リアドナ砦へ戻って 2
ほんの少しだけ、レジーのあっさりとした様子に私は寂しくなった。しかも師匠まで持って行かれてしまった。
けど、それよりカインさんとエメラインさんだ。
「あのエメラインさん、土ねずみのことありがとうございます。だけど犠牲にしてしまって……」
軍衣姿も凛々しいエメラインさんは、笑って「気にしないで」と言ってくれた。
「先に殿下にも謝られたけど、元は魔獣なんだから。家に残っている子達がまた勝手に増えるわ。三か月もしたら、餌をやり過ぎると倍になるのよ」
増える時はネズミ算式なんだ……。
「まずは身づくろいしましょう。あ、そこの方、傭兵のジナを私の部屋の隣に呼んで来てくださいな。魔術師が戻ったから、と」
エメラインさんは近くにいたデルフィオンの兵に指示すると、先導する。
カインさんもミノムシを解除してくれないので、私は抱えられたまま移動することになった。
ただ顔を出していたので、砦の中ですれ違った兵士さんが、小声で言い交わしていた。
「え、魔術師殿!?」
「助けられたのか? ……ていうか拘束されてるわけじゃないよな、あれ」
「ミノムシに職変えしたんじゃないのか?」
聞いていたエメラインさんも、カインさんもくすくす笑う。
気持ちは複雑でも、笑ってくれるので私も頬が緩んだ。一時は、もうこんな風にささやかなことで笑い合えないかと思っていたから。
そのせいか、つい目に涙が滲む。レジーと会ってから涙腺が緩んでしまったみたいだ。
するとカインさんが私を抱え直して、肩を支える手で目元を拭った。
「もう大丈夫ですよ。みんないます。貴方が助けたフェリックスも、戦闘に参加したいと言ってきかなかったくらいで。仕方なしにグロウル殿が縛りつけていましたが」
グロウルさんはけっこう力技で行く人だったらしい。
「まだフェリックスさんは治っていないんですね」
「私の方は切り傷でしたから薬が効きましたが、フェリックスは火傷ですからね」
「後で様子を見に……」
「今日は止めておいて下さい。あなたもかなり疲れたでしょう。無理をしたら倒れますよ」
カインさんに注意されるのも久しぶりで、はいとうなずきながら、そんなことすら嬉しかった。
やがてエメラインさんが案内してくれた部屋に入る。
砦の中の部屋なので、石壁に簡素な寝台と無骨な椅子とテーブルがあるだけだ。むしろそれだけの物があるだけいいかもしれない。
それに寝具を置いてくれているあたり、今日の戦闘で私を確保したら使わせるつもりで用意してくれてたんだろう。
「うう、エメラインさんありがとう」
衝動のまま抱きつきたいが、今の私はミノムシだ。カインさんに降ろしてくれとお願いして床に着地する。
さて抱擁をと思ったら、エメラインさんが身支度の準備をするからと出て行ってしまい、その場でカインさんと待つことになった。
いつ帰ってくるかわからなかったもんね。足の汚れも酷いから、水とかも持ってきてもらわなくちゃいけないだろう。手間をかけさせてしまうけど、私もすぐにあちこち動き回るのは怖いのでエメラインさんに甘えたかった。
じっとしていると、さすがに毛布でぐるぐる巻きだと立ちにくくなってきた。バランスがとりずらいからほどきたいが、レジーはどうやったのか、自分でこの包帯のようにぎっちりと巻かれた毛布がほどけない。
「あのカインさん、この毛布なんとかしてくれませんか? さすがに苦しくなってきて」
頼めばカインさんがぐるぐる巻きの毛布をなんとかしてくれる……というか、ほどかれて初めてわかった。
「ああ、外れないのはこれのせいですね。……きっちりと結びすぎてる」
「結ぶ!?」
レジーは毛布を巻きつけたあげくに端を結んでほどけないようにしたらしい。
私が暴れるかもしれないから? そんなバカな。
わけがわからないと思いながら、ぐるぐる巻きから脱出した。それでも一応肩にはかけたままだったんだけど。そうしてみれば、レジーは下のマントも端をしっかり結んでいた。
さすがにこれをほどくのは、下は寝間着だけなので遠慮したんだけど、それを見たカインさんが噴き出した。
