイツは役に立たない。
誰か助け船を――と願ったが来航はなし。
意を決してマイさんの方を見たが、ニッコリと良い笑顔で返された。
わーい勇者様に微笑んでもらえた……って誰が喜ぶか!
っく、逆境に立たされ思考が混乱している。
自分の立場が今になって、なんだか大変な所にいるんじゃないかと疑う。
「しゅ、主役は勇者たちがやるべきだろう? 俺は――」
「「「「「適任です!」」」」」
今度は俺以外の全員に肯定をされた。
逃げ場はないと勧告された気分だよ。
「……クレス君。わたしたちはさ、この演劇を大成功させたいんだよ」
一転、穏やかな口調でワドウさんは語り出す。
「一致団結してこの文化祭に臨みたいんだ。演劇で伝説を残したいんだ。
「伝説なんてそう簡単には残せない?
「ふふ、そうかもね。
「言い直そう。伝説を残すんじゃなくて、伝説を生み出したいと。
「わたしたちはまだ十数年しか生きていない。まだまだ若輩者だよ。だからまだまだ先があると信じているよ。この人生が何十年と続くと疑わないよ。
「でも人はいつ死ぬか分からない。明日にも魔王がこの国に侵略の手を伸ばすかもしれない。
「そうなったら文園祭どころではない? そりゃそうだろうよ。
「だからこそ1日1日を真剣に生きるんだ。
「だから――演劇も、本気でやりたいんだ。
「そのためには勇者なわたしでも他のみんなでもない。クレス君の力が必要なんだ。
「お願いします。わたしたちに付き合って欲しい。だから、
「だからさ、みんなで本気の青春をしようよ。
短くも長い、鼓舞激励なのに自問自答のような。
ワドウさんは言い切った。みんなと――俺に対し熱く言い切った。
一瞬、呑まれた。
終わりを告げた演説、自然と拍手が鳴り始める。
パチパチ、パチパチと、
拍手喝采までとは呼ばない。
それでもクラスメイト各々が、各々の笑顔を静かに浮かべ祝福するように。
「頼むよ。クレス・アリシア君」
「……」
今一度、考える。
いや本当は考えるまでもないことなのかもしれない。
もう周りはなにも言わない。
静かに、だけど微笑みを浮かべて俺を見るだけだ。
負かされたとは思わない。
ただどうやら、見えざるなにか、みんなの意思が生み出した熱い気流に――巻かされてしまったようだ。
「……はぁ、分かった。やる。やるよ」
言い切った。
そして今度こそ、拍手喝采だ。
気流がタイフーンへ。激しく拍手が鳴り響く。
「まったく。ここまで来たらなんでもや――」
だが俺は失念していた。
ついつい巻かれ、そして失言をしてしまったのだ。
「あ、アリシア君いまなんでもって言った」
「え? あ、それは――」
「よっしゃあああああ! アリシアが主役とヒロインどっちでもいいってよ!」
「待て。誤解で――」
「さぁ多数決と行こうぜ」
「さっきまでの優しい空気は!? なんだか俺に冷たくなってない!?」
ツッコミを入れたたところで聞く耳もたず。
まとめ役のワドウさんが文字通りまとめに入る。
「このクラスの良いところはメリハリをつけるところよね」
「こんなメリハリいらないだろ!」
「突然大事件なり大災害が起きてビックリするやつ」
「それは青天の霹靂!」
「あっはっは。アリシア君は漫才とか文化祭でやったらいいかもね。アルビン君あたりとコンビ組んで『ホワイトマヨネーズ』とか名乗ったら? ほら、目立つ銀髪だしさ」
「俺の知らない何かをダメな風にパクっているのは分かる……」
とにもかくにも、俺はどちらでもイケる二刀流と認定されたらしい。
波乱のHRは、ついに多数決へと進む。
どうも、東雲です。
今期はラノベ原作のアニメがいくつもありますね。
そして異世界となると個人的には『ゴブスレ』に注目しています。
あれはモノカキとして考えさせられますね。
『あれ、自分ってゴブリンを侮ってた?』――と。
スライムやオークなどの〝ありふれた〟モンスターに慣れすぎていたのではないか。
作り込みがまったく足りないのではないか。
事実足りていません。というかそこはもう〝趣味〟の領域のような。
現代物の畑で生きていた自分としては、異世界物は難しいですよ(愚痴)。
今回の話は1話でまとめるつもりだったのですが、このままだと五千文字いきそうなので……
次回で主役がどうなるか決まる……かもしれません。
それでは11/8(木)にまた!





