ディルホーン丘陵の反撃 2
敵軍は徐々に移動してきている。
全てをこちらに振り向けはしないが、やはり王子らしき人影と魔術師がいる方を優先することにしたようだ。
「動きが系統だっていますね。殿下の予想通り、敵将は代わりを据え直したのでしょう」
それでも急速に追い上げてこないのは、昨日私がさんざん敵軍を蹂躙した結果だ、と言うのはカインさんの推測だ。
「それでも過半数が追跡することを優先したとなると。引きつけることには成功したと言えるでしょう」
「十分じゃろうな、イッヒヒヒ。あの王子も顔に似合わず大胆な」
ホレス師匠が笑いながら応じる。
彼らの視線の先では、ルアイン軍の戦列が長く伸びあがる蛇のようになっていた。とはいえあちらも騎馬と歩兵が入り混じっている。それほど行軍速度が早いとはいえない。
対してレジー率いるエヴラール軍側も、歩兵たちの走れる距離というものに限界がある。
少し距離を稼いだところで、一度小休止となる。
こちらの動きを丘陵の向こうから先発隊に確認させていたルアイン軍も、少し間隔を詰めたところで進行を止めた。
「キアラさん、一度降りましょう」
カインさんに促されて、私は土人形の手を動かし、手動エレベーター状態にて地面に足をつける。
……ちょっとロボットもののアニメを思い出した。パイロットが他の人を移動させる時って、こう掌に乗せて上げたり下げたりするよね。
その後土人形は一時解除。
ゆっくり歩かせるだけで、しかも二度目とはいえ、30分は動かし続けただろうか。ルームランナーで五分も走った位の疲労感がある。
「そこまで辛くないのって、二度目だからかな……」
「魔力のとらえ方と扱い方に慣れれば、もっと楽に動かせるようになるだろうよ。魔力の通り方は意識できたじゃろ?」
疑問に答えてくれたのはホレス師匠だ。
昨日、すぐに倒れてしまわないようにできないのかと尋ねた時に、秘訣を聞いていたのだ。
それが、自分が操る土人形の動かしたい部分に、必要なだけ魔力を使うようにすること。
また、そもそもは大地の中に散在する魔力を利用して動かしているので、それを使うことで自分から魔力を分け与える量を減らす方法だ。
実践として、師匠でいろいろためしました。
土偶がくすぐったがって「ウヒョヒョヒョ」と笑いながら転がる様を見ることになりましたが、大変面白かったです。
ちなみに師匠にも多少なりと私の魔力が流れている。けれど契約の石が土偶創造時に含まれたため、定期チャージで間に合うらしいし、それほど多くは必要ない。
そんなこんなで、私は今回の作戦で早々にダウンする危機を退けることができた……わけだけど、この30分でこれでは先が思いやられる。
もっと稼働時間を伸ばせるようにできないものか……。
悩む私は、カインさんが持ってくれていた荷物から水筒を出して口をつける。
「あの子が魔術師だろ? すげーな」
「俺、国境勤務だったから初めてみた」
「魔術師って正式な、だろ? まがいものと違って、魔術をまき散らしたりしないんだよな?」
「ちっちゃいな……。自分の目で見てなきゃ信じられんかったわ」
少し離れた場所で、騎士の従者だろう人と(騎士に準じた青の軍衣を着てるので見分けがつく)城や国境勤務の兵士(こっちも鎖帷子に頭に帽子型の簡素な兜を被っているので判別がついた)が数人、集まってしゃべっていた。
噂されてる現場に立ち会うのは初めてだ。なんか居心地悪い。
とりあえず、私は間違って踏みそうになる以外には、魔術を暴走させながら死ぬとかしないよと言いたい。
けど、こっちをちら見しながら井戸端会議をしている人達ところに、堂々と歩み寄って輪に入るほどの度胸はない。それをしようと思えるのは、本当に井戸端でおしゃべりしてるおばちゃんたちが相手の時だけだ。
にしても、魔術師だからと注目されてる話は聞いたが、ちっちゃいと魔術師に見えないんだろうか……。師匠だってそんな背が高くなかったんだけど。
心の中であれこれと考えていたら、ふいに頭をこつりと指先で叩かれる。
「こら、任務に違反しただろう」
「わ、レジー」
いつの間にか少し離れた場所にいたレジーが傍にいる。さっき自分の馬を連れた従者を呼びに行ったカインさんは、少し離れた場所まで馬を引いてきていたが、苦笑いしていた。教えようとしてくれたけど、間に合わなかったのだろう。その隣にいるアランは、どうしたものかと困った顔をしていた。
とりあえず謝っておこう。
「えっと、ゴメンナサイ」
ちょっと視線が横を向いた上、誠意が足りない棒読みなのは、今だにこの作戦に私が不満を抱いているせいだ。
戦いたいわけじゃない。誰かを殺したいわけでもない。
だけど既に手を汚したのに、守られてそのまま逃げ続けるのは、もっと卑怯だと思うから。
レジーもそんな私のわだかまりは察しているけれど、完全に無視する気のようだ。
「従ってくれたら問題ないよ? でも……」
話しながら耳元に口を近づけてくる。ちょっ、それヤバいでしょ。王子が軍の中で別枠扱いとはいえ、公衆の面前で女子に近づきすぎだって!
