フィナード浸食地の戦闘
「キアラさん、殿下!」
駆け寄って来ようとしたカインさん達を制し、私達の方が彼らの元へ行く。
またうっかり土ねずみが出てきても、私の方はレジーがいるからなんとかなる。けれどカインさん達が巻き込まれたりしたら、出てくるまで待たなければならなくなるのだ。
ようやくたどり着いたところで、
「無事で良かった……」
ほっとするカインさんは、私の肩に手を伸ばそうとして、けれど寸前で止め、それからそっと肩を掴んだ。
「土ねずみに食われたかと」
「ご心配おかけしました。でも大丈夫でした。あと、人間は食べないみたいですよ。中ではデルフィオン男爵の娘さんにも会えましたし」
「デルフィオン男爵の娘、ですか?」
うなずくと、カインさんの後ろからグロウルさんがぬっと顔をのぞかせた。
「こちらにも報告したいことがあります。殿下、まずは川を渡った場所までご足労下さい」
そうして指し示した所には、町からやってきたのだろう、ファルジアの青いマントを羽織った兵士が数人立っていた。
早速そちらに移動する。
グロウルさんによると、やはり彼らはフィナード家が拠点とする町の兵士だった。
ファルジアのマントを見て、友軍がやってきたのかもしれないと、確認しに来たらしい。
「王子殿下、我らが土地までお越し下さってありがとうございます」
六人のフィナード家の兵士はレジーの前で膝をつき、現状説明を行ってくれた。
「現在、フィナード家が治めるこの地に、ルアインの兵およそ三千人が進軍してきております。フィナード家当主アーネストが二千の兵を率いて出陣いたしまして、不在にしております。殿下には、宜しければ町の領主館にてお待ちいただければと」
「それよりは、戦況がどうなりそうか聞きたいな。アーネスト殿は無事にルアインを押し返せそう? 先ほど、アーネスト殿の姪にお会いしたんだ。私もアーネスト殿を追いかけると言ってしまったのでね、状況を教えて欲しいんだ」
「そっ……」
すると受け答えをしていた年長の兵士が、驚いたようの声を詰まらせた。
「それはさすがに殿下は豪胆なお方ですな。左様でございましたか。ルシール様が無事なようで安心いたしました」
「入ったことはないんだ?」
「魔獣の巣でございますれば、とてもそのような胆力があるものは少なく……。エメラインお嬢様とともに、ルシール様はフィナード家では一目置かれているくらいでして」
確かに、魔獣の巣を隠れ場所にしようなどと考える者はそういまい。発案者のエメラインさんが、かなり常識をフルスイングで打ち上げた人なのだろう。
会ってみたいなぁ。
説明した兵士さんは、気を取り直したようにルアイン側の兵力と、交戦するだろう場所について話した。
「アーネスト殿が陣を置くのは、北西の浸食地だと聞いたよ」
「はい、岩が柱のように林立した場所がありまして。我がフィナードが紛争の度に戦場にする場所でもあります」
そこでの戦闘は、屋根がない柱だけの広い建物の中で、戦うようなものだという。
おかげで不意打ち、弓による攻撃と地形について知識があれば、急な断崖に潜んで急襲することもできるので、とても戦いやすいらしい。
とはいえ千人の差はそこそこ厳しい。
レジーは兵士に案内を頼むと出発した。
もちろん私もついて行く。
フィナード家の兵士さん達の内一人が案内に立ったが、兵士さんは戦闘要員ぽくない私までついてきたことに、目を見開いていた。
混乱させて申し訳ないが、スカート着用なのは、私が無謀なことをしないためにベアトリス夫人から義務付けられたのであって、酔狂ではないのです。
戦場はそれほど遠い場所ではなかった。
土ねずみ地帯を避けるように下流へ向かい、別な橋から北へ向かう。
その先に、低い段が重なるようにして出きた広い窪地があった。
この一帯が、浸食地なのだろう。
兵士さんが説明したように、石柱のような岩が、緩やかなすり鉢状の土地に林立している。
南側にはアーネストさんの軍がいた。青いマントとファルジアの旗があるので間違いないだろう。
固まっているのは千人ほどに見える。
アーネストさんの背後にいるので、私達からは他の千人がどの辺りに散らばっているのかがわかった。
対する北側に、ルアイン兵がいる。
ルアイン兵も石柱を警戒しつつ、いくらかの兵は散開させているようだが、基本的には中央部の石柱が少ない場所を進軍してきている。
と、そこでこの盆地を見ていた私は、何か似てるものを見たことがあるような気がした。
球を転がすと、ピンに当たって違う方向に転がっていくの、なんかあったよね?
