ジナの告解 2
「壊す……ってどうやって?」
問い返されたジナさんはうなずいた。
「約束をした父王を殺すことで無効にし、自分が王位につくことで、エルフレイムは幽閉したから婚姻などできない、と言えるようにしたのよ」
それがサレハルドのお家騒動の内情だったのだ。
「わたしは、事を起こす前に婚約を破棄されたの。王位に就くために協力させる貴族達の餌として、結婚をちらつかせるのと……巻き込まないために」
でもたぶん、とジナさんは続けた。
「イサークが、わたしがエルフレイムのことを好きだって知っていたからだと思う。エルフレイムが解放された時に、力になってやれと言っていたから」
「それじゃ、いずれイサークは退位するつもりなんですか?」
エルフレイムが解放されるのは、イサークが退位する時ぐらいだろう。
「そうよ。全ての問題を片付けたら、エルフレイムに王位を譲るつもりなの」
ジナさんが、悔しそうな表情になる。
「この戦いに従軍したことで、サレハルドはルアインに対して大幅に借りを返したことになるわ。でも、それだけでは今後の状況が元に戻るだけ。だからルアインに貸しを背負わせて、なおかつファルジアから責任を追及する手を緩めさせる必要があるの」
「そんな魔法みたいな方法があるんですか……?」
「正直なところ、ファルジアが勝ってもルアインが勝っても、サレハルドは今よりは悪くはならないのよ」
ファルジアが勝った場合、サレハルドは責任を負うべき国王が交代することで、ルアインと合同で侵略したことの責任の一端は果たしたことにできる。
ルアインに対しても、イサークが取り付けた約束事だったからと破棄することが可能だ。
なにせ次の国王が幽閉されていたのだ。
イサークが勝手にやったことだとエルフレイムが押しきれるよう、イサークは仕組んでいた。
「だからイサークは、ルアインの侵略に手を貸した。その前より、悪くならなければいいんだから。あと、わたしと言う保険もかけてたから」
「保険?」
イサークの婚約者だったというジナさん。
彼女が従軍していた理由はわかったつもりだった。なにせ彼女はその経歴のせいで目立つから、ついて行くしかなかったんだろうって。
だけどそれだけじゃなかったっていうの?
「ごめんね。わたしは放っておかれても、そのうちファルジアに手を貸す予定になっていたの。傭兵としてついて行ったのも、不審がられないように、いずれファルジアに雇ってもらうためで……」
「元からファルジアに雇われる予定だったんですか……。でも、どうして。ファルジア内部で何かするつもりで?」
「いいえ。サレハルドは、ファルジアが勝ってくれた方が都合がいいの。そのための助力と……わたしの功績を上げるためでもあるわ」
言いにくそうにうつむくのは、自分の評価が上がる行動だからだろうか。
「わたしは魔獣を連れているでしょう? わたしを自分の都合に巻き込んで婚約した罪滅ぼしのつもりなのか、イサークは昔からわたしが好き勝手できるようにしてくれて、ルナール達を育てることができたんだけど……だから戦場ではかなり役に立つわ。そのわたしが戦功を挙げて代替わりしたエルフレイムの味方をしたら、ファルジアはあまり強く出られないでしょう?」
納得した。
もしエヴラールに私という魔術師がいなかったら、ジナさんの価値はかなり高いものになったはずだ。
それこそ、賠償金の交渉でサレハルド側が有利な材料にできるくらいには。
「そのために、ギルシュさんと二人だけでサレハルドを出たんですか?」
「むしろわたしのことをカモフラージュするために、あちこちの傭兵に声がかけられたの」
サレハルドが傭兵を召集したのはそういう理由だったらしい。
「わたしは顔なじみのギルシュのところに、頼んで所属させてもらったってわけ」
そこでようやく、ジナさんが知っているイサークの話が終わる。
「どうかしらキアラちゃん。これで、あなたの知りたいことはだいたい分かったのかな」
私は自分の中にしまおうとした情報に戸惑う。
理解したけれど、でもやっぱり遠い世界の人のことみたいで。
「理由とかは、わかりました」
「わたしもギルシュも、事情を隠していたわけだけど……怒ってない?」
不安そうな表情をするジナさんは、隠しごとをしていたのが気になったようだ。
なにせ私は、イサークが身元を偽っていたことを知ったからこそ、サレハルドのことを教えてほしいと尋ねたのだ。様子がおかしかったのも全て、そのせいだと考えたら、騙されたことにショックを受けているとわかるに違いない。
「大丈夫です」
私は微笑んでみせる。
だってジナさんは別に嘘をついたり、傭兵としての契約に違反しようとしてたわけじゃない。
事情はさておき、彼女の言うことを信じるならファルジアを勝たせるためについてきたのだ。そして今まできちんと仕事を果たしてきていた。
私に近い場所にいたりしても、優しくする以外のことをジナさんはしたことがない。
「ジナさんの話は疑っていません。たぶん本当だと思うんです。でも私の知ってるイサークと、同一人物には思えなくて……」
「あの人は、どうやってキアラちゃんに近づいたの?」
「最初は商人だって言ってて……。急に声をかけてくるから、警戒したらなんか落ち込み始めて」
うさんくさい人扱いをしたのに、私をかまおうとしたイサーク。
今思えば、私が魔術師だとわかっていたからしつこく絡んできたんだろう。
けれど、甘い砂糖菓子を食べただけで泣いた私に驚いて、驚くほど親身に話しを聞いてくれた。
戦わなければならない相手だっていうなら、あんな風に励まさなくてもいいのに。
「イサークってさ、誰にでもなれなれしくするの得意なんだよね。普通なら拒否されたらどうしようとか、嫌がられたら傷つくとか考えて、そんなことしないじゃない? だけどその方法でけっこうな確率で知己を増やせたせいなのか、多少すげなくされても全然堪えないのよね」
ジナさんが、どこか懐かしそうな目をしている。
子供の時から知り合いだったのだから、ジナさんもエルフレイム王子の方が好きだとはいえ、イサークともそれなりに思い出があるのだろう。
「出会ったのがカッシアの時だったら、落ち込んでたキアラちゃんの気分を上向かせるには……丁度いい相手だったかもしれないね。だから騙されたと思うより、利用してやったと思えばいいよ」
ジナさんはそう言って慰めてくれた。
ただ嘘をつかれて騙されたんじゃない。私の方にも利点があったけど、それだけの相手だから感謝しなくてもいいし、傷つく必要もないのだと思えばいいと言ってくれているのだ。
でも私は、誰かのことをそんな風に考えたことがない。
イサークに救われた気持ちになったのは確かで、ずっと感謝していた気持ちをすぐに無しにするのは難しくて。
だけどイサークが本来はそんなことをする必要もないのだと思えば、善意でしたのかと思うと……憎むなんてこともできない。
私の困惑を察したのか、ジナさんがぎゅっと私を抱きしめて言った。
「すぐには心の整理がつけられないよね。でも大丈夫、あいつと戦うことがあれば、わたしが代わりに殴ってやるから」
その言葉で、私は言い渡された気がした。
イサークとは、必ず戦うことになるのだと。そうでなければ、イサーク達は引けない事情があるんだとわかった。
ジナさんの温かさと、リーラの柔らかい毛並みを感じながら思う。
私の代わりに殴るというジナさんは、戦場でイサークと向かいあう決意をもうしているんだ。
私も、あの人と戦う覚悟を決めなくちゃいけないんだ、と。




