頑固者同士だから
連れて行かれたのはレジーの部屋だ。
「内密の話になるから、遠慮してもらえるかい?」
レジーの言葉にグロウルさんが一礼した。そのまま、仕方なさそうな表情のカインさんの鼻先で扉が閉められてしまった。
閉まる直前に、複数人のため息が聞こえた気がした。
すたすた部屋の中央に進んだレジーは、そこにいた侍従のコリン君に注文をする。
「水でいいんだけど、持ってきてくれるかい? 長い話になるかもしれないから、砦の外を三周するぐらいにゆっくりで頼むよ」
「え……承知いたしました」
コリン君は戸惑いながらも部屋を出て行く。
そうして二人きりになった部屋の中で、レジーは椅子に座る。
王子の彼が寝泊まりするとはいえ、砦の部屋は恐ろしく簡素なものだ。私が借りてる部屋とそう大差はない。木の質素な長方形のテーブルと、背もたれがある平民でも使っていそうな椅子が四つ。
とりあえず座ったのだから、レジーに話すつもりはあるんだろう。
どうしてとは言ったけど、冷静になってみればレジーが無茶をした理由はわかる。
私が、思うように魔術を使えない状況。さらに敵の戦力に魔術師くずれが多くなり、氷狐達だけではカバーしきれなくなること。
兵を率いながら、損耗を防ぐためにも兵を守る必要があるレジーが、他の手段を求めてもおかしくはなかった。
ここまで歩いて来る間に落ち着いた私は、もっと先に確認するべきことを思い出していた。
「レジー、どうなったか確認してもいい?」
「いいよ」
応じてくれたレジーは、マントや上着を外して無造作にテーブルの上に置くと、シャツの腕を捲り上げてくれた。
腕には赤黒い、茨の蔓が這ったような痕ができていた。茨が引っ掻いて刻印したような、痛々しいものだ。
「こうなったのか」
本人もどうなるのかわからずに頼んだらしい。思いきりが良すぎるんじゃないだろうか。
「痛くないの?」
「まだ多少ひりつくけどね」
レジーは微笑んで見せるけど、顔色は良くない。
私が役に立たないせいだ。土ねずみを犠牲にして、グロウルさん達も危険な目に遭わせてまで助けてもらったのに、結局はレジーの負担を軽くしてあげることすらできない。
情けなくて、それ以上何も言えなくなって、視界がじわりと滲んでいく。
涙がこぼれ落ちる前に、レジーの指が目元を拭っていった。
「泣かないで、キアラ。君のせいでこうなったわけじゃない」
優しい言葉にほっとする。レジーはいともたやすく私を不安にさせて、安心させもするんだとしみじみ思った。
「これ自体は、私の負担を減らすためのものだよ」
「負担?」
「指先から火花が散るだけだったら、それほど気にしなくていいんだけどね。契約の石の砂が入り込んでから、度々熱に悩まされていたから。それを体に負担をかけずに発散する道を、茨姫が作ったんだよ」
「この痕に沿って、魔力が流れるの?」
「そう言っていた。だから魔力が体の他の場所に影響を与えることが少なくなって、楽になるらしいよ」
楽になる、とは確かにあの時も言っていたけど。
「じゃあ、体に入り込んだ契約の石の魔力を使えるようにしたっていうのは?」
「魔力を集めて一か所から発することができるわけだから、ちょっとした手品みたいなことができるみたいだね」
私は不信感でいっぱいの眼差しをレジーに向ける。
その程度で済むのなら、レジーは私に内緒にしない。わざわざここまで話を引っ張るような話があるはずだ。
「茨姫には他にも何か言われたんでしょう? じゃなかったら、あの場である程度は言えたはずだよね?」
追及すると、レジーがため息をつく。
「時間を置いたから、気がそれてくれるかなと思ったけど……難しかったか」
やっぱりそういう目論見だったか。
「茨姫はね、手品を手品以上にする方法を教えてくれたんだよ」
「……それが、危険なことだから言わなかったの?」
