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「うるさいので、少し黙っていただけませんか?」

「……っ」


 ローレンスにいかにもめんどくさいという態度で言い放たれて、リアナは涙目になった。

 好きな人にこんなふうに言われたら、俺だったらショック死するぞ。

『好きな人』なんて存在は、前世含めていたことがないから想像だけれど。

 前世で婚約者はいたものの、互いに政略と割り切った『恋愛』とは無縁の関係だったからなぁ。

 加えて俺は公務や討伐であちこちを飛び回っていたので、彼女と交流のようなものもほとんどなかった。

 そういえば、今世の俺にも『婚約者』がいるんだったな。

 ……エドゥアール殿下は元気で過ごしてるのかな。


「あれはなぜ吠えているんです?」

「えーっと。タイミングが悪くて俺が魔法を使うところを見られてしまってな」


 ローレンスに訊ねられ、俺は苦笑しながら現状を伝えた。


「ああ、なるほど。そういうことでしたか」

「……これからどうしようかなぁ。リアナの口から、レッドグレイヴ公爵にも話が伝わるだろうし」

「我が君は望みのままにお過ごしください。貴女がしたいことを、私もお手伝いいたしますので」

「ありがとう、ローレンス。そう言ってもらえると心強いよ」


 俺の『したいこと』は自由になってのんびり旅をすること一択だ。

 体力には不安しかないが、バレてしまったからにはすぐにでも家を出るべきだろう。

 ──イーディスの『利用価値』をレッドグレイヴ公爵が知れば、止めようとするだろうが。


「ちょっと! 無視しないでって言っているでしょう!」


 リアナがまたキャンキャンと吠え、ローレンスが不快だという気持ちを包み隠さない表情で舌打ちをする。


「うるさいですね。なぜ我が君と私が貴女ごときの存在を気にかけねばならないのです」

「ローレンス卿……!」


 ローレンスのリアナへの態度は、本当ににべもない。

 そんなローレンスに対しての好意を捨てきれないリアナを見ていると、ちょっとだけ哀れに思う気持ちが湧く。


「さ、我が君。帰って休みましょうか」


 ローレンスはひょいと俺を抱き上げると、屋根の上を駆けてその場をあっという間に離れてしまう。

 立ち去る俺に耳に『聖女様がどこかに行ってしまうぞ』『聖女様! もっとお顔を見せてください!』『あの男性はローレンス卿だよな? なぜ従者のような格好を』などという民たちの声が入ったが……聞かなかったことにしよう。


「リアナのこと、放っといていいのかな」

「あの猿のことなど気にかけないでいいと思いますよ。それに、今日はたくさん魔法を使ってお疲れでしょう? 早く帰ってゆっくり休んだ方がよろしいかと」


 ローレンスの言うとおり……。イーディスの体で無茶をしたせいで、俺はすっかり疲弊していた。

 体内の魔力はまったく減っていないのに、体力の方はすっからかんだ。


「……たしかにそうだな。寝台で休みたい」

「では、そうしましょう」


 疲労のせいでうとうとしながら俺が言えば、ローレンスはくすりと笑う。

 そのまま……俺は深い眠りに落ちていった。

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