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「ん……。ふがっ! う……?」
自身の発したいびきで目を覚ました俺は、ふらふらと視線を彷徨わせる。
視界に入るのは見慣れた自身の部屋で、俺は寝台に寝かされていた。
熟睡していた俺を、ローレンスが寝台まで運んでくれたのだろう。
感じていた体の痛みはなくなっており、寝ている間にローレンスが治癒魔法を使ってくれたのだろうことが想像できる。
……本当に世話をかけてばかりだな。
「我が君。起きたのですか?」
部屋の隅に控えていたらしいローレンスが、表情をぱっと明るくしてこちらにやって来る。
「ローレンス。俺はどのくらい寝ていた?」
「四時間ほどです」
身を起こしながら訊ねれば、そんなふうに返される。決して長くはない時間だが、疲れはそれなりに取れた気がするな。
「寝ている間に治癒魔法をかけてくれたのだろう? ありがとう、おかげで体が軽い」
「礼なんて……。当然のことをしただけですから」
ローレンスは、はにかむように微笑む。
ローレンスが傷ついた時に治癒魔法で傷を治せるように、体力をつけないとな。改めてそんなことを思う。
……場面が未来にあるかはわからないが、備えは大事だ。
「お疲れでしょうから、もっと寝ていてください」
「そうしたいところだが……」
人の気配を感じ、扉に視線を向ける。ローレンスも気配に気づいたようで、不快そうに眉を顰めた。
「……お客様みたいだな」
「……そのようですね」
声を揃えて俺たちが言った直後。形ばかりのノックのあとに、長兄のディリアンが顔を出した。
「イーディス、やっと起きたか。話を聞かせてもらおうか」
ディリアンは挨拶もなしに、眉間に深い皺を寄せながら俺に命じる。
──まぁ、そうくるよなぁ。
リアナは街での出来事を家族にどんなふうに報告したんだろうか。本当に面倒だなぁ。
そんなことを思いつつ、もたもたと寝台を出ようとした時……。
「我が君はお疲れですので、お引き取りください」
ローレンスが俺の前に立ち、言い放った。するとディリアンは不快そうに片眉を跳ね上げる。
「……疲れたのは、上位魔法を使ったからか?」
「一体、なんのことでしょう」
俺が言いながら肩を竦めてみせると、ディリアンのこめかみに青筋が走った。
「とぼけるな、リアナから報告は受けている。イーディス、どういうことかちゃんと報告しろ」
「……ディリアン様。我が君に対して口が過ぎますよ」
凄みながらディリアンが一歩踏み出したが、ローレンスが睨めつけるとその歩みが止まる。
一触即発な彼らの様子を目にして、俺はふうと小さく息を吐いた。
「遅ればせながら自分には魔力があることに気づきまして。それだけです」
魔法が使えることは、どうせバレているのだ。だから今度はごまかさずにそう告げる。
するとディリアンの目が、零れ落ちんばかりに瞠られた。
「……いつ気づいた?」
「まぁ、少しばかり前ですね」
「なぜ、家族に言わなかった」
「面倒事は避けたかったので。それに、自分を今まで虐げていた方々に利用されたくもなかったですし」
「なんだと……!」
言葉を紡ぎながら微笑んでみせれば、ディリアンは気色ばんだ。
「当然でしょう? あんなふうな扱いをされ、喜んで利用される人間などいない」
胸の中に、じわりと怒りが湧き上がる。
これは──長年家族に愛してもらえなかった『イーディス』の怒りだ。
前世の記憶とともに消え去ったと思っていたか弱い少女の感情は、今も俺の中にあったらしい。
「そして、これからも利用されるつもりはありませんから」
青の瞳に怒りを滾らせながらディリアンを見据えれば、彼は気圧されたように一歩後ろに下がった。




