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「そのお方にお仕えするのにふさわしいのは、私だ!」
ディリアンの叫びを耳にした俺は、目を丸くした。
──俺が『元獅子王』であることが、兄にバレたらしい。
そう思い内心焦っていたのだが、その焦りはよくわからないディリアンのひと言によって吹っ飛んでいってしまった。
公爵家の面々は、『獅子王陛下』を崇拝している。
だから俺の正体を知った際に手のひらを返したり、俺を旗印にして反乱を企てることは想定してはいたのだが……。
先ほどディリアンから発せられた言葉は妙に湿度が高く、背筋にぞわりと悪寒が走り肌が粟立った。
「世迷い言を言わないでください。我が君にお仕えするのは、この私ひとりでじゅうぶんです。貴方では力不足ですよ」
「今のローレンス卿と比べれば、そうかもしれない。が、未来はわからないでしょう。貴方に勝てるよう精進させていただくつもりだ」
「そんな未来など……。いえ、貴方に未来など存在しない」
ローレンスは怒りの表情でそう言うやいなや、両手に炎を纏わせる。
そして、容赦なくディリアンに解き放った。
「くっ……!」
ディリアンは間一髪で結界を張りローレンスの炎を受け止めたが、受け止めきれなかった炎が部屋の壁にぶつける。
壁が燃え上がる前にローレンスが氷魔法で火を消したが、壁にはこんがりと焼け跡が残ってしまった。
「馬鹿! 部屋が焦げちゃったじゃないか!」
言いながらローレンスの背中を小突けば、彼はしゅんとした顔でこちらを向いた。
「申し訳ありません。水魔法にすればよかったですね」
「……そういう問題かなぁ」
水魔法を使ったら使ったで、水圧で壁がぶち破られていたのではないだろうか
……そう考えると、壁が焦げたくらいで済んだのだから火魔法でよかったのかな。
ちらりとディリアンに視線を向けるとローレンスの魔法を防いだもののダメージは負ってしまったようで、床にしゃがみ込み呻いている。俺はふうとため息をついてから寝台から下り、ローレンスの制止の声を聞かないフリをしてディリアンに近づいた。
「お兄様。私に仕えるのはローレンスひとりでじゅうぶんです」
「そんな……っ」
俺の言葉を聞いたディリアンが強いショックを受けた顔をし、ローレンスは俺の隣に来ると得意げな顔をする。
「あれだけのことをされたのに、今さら傅かれても困りますしね」
「過去のことは謝罪する! だから──」
「過去の行いが、謝罪で洗い流されることはありません。『イーディス』にした仕打ちを考えれば当然でしょう」
謝罪なんかで過去のことは拭えない。
それに……。ディリアンは俺に『獅子王』を感じたから謝罪をしているだけで、俺が『魔力なしのイーディス』のままだったら一生謝意なんて持たなかっただろう。酷いことをされた『イーディス』に対してのものじゃない謝罪に、なんの意味があるんだ。
「では、傷ついた分私をぶってくれ!」
「へ……?」
ディリアンの言葉に、俺は虚を衝かれて目を丸くした。
「そうだな、それがいい。さぁ、どこからぶつ? 魔法を使ってくれてもいいぞ! それとも鞭が必要だろうか?」
ディリアンはそう言いながら、俺ににじり寄ってくる。
「ちょ……! お兄様、気持ち悪いです!」
俺は後退りしながら、そんなふうに叫んでしまった。
「……気持ち悪い?」
そうつぶやきながら、ディリアンは呆然とした顔になる。
そんな顔をされてもな……。成人男性に『ぶってくれ』なんて言われても本当に困るんだ。
そんなことをしても、『イーディス』の溜飲が下がるわけでもないしな。
「なるほど、陛下からの罵倒は甘美なものなのだな」
ディリアンはしばしの間呆然としたのちに、恍惚の表情でそう告げた。
「本当に気持ち悪いです!」
涙目で吐き捨てれば、うっとりとした目で見つめられる。
こいつ、被虐趣味があったのか!? そんなこと、ちっとも知らなかったのだが! むしろ、知りたくなかった!




