彼女についての彼なりの願い
丘陵地では、その後二日に渡ってにらみ合いが続いた。
南西に位置するリメリック侯爵家とレインスター子爵が派遣してきた軍は、合わせて6千。アランが指揮した分家で集めた兵が2千。
ルアイン軍はこちらに数を減らされたこともあって、目算で6千といったところか。
キアラさんがアラン様と話している間に、私は他の騎士達の様子を見に行く。
今回の作戦に連れてきた騎士は、私のようなアラン様の護衛とレジナルド王子の護衛騎士が主だ。旧知の人間が多いとやりやすいので、有り難い。
「お、ウェントワースじゃないか」
私の従者をからかっていた騎士の一人が手を振ってくる。同じアラン様の騎士として仕えているチェスターだ。くすんだ金の髪の彼は、うっすらと鼻先にそばかすが残る顔で笑う。
「今日も魔術師ちゃんのお守りお疲れ」
お守りというのは少々違うような気がするが、この場では曖昧に濁しておく。
魔術の使い方やその詳細について、すべての人間に話すのは避けているからだ。うっかり広まって、彼女が術を使える上限なんかを測られてしまえば、後々面倒だ。
「魔術師様のお目付け役殿、今日はもうお役御免ですか?」
近くにいたレジナルド王子の騎士フェリックスも寄ってくる。砂色の髪の彼は、私とそう年が変わらない。22だったと思う。
「まだ昼だろうフェリックス。彼女のことはアラン様が見ていてくれるから、少し馬の様子を確認しに来たんだが」
「馬とロニー君の面倒なら俺たちが見てるし、問題ない。それより魔術師ちゃんの、昨日の戦闘について教えてくれよ」
「そうだな。一瞬で終わったように見えたから、詳細を知りたいね」
わくわくしながら尋ねてくるチェスターと、期待した目を向けてくるフェリックス。
聞かれるだろうなと思ってはいたので、問題ないだろう部分だけかいつまむことにした。
「端的に言うと、ルアインがまたしても魔術師くずれを作りだして、こちらに攻撃をしかけようとしたのを、キアラさんが阻止した」
「…………端的すぎるだろ?」
軽く説明したというのに、チェスターが非常に不服そうな顔になる。
「しかし……普通に解説すると、やや問題が」
「何の問題が?」
フェリックスが不思議そうに尋ねてくるので、迷った末に答えた。
「悲惨すぎてな」
あれは悲惨としか表現のしようがなかった。
あの日、突然ルアイン軍が数騎近づいてきたかと思うと、殴られた痕が顔に残る中年と若い兵士が馬から投げ捨てるように降ろしたのだ。
最初、どういうつもりなのかわからなかった。
けれども魔術師であるキアラさんはすぐに察したようだ。すぐに土人形を作り出し、そちらに移動させた。
突然地面から現れた土人形に、味方も騒然となったが、彼女の意図はすかさず同乗した土人形の上から見ていればすぐに分かった。
投げ捨てられた二人の兵士は、打撲のせいだとは思えない苦しみ方をして、その場でもがいていた。
そんな彼らの体が浮き上がったかと思うと、竜巻が湧きおこって彼らを包み始めたのだ。
魔術師くずれにさせられたのだ。
そしてエヴラール軍をかく乱、もしくは兵を削ろうと思ったのだろう。
どういう基準で選ばれた二人だったのかはわからない。ただ薬を……魔術師になったキアラさんの予想によると、契約の石を砕いたものを飲まされて、魔術師になる儀式に似た状態にされ、素質がない彼らは早々に力を暴走させたのだ。
キアラさんは彼らを見て、一瞬戸惑っていた。けれど彼女の師が言ったのだ。
「楽にしてやれ、我が弟子よ。肉体の全てを魔力に変えて放出するのは苦しいものだ…ヒヒヒ。お前にも、覚えがあろう?」
不気味な笑い声をたてると、呪いの人形にしか見えない。けれどそれに慣れてしまったキアラさんは、真剣な表情でうなずくと一気に土人形で二人に向かって突撃した。
――そして死ぬ未来しかなかった敵兵を、一瞬で踏み潰した。
地面に飛び散った血は、ゆったりと崩れた土人形に覆われて見えなくなる。
今度は倒れることなくその上に立ったキアラさんは、じっとルアイン軍を見つめてから、土の小山から降りた。
表情は強張り、歯を食いしばっているところから、魔術師くずれを殺したことが、彼女にとって心の負担になっていることは察せられた。
そんな彼女に、ホレス師が言う。
「現状、あれが一番楽な死に方であろう」
