長兄の困惑、そして
「そして、これからも利用されるつもりはありませんから」
イーディスの体から、強大な魔力が漂い揺らめく。
その圧倒的な力に気圧され、私は一歩後ろに下がった。
三女のリアナには敵わないまでも、私はこの国では屈指の実力者だ。そのはずだ。
しかし今の私は──目の前の『魔力なし』だった妹に恐怖している。
──そして、なぜだか恐怖と同時に歓喜も感じていた。
私はこの魔力を『知っている』。どうして、そんなことを思ってしまうのだろう。
「我が君、そのような小物に貴女の高貴な魔力を向けるなどもったいない。どうせなら、私に向けてください」
ローレンス卿が訳がわからないを言いながら、うっとりとした表情でイーディスを見つめる。
イーディスはローレンス卿に視線を向け、困ったように眉尻を下げた。
……というか誰が『小物』だ、誰が。
「ローレンス、お前は一体なにを言っているんだ」
「我が君から発せられるものは、すべて私が享受したいので」
「お前は、本当に変なやつだな」
イーディスが慈愛に満ちた表情を浮かべ、ローレンス卿の頭を優しく撫でる。
ローレンス卿は頭を撫でられながら、子どものような無邪気な顔で嬉しそうに頬を緩めた。
「あ……」
幼い頃の思い出が脳裏を過ぎった。
それは、存命だった頃の獅子王陛下に謁見した時のこと。
緊張でガチガチな私を目にして獅子王陛下は優しく笑いかけ、『そんなに緊張するな』と言って頭を撫でてくださった。
その時の獅子王陛下の表情と、今のイーディスの表情はまるで瓜二つなのだ。
それに、イーディスの強大な魔力。あれは、あの時感じた──。
──『獅子王陛下』のものなのではないか?
イーディスは、獅子王陛下の生まれ変わりかなにかなのか?
そんなことを考えたが、すぐに馬鹿馬鹿しいと否定をする。いや、本当に『馬鹿馬鹿しい』考えなのか?
獅子王陛下にのみ忠誠を誓っていたローレンス卿が、喜色満面でイーディスに傅いているのだ。
それは……イーディスが獅子王陛下の生まれ変わりであることの証左なのでは?
「どうしたのです、お兄様」
すっかり考え込んでしまっていた私に、イーディスが首を傾げつつ声をかけてくる。
私は戸惑いながらイーディスに視線を向けた。そして……。
「……獅子王陛下、なのですか?」
思わずそんなふうに呼びかけてしまう。
それを耳にしたイーディスの目は、限界まで瞠られた。その表情から自身の推測が当たっていることが察せられ、体が喜びに震えた。
ローレンス卿がイーディスの姿を自身の体で隠し、私を鋭く睨みつける。
「なにを寝ぼけたことを言っているのですか、ディリアン様」
「どいてください、ローレンス卿」
「なぜ、どかねばならないのです」
ローレンス卿はそう言いながら、不快だと言わんばかりに鼻を鳴らす。
こちらこそ、不快で堪らない。
当たり前のように獅子王陛下の隣にいられる、ローレンス卿の存在が。
獅子王陛下にお仕えしたいと、幼心に願っていた。
それは、彼の人の死で叶わないものになってしまったわけだが。
その夢が今……手が届くところにある。
「そのお方にお仕えするにふさわしいのは、私だ!」
高揚のままに、私はそんな叫びを上げていた。




