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私は敵になりません!  作者: 奏多


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事故の余波は思いがけなく 1

 キスなんていうものは、前世であっても自分からは遠い代物で。

 同じクラスの美人な女の子が、どこそこの男子と二人で話ながら歩いていたというだけで噂になるような年頃だった。

 当時の私は、はやし立てられるの大変そうだななぁと、他人事のように思うぐらいの、実に平凡な中学生活を過ごしていた。


 中学二年だもんね。

 異性のことを意識しはじめる子は多かったけど、のんびりした土地だったからか、あまり過激な方向に走る子はいなかったのも。私がそういう話にリアルでは接しなかった理由の一つかもしれない、と思う。


 キスなんていうものは、マンガやアニメやドラマの中で発生するものだった。

 そういった本やTV画面の中で、ぶつかった瞬間にキスしてしまうシチュエーションは見たことがある。

 あの時ヒロイン達はどうしていた? そのまま迫られたりしていたような。あ、どっちかというと一方が気を失っていたパターンの方が多かったかもしれない。


「でもそれじゃ、参考にならないよ……」


 一晩眠っても、頭の中がぐるぐるしていた。だからもう、忘れようと思う。


「あれは事故。事故よ事故……。レジーだって、謝ったってことは忘れた方が、いいってことだよね?」


 そうして彼が言った言葉を思い出す。

 ――嫌だったら、忘れてくれてもいいから。

 あの言葉、どう解釈するべきなんだろう。レジーは嫌じゃなかった? それともやんわりと、自分もこんなことになるとは思わなかったから、私にもそういう方向で考えるようにってこと?


