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私は敵になりません!  作者: 奏多


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伸ばされた茨 2

「ふん……その強情な気質も受け継いだのか。やはりアンナマリーの親族だけある」

「……親族?」


 よくわからないけれど、クレディアス子爵が執着しているアンナマリーという人に私は似ていて、その原因は親戚だからということらしい。私は母似だと聞いたことがあるので、たぶん母親の親族なんだろう。


 そのせいでこんな人に執着されてたの?

 唯一、この世界で薄らと優しかったような印象を持っている家族だったのに。そう思うと怒りが湧いてきて、まだ抵抗できる気がしてきた。


「まだ抗う意思があるのか? しかし土に関わる物が無ければ無駄だろう。そのためにこんな小屋に放り込んだのだからな」


 ……だからか、と思った。

 ファルジアの一般的な建物だと、石造りや煉瓦造りのことが多い。床はだめでも壁とか、そうでなくとも暖炉ならば土に関わるものが必ずある。

 私をイサークから隠すために、自分達が逗留している場所へ連れて行かなかったのかと思ったら。それだけでなく私が抵抗できないようにするために、こんな小屋に放り込んだんだ。


「さぁ、邪魔が入らぬうちにお前を躾けておこう。抵抗する気にならなくなるようにな」


 そう言ってクレディアス子爵が、ゆったりと私の頬を撫でさする。気持ち悪さで吐き気がした。


「いやっ、離れなさいよこのロリコン!」


 なにせこの子爵はロリコンが確定している。私がパトリシエール伯爵に引き取られたのって、たしか10歳くらいの時だったよ!? その時に初めてこのウシガエル子爵と会ったんだ。

 それから結婚しても仕方ないだろうと言われる年齢まで指折り数えてたと思うと怖気が走る。

 しかもイサークの時みたいに、演技なんかじゃない。このままだと酷い目にあわされる。


 魔力を操られていないのをいいことに、私は精いっぱい暴れた。

 蹴り上げようとした足は、のしかかられて封じられる。

 それならばと殴ろうとしたら手を拘束されろうになって、気持ち悪いけど子爵の手に噛みついたけど、


「大人しくしないか」


 頬を殴られた。

 そう思った次の瞬間には、頭がぐらぐらして一瞬気を失ったようだ。気づけば歯が口の中に当たって切れたのか、鉄の味がする。

 衝撃に呆然としている間に、体をはい回る手が、腕から肩、首へと撫でた子爵の手が、胸元へと降りて行く。


「こうして早々に私に屈していれば良かったのだ。ああ待つ時間は長かった……。この代償に、お前をさらった王子達は目の前でじっくりといたぶって殺してやろう。くくっ」


 クレディアス子爵が口にした言葉にかっとなる。


「お前という邪魔者は私の手の内。魔獣を飼っているようだが、魔術師くずれを操ればいくらでも……」


 私は首元に顔をうずめられた瞬間、私が動かなくなったからと油断して離していた左手で、子爵を張り倒そうとする。


「まだそんな気力が……」


 苦々しい顔をするが、残念、こっちはフェイク!