「でも……痛いでしょう」
「ああなっては、何も感じる余裕などないじゃろ、ウヒヒヒ」
私は、そんな師弟の会話に口をはさむこともできなかった。魔術師でなければわからないことに関しては、何も言えないのが口惜しい。
なのでルアイン軍が兵を走らせて来ないかを警戒しながら、キアラさんに付き従うようにして自陣に戻ったのだ。
一連の出来事を、私は師弟の会話を省いて聞かせてやる。
「ほー一瞬か。やっぱりマジもんの魔術師はすごいな」
チェスターが口笛を吹き、フェリックスも感心したような表情になる。
敵を倒しただけだ。話を聞けば皆、そうやって褒めるだろう。
あの直後、キアラさんのことを侯爵家と子爵家からの代理人達もほめそやしていた。
キアラさんは、疲れたような顔で口元だけ笑みの形にして受け取っていた。
でもアラン様はキアラさんの表情に気付いて、黙って彼女の肩を叩いた後、私に後で話を聞かせるよう指示してきた。
そしてレジナルド王子は、功労があったのだから褒めねばならなかった。
「ご苦労だった。魔術を使ってどれだけ疲労するのかは、使えない私には想像もつかない。次に何かあったときのためにも、まずは休んでほしい」
ねぎらいながらも、彼はすぐにキアラさんが下がれるように言い訳を作り上げた。
それを受けて私はキアラさんを、女性だからと彼女のために用意された小さな天幕へ引き取らせた。
彼女を見送って振り返れば、離れた場所にいるレジナルド王子がこちらを見ていた。
問うようなまなざしは、おそらく『様子はどうなのか、大丈夫なのか』と尋ねているのだろう。だてにアラン様の護衛となってから、何年もアラン様ともども王子の面倒をみてきてはいない。それぐらいは理解できる。
私が一礼してみせると、レジナルド王子は何事もなかったかのように視線をそらす。そのままこちらを振り返ることはなかった。
アラン様とは違って、出会ったころから心の奥底までは誰にも見せない、大人びた少年だった王子。
彼は明らかにキアラさんを特別に感じている。
幼い頃から、彼は他人と自分の間に壁をつくっていた。
王宮ではそれがさらに顕著だった。アラン様に対しても決して悪ふざけなどは仕掛けない。それを見る者たちがどう思うかを考えると、うかつに動けなかったのだろう。
キアラさんへの態度も、最初は壁を作っていた。珍しいトカゲを見つけた子供のように構ってはいても、彼女の様子も観察していた。
なのにいつからか、彼女のことを過保護とも言えるように羽の下に隠したがるようになったのだ。
あれは執着……なのだろうか。
恋だとしたら、それに気付いた王子はもっと慎重に彼女から距離を取るだろう。自分の気持ちを明かすことが、相手の命を奪う契機になる可能性があるから。
だけどキアラさんに対しては違った。
一見して、大事にしていることはわかる。けれど彼の行動を見ている者は、それが恋なのかと言われたなら戸惑うだろう。
彼女が自由に動けるよう一歩引く様子は、恋人というより保護者じみているからだ。
アラン様は、王子のことを親鳥なんだと言っていたが……。
もしかするとレジナルド王子自身もよく自覚できずに、保護者の立場を守っているのかもしれないが。
考えに沈んでいた私に、チェスターが言った。
「でもお前いいよな。この男だらけの大所帯の中、一人だけ可愛い女の子と一緒なんだから」
我に返った私は笑う。
「希望しても譲るつもりはないからな」
「……お?」
あっさりと拒否されたことに、チェスターが目を丸くする。一方のフェリックスも、目を瞬きながら尋ねてきた。
「まさか、本気なのかい?」
「そう見えるか?」
私は答えをはぐらかした。
一度決めたら、何の力も無いのに勇者のように全てを救うために走り出す姿や、苦しくても絶対にあきらめない眼差しの強さとか。
そういった彼女の良さを教えたくなかったからだ。
彼女が強いからこそ、頼られるのが心地良い。
そして普通の女の子のような弱さを知ることも、未知の存在に触れるような懐かしい気分になる。
でもそんなことを思うのは私だけでいい。
だから願う。
親鳥の庇護から、彼女が早く離れることを。
そして王子がすべてに気付いて鳥かごに閉じ込めてしまう前に、止まり木があれば飛んでいけることを教えなければ、と思うのだった。