「わ、笑っちゃだめですよカインさん。変な格好ですけどこれ以上は仕方なかったんです」
「いえ違いますよ。殿下のお考えがあからさまで」
そう言いながら、カインさんが肩にかける形になった毛布の端を首元で結んで、前を合わせて見えないようにしてくれる。
「あからさまって……」
「目に毒というより、ちょっと煽情的だったんでしょう」
「せんじょ……」
またしても、今までの私の人生にあり得ない単語が出てきた。前世だって色気よりゲームだったし、今の人生でも言われたことがない。
誰か別な人のことじゃないかと思いそうになる。
同時に、カインさんが好きだと言ってくれたことを思い出した。
誰も好きにならないでくれと。でなければ兄代わりの立場から外れてしまうかもしれない、なんて。
レジーが好きだと気付かれてしまったら、もう兄代わりは止めてしまう? その時カインさんがどうするのかと思うと少し怖くなって、とたんに緊張してくる。
そんな時に、頬に触れられたせいだろう。私は無意識に身じろぎした。
カインさんはすぐに手を離し、私の顔を覗き込む。
「先ほども、兵士に触れられるとわかったとたんに顔色を変えていましたね」
顔色まで変わってたの?
「私が怖いですか?」
「あ、えと、そうじゃなくて」
色々と思い出してしまったせいだ。
好きだと言ってくれたカインさんも、不意に触れてくることはあるけど、無理強いはしてこない。だけど今回、そういうことがあったせいで、過敏になりやすいんだと思う。
そこまでわかっていながら、無意識の行動はどうにもできなくて、ますます私は困惑した。
するとカインさんが言った。
「抱きしめるのは大丈夫ですか? ……貴方が無事だったと、もう一度確認させてください」
カインさんも、私が囚われたせいで不安だったろうと思うと、拒否すべきじゃないと思った。それにさっき抱えられていた時は平気だった。
うなずけば、カインさんは私を毛布でくるむようにして抱え込んだ。
そのまま頭を撫でて子ども扱いしてくれるので、一瞬感じた緊張もすぐにほどける。
ほんの十秒ほどだっただろうか、私を離したカインさんは、何かを納得したようにつぶやいた。
「……だいたい何が起こったのかはわかりましたよ」
「?」
首をかしげていると、エメラインさんと一緒にジナさんがやってきた。
二人は敷布やお湯の入った桶に、拭うための布に着替えだろう衣服など、様々なものを運んで来た。
しかしお湯まで用意をしてくれるなんて、とびっくりした。戦場を駆けまわったら土埃まみれになるからだろうか。
「ただでさえ私、土魔術を使うせいで土埃がひどいもんなぁ」
とつぶやいたら、ジナさんがちょっと怖い表情になった。
「キアラちゃん、そうじゃないでしょ。無事じゃない可能性があったのよ? 何もされてない? 服もろくに着てないって聞いたわ。元気なふりをしないで。我慢しなくてもいいのよ」
そう言ってジナさんが、毛布にくるまっていた私を抱きしめてきた。
どんなに鍛えていても、女の人らしい体格と香りに心のどこかが緩んだ気がする。そのまま電気のスイッチを押したように、ぽろぽろと目から涙がこぼれおちた。目を潤ませる暇もないくらいに。
「あれ、どうして」
私が泣いているのを見たジナさんは、黙って自分の胸に私の頭を抱え込んでからカインさんに言った。
「ここまでありがとう。後で報告には行くから、席を外してもらっていい?」
「では宜しく頼みます」
カインさんはそれだけを言って、部屋から外に出てくれた。
ああでも、あのままだとカインさんに誤解させてしまったかもしれない。
ぎりぎりだったけど、何もなかったのに、変にカインさんのせいだなんて思わせてしまったらどうしよう。
ジナさんなんてすっかりそういうことがあったんだろうと思っているようだ。
「体、気持ち悪いでしょう? 綺麗にしちゃいましょう?」
と言ってくれるので、私は急いで報告した。
「あの、酷いことにはなってないのジナさん。エイダさんが……助けてくれたから」