 私は右の指にはめていたレジーの指輪を、長く大きな針に変えていた。

 気合いとともに突き出した手に、針が間違いなく子爵の腕に刺さった感触を伝えて来た。

 肉の弾力が生々しく伝わって気持ち悪い、でもこれでも気が済まない。


「がああっ!」


 クレディアス子爵は相当痛かったようだ。叫び声を上げながら私から尻もちをつくようにして離れた後、怒りに任せて私の魔力を抑えにかかった。


「なんというじゃじゃ馬だ。けしからん」


 文句を言いながらも、ぐったりと仰向けに倒れるしかない私にほっとしたようだ。またその顔ににたりとした笑みを浮かべる。


 それでいい。上手く引っかかったと私は思った。

 もう息苦しくなってきている上に、魔力を荒らされて意識が途切れそうだ。この状態で闇雲に魔術を使えば、私は砂になるだろう。

 レジーの指輪も砂になってしまったし、もう抵抗する方法が他にない。

 本当はクレディアス子爵を道連れに殺してやりたかったけど、そうできないなら利用できないように自分を消すしかない。


 ……ごめんね、と思う。

 仲良くしてくれた人達。こんな私を命をかけてまで守ろうとしてくれたカインさん。一緒に滅びてもいいと言ってくれた師匠。

 そしてレジー。

 もう一度、会いたい。また頭を撫でて、大丈夫だって言って抱きしめてほしかった。

 家族みたいに思っちゃいけないってわかってるのに、どうしてこんなに慕わしいんだろう。


 思い出すと覚悟が揺らぎそうで、私は木の床で隔てられた土を無理やり扱うため、魔術を使おうとした。それぐらい無理をしたら、きっと……死ねるから。

 けれど。

 ふっと空気が変わったと思った瞬間、小屋の壁の一面が炎に包まれた。

 急激に空気を熱し、続く壁に、床に炎が燃え移ろうとしている。


「くっ、なんという邪魔を! エイダか!」


 壁際にいた子爵は、服に炎が燃え移りそうになって、慌てて小屋の外へ逃げて行った。

 扉を開いた向こうには、地面に倒れた人の姿があった。


 ――エイダさん。


 彼女を見つけたクレディアス子爵は怒鳴った。


「貴様! なんてことをしたんだ!」

「あの子がいなければ、殿下はわたしに振り返ってくれるはずだったのよ! 憎んで当然じゃない! 悠長なことをして殺さないなんてっ」

「この馬鹿者!」


 悲鳴が上がる。

 蹴られる姿を見た瞬間、心が痛くなる。だけど庇える力は、もう私にもない。

 顔を横に向けて、目を開いていることぐらいしかできないけれど、痛みをこらえるエイダさんと視線が合った。

 その青緑の瞳が涙を流しながら、何かを訴えるように私を見つめていた。

 憎しみなんて一カケラもそこには見えなかった。


「エイダさん……」


 つぶやく間にも、エイダさんがまたクレディアス子爵に蹴りつけられた。


「早く火を消せ! 私の、アンナマリーが!」

「あ……たしがっ、燃えた火を消せないのは、知ってるでしょ……」

「くそっ、誰か! 誰か水を持って来い!」


 答えた後、エイダさんは気絶してしまったようだ。

 でも彼女の気持ちが、口にした言葉とは違うことはわかった。

 エイダさんはこのまま酷い目にあうぐらいならと、私を死の世界に逃がそうとしたのだろうか?


「私のために、痛い思いまでさせて……ごめんね」


 私もエイダさんを助けられない。だけどおかげでクレディアス子爵から逃れることができた。

 やがて彼女の姿は、扉の辺りを取り巻き始めた炎に遮られて見えなくなってしまう。

 空気の熱さに悲鳴を上げそうになったけど、これで子爵が絶望してくれるなら願ったりかなったりだった。


 けど、不意にそれがかき消えた。

 もうろうとする視界に映るのは、緑と淡い薄紅の花。

 綺麗だけど、薔薇ほど豪華じゃない花は、茨だ。いつの間にか茨で包まれていた。

 火や熱から守られたと思った次の瞬間、指先に棘のようなものが刺さった。


「いっ……」


 痛みに呻いて、手を離そうとしたけと指に茨の蔓が巻き付いて、離れない。

 焦った瞬間、ふと息苦しさが引いたような気がした。すると気力が湧いて、体の中の魔力が落ち着いて行く。


 それはまるで、魔術師の契約をした時に、ホレス師匠が手伝ってくれた時のような感覚だ。

 何だこれ? と最初は思った。

 けれど契約、契約の石、そして刺さった茨に、私は思い出す。


「茨……姫?」


 指先に巻き付いた茨が、その呼びかけに素知らぬふりをするかのように、しおしおと枯れていく。

 目の前の淡い桜色の一重の花は、何も語らない。

 だけど物言わぬ動物がじっとこちらを見る時のように、私の様子を伺っているような気配を感じた。


 まさか茨姫って、こんな遠い場所の茨にまで影響を与えられるの?

 もしそうだとしたなら。だから何かあった時に、茨姫が助けられるようにあの石を使えと言うことだったとしたら。


「これ……。絶対にそれを使いなさいって、こういうことだった、の」


 何か起こった時に、助けられるようにとそう思って私に指示したのだろうか。

 茨姫は、同じ石を飲みこんだ魔術師なのだろうか。……いや、茨姫が私が使った石のかけらを、いくらか取り込んでいたから、影響を与えられたのか? そうとしか思えない。

 だけど契約をするわけにはいかないから、魔術師にしてあげることはできないという意味なのだとしたら。


「はっきり言えばいいのに……長生きし過ぎて、説明がおっくうなのかな」


 思い出すと懐かしくなって、目にじわっと涙がにじむ。

 でも、どうして茨姫はそうまでして私を助けてくれようとしたんだろう。

 そもそも私が魔術師になるって知っていた?

 茨姫は、起きるはずだったことを知ることができる人なの?

 茨を操るだけじゃなく、もう一つ魔術を使えるような魔術師だったんだろうか。


 そんな私に呼びかける声が聞こえた。


「おいしっかりしろ!」


 熱くない空気とともに聞こえたのは、イサークの声だった。


   ◇◇◇


「せっかく……ここまで来たのに。死なせないわ」


 呟き、彼女は茨をぐっと握りしめた。

 皮膚が破れて血が滴っていく。

 そのうち数滴が、茨姫が膝まで浸かった泉の中に落ちて広がり、他は赤黒い岩に絡む茨へ吸い込まれるように消えて行った。

 そのまましばらく目を閉じ、じっとしていた茨姫は……やがて大きく肩の力を抜き、側にあった岩に縋るようにして泉の中に座り込んだ。

 銀の長い髪の先が、泉の上に広がっていく。


「エフィア……今度こそ、やり遂げてみせる。だからもう少しだけ、貸して……」


 茨姫は泉の中の大きな赤い石にすがりながら、願うようにつぶやいた。

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