「万が一の場合の行動が縛れないのは、良く分かっているよ」
言われて、焦っていた私はざっと血の気が引く。う……。私がいざとなったら単独行動だーとか思ってるの、ばれてるし。
そっちに気を取られていたら、またしてもひそひそ話がうっすらと聞こえてくる。
「王子のアレか?」
「城では仲がいいって噂だったな。奥様の侍女だってのに、遠乗りに連れだしたりして……」
「まさか愛人?」
「うそ! うちのアラン公子だって浮いた話一つないのに」
「アラン様はほら、まだ男同士で剣振り回して暴れるのが楽しい年頃なんだろ。……まさかモテないとか?」
「しかもあの魔術師さんちっこくて可愛いけど、色気は……」
「ああ、うんわかる。魔術師の方じゃなくて色仕掛けならぜったい王子の方だよな。だとすると益々謎なんだが」
「魔術師の素質が元々あったからとか?」
ほら……なんか変な噂になってるよ。しかもアランまで巻き込まれてさ。
ちらりと見れば、アランが悲壮な表情になってうつむいてる。
落ち込むよね、モテないとか言われてさ……。
ゲームだと主人公なのに可哀想すぎる。てか、あのゲームに恋愛要素がほとんどなかったわ。あれ、まさかアランてば、ほんとにモテない? しまった、慰めの言葉が思い浮かばないよ。
あちゃーと思って、片手で顔を隠してうつむいてしまう。
その間に何があったのか「ひっ」という悲鳴と共に、話し声が止んでしまった。顔を上げた時には、ひそひそ話をしていた兵士さん達はどこかへ行ってしまっていた。
代わりに微妙な表情のカインさんと落ち込んでいるアランがすぐ近くまで寄ってきていて、レジーは私から一歩離れた場所で、なんだか氷のような笑みを浮かべている。
何があったか……聞くの怖いな。
私は早々に忘れることにした。追及すまい……。なんか聞いちゃいけなさそうな気がするし。
そしてレジーは、何事もなかったかのようにアランに声をかけた。
「そろそろ移動しよう。予定通りに進んでるし、アラン君はもう一方を」
「わかった」
アランはこれから別行動となる。そのための布石は、昨晩のうちに打ってあるらしい。
気を取り直したように顔を上げたアランは、ふと青空を見上げて……ため息をついてからその場を去って行った。
だめだあれ。まだ気に病んでるよ。
「さ、私達も移動しよう」
レジーの言葉で私はカインさんの連れてきた馬に、同乗させてもらう。
ここからは敵との駆け引きが始まった。
レジー率いる兵達が急ぎ足で移動を始める。私も魔力温存を兼ねて馬で進む。
ルアイン軍がそれを追うように移動を始め、土人形が出てこないことから急速に騎馬部隊が追い上げて来ようとする。
すると様子を見ていたレジーが私に土人形を出すように指示する。
次の休憩地で土人形を登場させると、ルアイン軍の歩みが遅くなって距離を置こうとする。
するとレジーは次の休憩地まで土人形に殿を歩かせ、また魔法を解除させる。
再びルアイン軍が様子を見ながら後を追い、次の休憩地から土人形がいないと、再び距離を詰めてきた。
ちょっと慣れてきた私が、次の土人形はもうちょい強そうな感じにしようと、鬼の角をつけてみたりもする。
すると敵をあまり混乱させるなとレジーにやんわりと叱られて、胃が縮む思いをすることになった。
その隣で笑っていたカインさんは、物見台の代わりである土人形から見えたものをレジーに報告。それを聞いたレジーが、地図を出して部下達に進む速さを指示し直した。
そんな過程を踏みながら、半日近くかかって丘陵地の草原に差し掛かったところだった。
敵もこちらのリズムを見て、それなりの時間の休憩をはさまないと土人形が出せないと思ったのだろう。
丈高い草が生い茂る場所で行軍を止め、土人形を土塊に戻してカインさんと馬に乗ったところで、ルアイン軍が進撃してきた。
進軍を指示するラッパの音が耳に届いた。
鬨の声に、私は思わず肩をびくつかせる。
「大丈夫。そのままこらえていてください」
私の後ろで馬を操るカインさんが、そう言って馬を走らせた。
何度も休憩を繰り返す間に、レジーや騎馬で進む兵は後方に、徒歩の兵を前に配置していた。歩兵は草原にさし掛かったところからは立ち止まらせてはいない。今頃は必死に走り続けて草原の中を逃げているはずだ。
レジーや私達は歩兵を追いかけるように、草原の続く左手の丘陵へ向かって馬を駆けさせた。
