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どの程度ディリアンが信用できるか未知数だが、ある程度は状況を話しておくべきだろう。
そう考えた俺は、ディリアンに『前世』の記憶に目覚めてからのことをあれこれ端折りながら話した。
『イーディス』が置かれていた過去の状況の話になるとディリアンが気まずそうな顔をし、ローレンスが「今さら過去を悔い改めても遅いです」なんて意地悪な姑のような茶々を入れる。
……なんだかいたたまれなくなるから、二人ともふつうにしていてほしい。
「……という状況なんだ」
「なるほど、理解した。……ところで」
ディリアンは言葉を切ると、真剣な表情で俺を見つめる。
俺はなにを言われるのかと、少し身構えた。
「将来イーディスがしたい旅とやらには、この兄も連れて行ってもらえるのだろうか」
真面目な顔で言い放たれた言葉を聞いて、俺は拍子抜けしてしまう。
エドゥアール殿下も似たようなことを言っていたが……。
俺は嫌だぞ、重い感情を自分に向ける男三人との旅だなんて。
「公爵家の長男がなにを言っているのですか。家督を継ぐ場合もあるでしょうに」
冷たい目を向けながら、ローレンスが指摘をする。
「家督などリアナが継げばいい。……私を当主にする気など父にはないだろうしな」
指摘に対するディリアンの返答に、俺は目をぱちくりとさせた。
「お兄様。そんなにあっさりと、当主の座を諦めてしまっていいのですか?」
「もとより、当主の座に固執してはいない」
「……それは意外です。お兄様は当主の座に固執しているように見えておりました」
「別に当主の座がほしかったわけではない。リアナに負けるのが悔しかっただけだ」
兄妹なのにディリアンと話したことがほとんどなかったから、そんなふうに思っていたのかと少々意外だ。
……さんざんリアナに挑発されたんだろうな。そんな光景がありありと想像できる。
煽られてムキになって、売られたケンカを買い続ける日々だったんだろうなぁ。
「お兄様の方が、リアナより当主に向いていると思いますけどね。『強さ』だけでは領地は治められない」
今回の死竜の襲撃の際も、民を案じる様子はまったくなかったしな。
『武』を重んじるのも結構だが、領主というものにはほかの素養も必要であることをレッドグレイヴ公爵家はそろそろ理解した方がいいのではないだろうか。
──民の不満が爆発すれば、レッドグレイヴ公爵領は内部崩壊しかねないぞ。
「たしかに、リアナに賢さはないな。あれの頭が回る時は、人に嫌味を言う時くらいだ」
なんとも手厳しい言葉だ。
……日々リアナに嫌味を言われていた自分としては、完全に同意だが。
「そろそろ報告に行った方がいいのでは? そのリアナ嬢が機嫌を損ねると思いますよ」
ローレンスが後ろから俺を抱きしめながら、そんなことを言う。
どうして抱きつかれるのかまったくもって意味不明だが、たしかにリアナの機嫌を損ねるのは得策ではないな。
「ああ、そうだな」
ディリアンは素直に了承すると扉へ向かおうとしたが……。
くるりと振り向きこちらを見た。
「……イーディス。なにかあったら、必ず兄を頼るように」
「わ、わかりました」
胸に手を当てて微笑みながら言われ、俺は顔を引き攣らせながらそう返す。
このディリアンの変化に……いつか慣れることができるのかな。