そうそうピンボールだ。
窪地になっている場所は、ちょうどよく球が転がっていきやすそうだ。
レジーが率いている50騎と共に私が加わっても、土人形が操り難いだけになりそうな気がする。なら、離れた場所から球転がしした方が効率がいいんじゃないだろうか。
そして離れている分には、レジーに無茶をしようと発覚しにくいはず。
レジーも前線から遠い場所なら、許可してくれるだろうと思って話をしてみた。
「いいよ。でも10騎は連れて行ってもらうから」
案の定了解してくれたので、私はカインさんと、騎士フェレンツさん含む十騎の兵と共に、窪地を大きく回った西側へと移動した。
やや北よりのその場所は、窪地の中心へ向かってちょうどいい傾斜がある。途中に石柱があるので、上手くいけば、やや北側へと転がってルアイン兵の後部の兵にぶつかってくれるだろう。
まずはいつもの土人形を作成した。
次にそちらを維持しながら、自分の背丈よりも大きな石球を作って、土人形に所定位置まで移動させる。
眼下では、矢の射かけ合いが始まった。丁度いいだろう。
そう思って球を土人形に転がさせたのだが。
「あ……」
球が大きすぎたのか、勢いよく転がった石球は、途上の石柱をべっきりと降り砕き、まっすぐルアイン兵の先頭に襲い掛かった。
悲鳴が上がる。
逃げ回るルアイン兵は、その隙にアーネストさんの兵に射られていった。
一部の兵は、突然襲い掛かった石球に混乱し逃げ惑う。
魔術師が来たー、という叫び声が聞こえた。私も有名になったようだ。
でもこちらを倒すべきと判断したのだろうか、百人単位の兵が、段になった坂道を駆け登って来ようとしている。
カインさんとフェリックスさん達が剣を抜いた。それでも十人で百人を相手にするのはキツイ。
まずは周辺に石の柵を設けた。
万が一こちらまで押し寄せても、柵を乗り越える間にカインさん達が倒すということも可能になる。
「すごいなこれ」
フェリックスさんが、剣で石の柵を突いている。かん、と良い音がした。
一方カインさんは、私の方に視線を向けてきた。
これだけの力を使っても、まだ大丈夫なのかと聞きたいのだろう。私はうなずいてみせた。
「もう一個いっきますか……」
その上で石球を作成、今度は三つ作っておいて、土人形に連続で転がさせた。
まるでインディージョーンズの地下迷宮の仕掛けのごとく、石球が転がりながらルアイン兵に襲い掛かる。
何人かは潰された。さらに弾き飛ばされた者もいる。
傍ですごいすごいと喜ぶフェリックスさんの声を聞きながら、私はぎりっと奥歯を噛みしめた。
三つ転がす頃には、こちらへ向かう者の数も十数人に減っていた。
アーネストさんの軍と相対するルアイン軍の方は、転がった石球のせいで戦い難さが極まり、じわじわと遠隔攻撃だけでその人数を減らされて行った。
やがてルアイン軍はここを攻略するのはムリだと諦め、撤退していった。
遠ざかり始めたルアイン軍の姿を見ながら、土人形を元の土に戻して、ふ、と息をつく。
意外に疲れてしまった。ちょっとめまいがしてふらついて、気付いたカインさんに背中を支えられる。
「力を使い過ぎましたか?」
「そんなつもりはなかったんですけど……」
いつもより疲れが激しいような。首を傾げていたら、師匠がイヒヒと笑う。
「さっきの土ねずみのせいじゃろ」
言われてようやく気付く。
そうか。土ねずみは魔力に引かれて私にくっついてきた。てことはぎゅうぎゅうに押しつぶされてる間も、魔力が吸い取られてたのかもしれない。
魔力が減少していた上での魔術使用だったので、こんなに疲れたのだろう。
「あー……魔力ゲージとか、数値が見えたらなぁ」
そうしたらこんな失敗しないのに。
ため息をつく私に、カインさんが馬には乗れるか尋ねてくれる。
うなずいて横座りに騎乗する。
それを見たフェリックスさん達も騎乗し、アーネストさんの所へ移動を始めた。
私の後ろに乗ったカインさんは、ゆっくりと馬を進めながらささやいた。
「疲れているのなら、少し眠ってはいかがですか?」
「でも、アーネストさんとの話し合いが……」
「少しの間です。起こしてあげますから」
その申し出は実に魅力的で、疲れてうとうとしかけていた私は、すっと淡い眠りの中に滑り込んだ。
だからその後の二人の会話を聞くことはなかった。
「お前さんは、気付いておっただろうに……」
「何がですか?」
「うちの弟子の疲労が、かなり積み重なっておったことじゃ」
「本当に限界だったら、キアラさんも自分でわかるでしょう。それまでは何も言いませんよ。この人のやりたいようにさせてあげるつもりですから……でも、ホレスさんもおっしゃいませんね」
「わしはギリギリで止めるつもりじゃったからの。ヒヒヒっ。この程度でふらついていては、これからの戦で保たないじゃろうて。極力使わせて、少しでも魔力を伸ばさせるつもりでおったとも。……もっと危機的な状況で、お前さんに潰されては元も子もあるまい?」
「そうなったら、私もキアラさんにお伴しますよ。泥沼へ向かって背中を押したのは私ですし……。どうせならもろともに堕ちてほしいですね」
「重傷じゃな」
「……邪魔なさいますか?」
「わしゃ人の色恋には首を突っ込まんことにしとるんじゃ。ただのぅ」
そこで土偶はチカチカと目の横線部分に赤い光をひらめかせた。
「弟子と心中するということは、わしも一緒じゃからのぅ。じじいも一緒じゃが、それでもというならそうするがいい。イッヒヒヒヒ」




