リアナ・レッドグレイヴの苛立ち1
わたくし──リアナ・レッドグレイヴの報告を聞いたあと。直接話を聞きに行くと言ってイーディスの部屋に行ったお兄様は、戻ってくるなり『お前が見た上位魔法は、ローレンス卿が使ったものらしい』などというとんでもないことを言った。
今わたくしがいる応接間には家族みんなが揃っており、皆はディリアンお兄様の話を聞いてそれぞれ思案する表情になった。
……なによ、お兄様ったらわたくしが見間違ったと言うの!?
「上位魔法を使ったのは、イーディスではなくローレンス卿だって言うの!? お兄様、正気?」
「二人にしっかりと聞き取りをした上で、導き出した結論だ。それにだ、お前こそ正気か? 『魔力なしのイーディス』が、上位魔法など使えるわけがないだろう。白昼夢でも見たか?」
「──ッ」
冷たい目をして見下されながら言われて、わたくしは言葉に詰まってしまう。
わたくしだって、この目で見なかったら信じられなかっただろう。人伝に『イーディスが魔法を使っていた』と聞いていたら、きっと鼻で笑っていたわね。
……どうすれば、みんな信じてくれるのかしら。ああもう、もどかしいわね!
「そうだわ。イーディスを拷問にかけて! そうすればきっと白状するわ!」
これはいいアイディアじゃないかしら?
指を一本一本、落としてやりましょう。どうせローレンス卿の魔法でくっついてしまうのでしょうし。
たっぷり痛めつけて、わたくしの言うことは嘘じゃないと言わせてやるわ。
わたくしの言葉を聞いたお兄様は、心底呆れたという顔になる。そして、深い深いため息をついた。
な……なによ! ディリアンお兄様のくせに!
「第五王子の婚約者を拷問にかけるのか? それにローレンス卿がイーディスの護衛についてるのだぞ。この国の誰であっても、手を出せるはずがないだろう」
「うっ……!」
……正論だ。悔しいけれど正論だわ。
あの女の護衛には、なぜかローレンス卿がぴったりとついているのだ。
しかもいつだってうっとりとした顔であいつを見ている。なぜ、あいつなのよ! わたくしの方が、絶対いい女なのに!
ほかに、イーディスに吐かせる方法はないの……!?
思考をしばらく巡らせてから、我関せずという様子で長椅子で寛いているエイプリルお姉様に視線をやる。
「エイプリルお姉様。お姉様の得意な呪術でなんとかすることはできないの? イーディスを苦しめられない!?」
「……無理」
勢い込んでエイプリルお姉様に迫ったけれど、返ってきたのはつれない返事だった。
「はぁ!? どうして!」
「つい最近のことだけれど。いつもの癖でイーディスで呪いを試そうとしたら、ローレンス卿に跳ね返された。これが……呪い返しの傷」
エイプリルお姉様は長い前髪のせいでわずかにしか見えない目に悔しさを滲ませながら、ドレスの前を開ける。
露わになった彼女の胸のあたりには……どす黒い火傷のような傷があった。それを目にして、わたくしは絶句してしまう。
「……エイプリル、そんなことをしていたのか。あれは王子殿下の婚約者なのだぞ?」
「失念、してた」
ディリアンお兄様が呆れたように言い、エイプリルお姉様は肩を落とす。
もう! だったら……!
「メリアンお姉様! お姉様はどう思っているのよ!」
ワインを美味しそうに飲んでいるメリアンお姉様に話を振れば、彼女は赤い顔でこてんと首を傾げた。
「ん~? イーディスに魔法が使えるわけないでしょう。ローレンス卿が使ったと考えた方が自然よ」
そして、やっぱりつれない返答をされる。
「メリアンお姉様までっ……!」
「ローレンス卿はイーディスに夢中みたいだし。華を持たせるために、イーディスが魔法を使えるよう見せかけた可能性だってあるわよ」
「う……!」
ローレンス卿は、なぜだかイーディス第一だ。
イーディスの『立場』を固めるために、そんなパフォーマンスをする可能性は……正直ある。
「……あり得るわね」
「でしょう? うふふ」
メリアンお姉様は得意げに言うと、くいとワインを煽る。
うう、少し自信がなくなってきたけれど……。絶対に絶対に、わたくしは見たんだから!