「どこまで耐えられるか次第だ、と言っていたけれど」
そんなことを言われたら、レジーは絶対にぎりぎりまで無理する。そのつもりだろう。体調不良でさえ隠し続けてた人なんだから。
「耐えきれなくなる可能性もあるってことじゃないのかな。……できれば、そういう方法は使ってほしくないよ、レジー」
恐る恐る止めようとした私の言葉を、制するようにレジーが言った。
「でもね、茨姫は必要だからそれを使えるようにしていったと思うんだ」
「必要だから?」
「彼女は君の運命を変えたと言ってた。それがとても気になるんだ」
確かに私も、どういうことだろうとは思っていた。
私は、自分で前世やゲームのことを思い出して、これから起こるだろうことから逃げ出したと思っていた。茨姫と初めて会ったのは、その後だ。
と、そこで私は思い出す。
茨姫にもらった契約の石。あれがなければ、私は魔術師になれなかった。
レジーもヴェイン辺境伯様だって殺されていたかもしれない。
だとすると、茨姫が『運命を変えた』というのはそのことだろうか。
私の考えを話すと、レジーはうなずいた。
「茨姫は、もしかすると未来が見える人なのかもしれない」
「でも待って。未来が見えるような魔術を使えたとしても……普通は、魔術って一種類しか使えないって師匠が言ってたの。せいぜい二種類だって。茨姫は、茨を操るだけで一種類。その他に未来が見える魔術か何かを使えたとして、突然やってきて消えたあれも魔術でしかできないことだし」
「あり得ないとは言っても、絶対ないってことじゃない。キアラが前世の記憶を持ってることだって、普通ならあり得ないことだろう?」
「うん……」
三つの魔術を使える人だって、いるかもしれない。それは否定できないんだ。
うなずく私に、レジーが教えてくれた。
「その茨姫が言ったんだ。君の魔力を私を介して通せば、魔術と言って差し支えないだけの力をふるうことができるって。もちろん私の属性に変わるから、土人形は作れないけれどね」
とすると、私の魔力を使って雷の魔術を使うことになる、ってことだろうか。師匠も同じように風の魔術を発動したのだから、できるだろうけど……。
「私は、できることは全てやっておきたい。それがファルジアを奪還して……子爵達を倒すことで、君を守れることにもなる」
「だからってレジー自身まで犠牲にしなくても」
「君は?」
そう言ってレジーは私の手を掴んで、両手で包み込むようにした。
「君は自分の身を削っても魔術を使って助けようとしてくれる。元に戻せるとしても、いつも思っていたんだ。……君の犠牲に見合うものを、私は差し出していないんじゃないかと」
「そんなことない。レジーは沢山私に色んなものをくれてるじゃない」
犠牲に見合うものとか、そんな辛いことを要求するなんて思いつきもしなかった。ただ受け入れてくれたらそれだけで良かった。
私が好きでそうしているんだから。
「少し前ににね、ウェントワースに言われたんだ。君に無茶をさせたくないのなら、私を守らせてやれと」
「え……?」
レジーを私が守れば、無茶をしなくなるってどういうこと?
よく意味がわからない私に、レジーが苦笑いする。
「お互いに守ることを譲れないのに、お互いに拒否することで悪循環になってしまうからだろうね。それもあってウェントワースが言ったんだと思うよ。でも私を含めて守りたいと思うなら、協力してほしい」
私は目を見開いた。
レジーが、私に真正面から協力を求めてくれたことに。
嬉しい。でも協力したら、レジーが危険な目に遭う可能性だってある。だから踏み切れなくて、不安でたまらない。
「加減は君がしてくれたらいい。たぶん私にはできないだろう。それに、側にいて君が主導権を握った方が安心できるんじゃないかい?」
そう言って微笑むレジーに、私はすぐに答えを出せなくて……うつむいてしまった。