左手の丘陵は、途中が土砂崩れが起きたのか小さな断層が見えている。そこまでは馬の丈ほどの草が生い茂っていた。けれど馬上にいれば、騎乗している人の姿は見える。
敵もこちらを逃がしたくはないのだろう。一気に叩くつもりで騎馬兵を前に据えていたようだ。一定の距離はあるものの、引き離されずについてくる。
お互いの馬の疲労度は同じくらいだ。
何度も休憩を重ねたので、ある程度疲れてはいても走るのに支障はない。
草が生い茂っているせいで馬は走りにくいようだが、それでも細い道らしきものがあり、それをレジーが率いる兵は辿っているので、なんとか進むことができていた。
私はカインさんに支えられるように馬にしがみつきながらも、ちらちらと後ろを見てしまう。
「かかか、カインさん、なんかさっきより近づいてきています!」
「そうでしょうね」
馬上にいると、背後から迫る敵の集団がしっかりと見えるのだ。当然彼らも、私達が通っている小道を走っている。
恐れをなした私と違い、カインさんは余裕の表情で前を見ている。
「私、ほんとに何もしなくて大丈夫ですかね!?」
「……何かしないと落ち着きませんか?」
尋ねられて、こくこくとうなずく。
作りだした危機的状況とはいえ、一歩間違えると全滅の憂き目に遭う。そんな中、何かができるのに手を出すのはご法度となれば、誰かが犠牲になるのではないかと気が気ではない。
「では……『始まったら』足を引っかけるぐらいは目をつぶりますよ」
「わ、ありがとうご……」
御礼を言いかけた時だった。
左手の草原の中から無数の矢が放たれた。
「ひいっ」
あと少しで私達も巻き込まれかねない矢の軌跡に、私は思わず身を縮めた。
けれどこれがレジーの策だ。
逃げる私達を追いかけるルアインの騎兵は、弓矢に足止めされ、あるいは馬に矢が当たって振り落とされたり、兵士自身が射抜かれた。
後方に下がりたくともそちらは火矢が撃ち込まれ、一部だけだが草原が燃え始める。本来ならば、青々と水を含んだ草はそう簡単に火がつかない。けれどもこの策のために、特定箇所には火だねになる枯草を撒いていたのだ。
そのため騎馬は火を忌避して前へ進もうとした。
ある程度数が減らされたそこに、右手の草原に伏せていた兵が姿を現す。
「突撃!」
号令に応じて、数千はいるだろう無数の兵がルアイン軍を横から叩いた。
まず先頭にいたルアインの騎兵が壊滅した。
後方にいた兵も、こちらを追いかけることに集中してしまったせいか対応が遅れて戦列が崩れた。
レジーの計画通りだった。
昨晩の早いうちに、城から騎士数人が抜け出し、この丘陵地に近い分家まで走った。そこは城よりも少し南側なので、まだ被害が及んでいないはず。そこで兵を集めて丘陵地に伏せさせたのだ。
抜け出したアランは、そちらに合流して兵を指揮しているはず。
また、近くまで迫っているはずの、レジーが依頼した二貴族の援軍もここへ誘導していた。
先に出発した騎士の一人は、まっすぐに援軍の方へ作戦を知らせに走ったのだ。
一方のレジーは自分を餌にルアイン軍を連れてきた。そして援軍と合流しながら、つられるように戦列を伸ばしたルアインの軍を叩いて減らしたのだ。
これでルアインも、援軍の存在を知るとともに、兵を失って攻城を考えざるを得ない状況になるはずだった。
でも勢いで押しているとはいえ、ルアインも後方にまだ五千以上の兵が控えている。長引けば、援軍の兵やこちらもある程度の消耗を強いられるだろう。
「完全な勝利を得るのが目的では、なかったですよね?」
私はカインさんにそう言って、戦場から離れた場所で馬を降りた。
「キアラさん!?」
止められる前に、私は土人形を再び作りだす。
この半日間で何度も使ったせいで、ちょっと息切れがしそうだ。でもまだやれる。
土人形に手を差し伸べさせ、どっこいしょと掌に乗る。
土人形には両手で私を包み込むようにして胸の辺りに持ってもらい、私はルアイン軍に向かって進ませた。
「威圧をさせるつもりかの? イッヒヒヒ」
察したホレス師匠に私はうなずいた。
巨大な土人形を見たルアイン軍は、攻城戦での悪夢を思い出したのだろう。じわじわと兵を引いて行き、丘陵地の北まで撤退して行ったのだった。
日付変更線超えちゃいました…。
一応26日夜も、間に合ったら更新したい…予定です。




