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「ローレンス卿!」
喜色に満ちたリアナの声に呼ばれるが、ローレンスはまったく反応しない。
彼は俺をじっと見つめてから、ふうとため息をついた。
「ローレンス、いつの間に」
「貴女の魔力の高まりを離れたところからでも感じたので、馳せ参じました。……我が君、高位魔法を使いましたね?」
「う。ごめん」
詰問調で問われて、俺はいたずらを咎められた子どもみたいに目を伏せながら謝罪をする。
ぼろぼろの俺の手に目を留め、ローレンスは悲しそうな顔をした。
「手をお貸しください」
「……ん」
痛みに眉を顰めながら両手をローレンスに差し出せば、彼はくしゃりと顔を歪める。そして、ぽろぽろと涙を流しはじめた。
「なんてことだ。……骨が見えてるじゃないですか」
うわ、そんなグロいことになってるのか。傷の状態を認識するのがちょっと怖くて、しっかりと見ていないんだよなぁ。
「早く、治してしまいましょう」
ローレンスは言うやいなや、治癒魔法を行使する。すると、激しい痛みが一気に和らいだ。
視線を向ければ、傷はすでに塞がりつつあった。みるみるうちに傷が快癒していく様子からは、ローレンスの治癒魔法の練度の高さが感じられる。
「ローレンス、ありがとう。もう平気だ」
「……よかったです」
俺の言葉を聞いて、ローレンスは治癒魔法の行使を止める。そしてためつすがめつ俺の傷の様子を確認してから、安堵したように息を吐いた。
傷が治ってもローレンスは涙を流したままだ。頬を伝う雫を拭ってやろうとしたが、手が血まみれであることに気づき俺は引っ込めようとする。けれどその手はローレンスの手によって捕らえられ、手のひらにすりすりと頬ずりをされた。
……ああもう、そんなことをすると綺麗な顔が汚れるじゃないか。
思う存分頬ずりをしたあとに、落ち着いたらしいローレンスが俺の手に浄化魔法をかけてくれる。
血まみれだった手は、惨状の形跡など一切ない真っ白な手へ一瞬で戻った。
「怪我は手だけですか?」
「……たぶん。全身痛いけど、たぶんほかは裂けてはいない」
「のちほど全身の治療をしましょう。表面に出ていなくても、おそらく内側が傷ついているでしょうからね」
「迷惑をかけてすまないな」
微笑みながら俺が言うと、ローレンスは困り顔になる。
「迷惑とは思っていませんが。……こんな無茶はしてほしくないです」
「でも無茶をしないと、死竜を倒せなかった」
「それは、わかっています。でも私は貴女が傷つくことが嫌なんです」
「……ごめんな」
謝罪をしながらローレンスの赤い髪をわしゃわしゃと撫でれば、金の瞳が気持ちよさそうに細められた。
「ローレンス。そちらの首尾は?」
「魔物の殲滅は完了しました。見つけられたけが人は治療の上、避難をさせております。冒険者ギルドに生存者の捜索と街の瓦礫の処理などの依頼もしました。あとはレッドグレイヴ公爵がなんとかすべきことです」
「そっか、ありがとう」
ローレンスが有能で助かるな。俺がしてほしいことを的確にやってくれる。
「ちょっと、私を無視してイチャイチャしないで!」
そんなリアナの声が耳に届いて、俺は眉を顰める。
イチャイチャってなんだ、イチャイチャって。誤解を招くような言い方をするんじゃない。




