茨姫と記憶 1
急ぎ立ち去ろうとしたエイダさんが、そこへすれ違いかけたフェリックスさんに気づいた。
言うべきことがあったんだろう。馬を止めてもらって、フェリックスさんと何かを話している。
でもすぐに、二人は離れてしまう。
エイダさんは林の中に姿を消し、フェリックスさんはレジーの元へ。
……気になるのは、エメラインさんやジナさんと、エイダさんは彼のことが好きになったのではないかと話したことがあるからだろう。でも聞くのは無粋だからと思っていると、折よくレジーがフェリックスさんに尋ねてくれた。
「エイダ嬢と、もっと別れを惜しんでも良かったんだよ、フェリックス。君も随分彼女に関わっただろう?」
茶化すような言い方に、フェリックスさんは困ったように返した。
「手のかかる方でしたね……。でも謝罪はされましたから」
なるほど。エイダさんはたぶん、フェリックスさんを殺しかけてしまったことを謝り、フェリックスさんはそれを受け入れた、ということなんだろう。
それで終わりというのが、こう、ちょっと寂しい気もするけれど。お互いに生きていればまた会う機会があるかもしれない。そう考えられる分だけ、どちらも生きていて良かったと私は思えた。
「あの、茨姫もありがとう。前はゆっくり話せなかったけれど、トリスフィードでは私も助けてもらって本当にありがとう。それで……レジー、あれを持っている?」
あれ、と言うだけでレジーには何なのかがわかったようだ。
「持ち歩いているよ」
レジーが上着の内側にあるポケットから出したのは、古ぼけた赤いリボンが巻かれた、紋章の掘られたカメオと、宝石もついていない黒ずんだ銀の指輪だ。
レジーはそれを茨姫に差し出して、言った。
「君の名は、エフィアと呼ぶべきなのかい?」
カメオと指輪を見せられた茨姫は、じっと見つめてからふと息をつく。
「いいえ。茨姫のままで。今はもうその名前で、呼ばれるべきじゃないから。カメオは渡してくれたら嬉しいわ。指輪は……貴方が持っていた方がいいわね」
茨姫はじっとレジーを見上げる。
その言葉で、やはり指輪はレジーのお母さんのもので間違いないのだとわかる。形見だから、子供のレジーに持っているように言ったのだろう。
その様子を見ていたアランが、レジーに言う。
「この魔術師殿はうちの軍にいてくれるんだろ? キアラと一緒にどこかで休んでもらっておいて、主要なことをかたずけたら……お前もすぐに抜けて良い。だから先に済ませてしまおう」
今は戦闘直後だ。レジーもすぐには動けない。先に状況を把握して決定を下した後でなければ、茨姫と話をするわけにもいかない。
アランはそれを早く済ませて、ある程度で切り上げるようにレジーに言ったのだ。
「……ありがとうアラン。ウェントワース、君に二人のことは任せていいかい?」
「承りました、殿下」
アランの提案通りにすることにしたレジーは、カインさんに私と茨姫のことを任せて、指揮をとるために他の人々がいる場所へ戻って行った。
フェリックスさん達もレジーに続く。
そして私は、カインさんに付き添われながら、後方にあって無傷だった私の天幕の中に茨姫を招いた。
茨姫は私と並んで敷物の上に座る。そうすると、茨姫が本当に十二歳の少女にしか見えない。
水しかないけれどカップに注いだものを出すと、茨姫は「あらありがと」と言って受け取ってくれた。
その様子を見ながら、私はじりじりした気持ちになる。
……沢山聞きたいことがありすぎて、どう切り出していいのかわからない。
どうやってここまで来たの?
どうして茨姫は、ずっとその姿なの?
どうして……貴方は未来に起こるはずだったことを、知っているの?
でもじいっと見過ぎたんだと思う。茨姫が笑い出して、困ったように私を見た。
「キアラ、色々質問したいって顔をしているわ」
「え、あ……はい」
私は素直に認めることにした。すると「ふぉっふおっ」と師匠が笑い出す。
「端から全部質問してしまえばいいじゃろ、弟子よ」
「……………ちょっとキアラ」
一方茨姫は、水を飲み切ったカップを側に置いて、とても気味悪そうに師匠を見る。
「なんでしょう?」
「私は前から聞きたかったのよ。老人をその薄気味の悪い人形の中に入れたのは、どうしてなの? 趣味なの?」
「え! 趣味ってわけでは!」
否定すると、今度は薄気味悪いと言われた師匠が怒った。
「ええい失礼な小娘め! 最近ようやく気に入り始めたこの体に文句をつけるでない!」
「小娘じゃないわよ。私二十歳はもう越えているもの」
「ちんまい身のままでは小娘じゃ」
「私より小さいくせに、文句をつけないでいただきたいわ。そもそも、望んで成長しないわけではないのだから」
言い合いをしていた師匠が、そこでふっと言葉を変える。
「魔術の影響だというのか?」
「……そうね。私はちょっと特殊なのよ。死んだ相手の能力を引き継げるけれど、代わりに成長しない体になってしまったから」
「死んだ相手の能力……?」
私がつぶやくと、茨姫がうっすらと口元に笑みを浮かべた。
「そうよキアラ。おかしいと思っていたでしょう? 私の魔術が、茨を操るものだけではなさそうだから」
前回から間が開いてしまってすみません。
そろそろ「私は敵になりません!」もラストに近づいてきました。もう少しだけお付き合いいただけたら幸いです。
また新連載「元令嬢は召喚主を成り上がらせたい!」はじめております。ご興味がありましたら宜しくお願いいたします。