「ぐぬぬぬぬ」

「うひょひょひょひょ」


 唸っていると、抱き上げてそのままにしていた師匠が笑い始めた。


「む、何ですか師匠?」

「なんかこう、表面をくすぐられておるような感覚が、ふ、ふおっ、ぶえっくしょん!」


 師匠が人形のくせにくしゃみをした。

 それに驚いている私は、しわぶきの代わりにぶわっと風が噴き出した。


「ええええっ!? 師匠、なにこれ!?」


 前髪を逆立てるくらいには威力がある風に、私は驚愕する。


「わしだって知らんわい! ぶえっくしょん!」


 ぶぉぉぉと師匠から発生した風で、私の髪が舞い上がった。

 髪を押さえようとして師匠から手を離したとたん、


「あれ?」


 風を噴き出さなくなった師匠が、座っていた寝台の上にぽてりと落ちる。


「お、止まったわい。やれやれ……」


 えっこいしょ、とかけ声を口にして師匠が座り直した。だけど土偶の短い四肢では、柔らかい寝具の上だと動きにくそうで、ややよたついている。


「しかし原因がわかったわい」

「え、一体何なんです? 魔力のせい?」

「ウヒヒヒヒ」


 本当に知りたくて尋ねたのに、師匠は笑うだけで答えない。

 その時、部屋の扉がノックされた。

 毎朝こうしてやってくるのはジナさんだ。私の応答する声に、小さく扉を開けたジナさんが誘ってくれる。


「キアラちゃん、朝食に行きましょう」

「あ、はい!」


 すでに着替えを終えていた私は、立ち上がったところで師匠にねだられた。


「おい弟子よ。今日はわしを連れていけ」

「は? いつもは食べられないのに見たくないって……」

「今日は食事以外にオモシロイことがありそうじゃからのぅ、イッヒッヒ。ほれ、人生延長戦の爺をたまには楽しませんかい」


 師匠にお世話になってるのは確かだし、呪いの人形みたくなっている師匠に、できる限りのことはしてあげたいと思う。

 だから不可解ながらもうなずいた。

 食事時だと、最近はルナール達も一緒じゃないしね。


 最近のルナール達は、ギルシュさんと一緒に食事をしに行くのだ。どうも食事時に、騎士や兵士の中に三匹に餌を貢ぐ人間が複数人いるんだとか。

 通常量以上にいろいろもらえるので、ルナールは男の甲斐性(?)なのかリーラやサーラまで引き連れて、もっと寄越せと可愛くおねだりしてみせるらしい。

 だけど魔獣でも、餌食べ過ぎたら太るんじゃないかな。


 リーラ達の体重を心配しつつ、私は師匠を再び抱き上げてジナさんと一緒に食堂へ向かった。

 いや、食堂というか正餐室? と言うべきかもしれない。

 本来なら男爵一家が皆で同じ時間に着席し、朝と昼と夜ご飯を食べる場所だ。その時には給仕の人もついて、なにくれとなく世話をされながら食べるのだろう。


 とはいえ戦時中なので、そこまで正式な食事の席にはならない。

 おおよそ似た時間にそれぞれがやってきて、持ってきてもらった食事をさっさと胃の中に入れて行って終了だ。


 だから毎日のように会うわけじゃないのだけど。その日はレジーが先に座っていた。

 私は不自然にならないようにしようと思いながら、挨拶した。


「お、おお、おはおは……よ」

「うん、おはようキアラ」


 だめだ、不自然になってしまった。対するレジーはいつものように微笑んで普通に挨拶してくれる。

 恥ずかしい。私一人だけ意識してるみたいじゃないかと思ったら、


「イッヒッヒッヒッヒ」


 師匠の笑い声と共に風が巻き起こる。


「うぷっ、師匠、ちょっ!」

「キアラちゃんなにこれ!?」


 慌てるジナさんに思わず師匠を放り出してしまうと、風も噴き出し止む。


「師匠……」


 こうなるとわかっていたのだろう。私に教えてくれないまま、まだ楽し気に笑うい師匠をじとーっ見る。


「くっ、くくく」


 あげく、レジーにまで笑われてしまった。


「キアラ、前髪はねちゃってるよ」

「わっ、やだっ!」


 ジナさんに指摘された私はせかせかと前髪を触って直した。ジナさんにも変な姿を見られて恥ずかしい。


「なんか、キアラちゃんが持ってると危なそうだから、師匠さんはこっちに座ってもらおうか」


 優しいジナさんがそう言って、師匠を自分の隣の空いた席に座らせる。


「むぅ、面白くないのぅ」


 師匠は文句を言いながらも、大人しく着席した。でもそう言うってことは、やっぱり私が持ってるからおかしなことが発生するの?

 ジナさんを間に挟んだ席に座った私は、考える。

 前にも、師匠が風を噴き出して飛んで行ったことがある。あの時は師匠の頭にくっつけた、石のプロペラを回そうとして魔力を込めたのだ。

 ……ということは、私の魔力がどうしてか師匠に余分に流入して、結果、空気が噴き出すのではないだろうか。それがどうして空気なのかといえば、もしかしてだが、師匠の元々の属性が関係しているんじゃないだろうか。


「……わかりましたよ師匠。原因が」

「ほぅ?」


 しかし、今ここで分析結果を師匠に言うわけにはいかない。変に意識してるってレジーにわかってしまう。

 一方、師匠はカリコリと腰を掻いて笑う。


「わかったところで止められるんかいのぅ。弟子は修行が足りんのじゃよ、修行がのぅ。ヒッヒッヒ」

「ぐ……」


 そうだ。なぜ魔力がそんなに師匠に流入するのかがわからない。師匠の飛行実験の時よりも少量みたいだけど、私は魔力を込めた覚えはないのに。

 すると黙って様子を見ていたジナさんに、食事するよう促された。


「とりあえず食べちゃいましょ、キアラちゃん」


 ここでぐずぐずと師匠とやりあっていても仕方ない。私は急いで食事を平らげることにした。

 スープを飲み、サラダを平らげ、パンを半分ほど胃におさめたところで私はふと気付いた。


 食事と師匠のことで頭がいっぱいになったせいか、レジーのことを必要以上に意識しなくなっていた。

 レジーの方は笑った後は特に何か言うわけでもなく、恥ずかしがる様子すらない。……レジーにとっては何でもないことだったのかな。


 ならば自分も気にしないようにしなくてはと、食事に専念する。

 そうして食後、ジナさんが急に「庭に出ない?」と誘ってきた。

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