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「……とにかく。急に服を脱ぐような恥じらいのない真似は、私以外の前ではしないでくださいね」
ローレンスはこほんと咳をし、そんなふうに言った。
「ん……? 私以外の前で?」
多少の引っかかりを覚え、俺は首を傾げる。
「これから貴女を飾る機会が増えるでしょうから、私の前ではよいのです。ただ、脱ぐ前に一言いただけると心構えができるのでありがたいですが」
「わ、わかった」
ふむ。俺の従者はローレンスだけだもんな。
簡易な着替えは今までどおりに自分ですることになるだろうが、ドレスを着る際には彼の手を借りることになるか。
「今の貴女は美しい女性なのですから。本当に……気をつけてください」
「改めてそう言われると、なんだか照れるな」
「本当のことを言っているだけです」
前世からの部下に『女性扱い』されるのは、もどかしい気持ちになる。
加えて肉体年齢が逆転してしまっているからか、少々年下扱いもされている気がするな。
今の俺は以前の俺ではないのだから、この変化は受け入れるべきなのだろうけれど……。
「さて。美しい貴女をさらに輝かせるため、治療を開始しましょう」
ローレンスは話をパンと手を叩き、俺の傷に手を翳す。そして、丁寧に傷の治療をはじめた。
彼は高位魔法である治癒魔法をやすやすと操り、俺の傷を治していく。
どんどん消えていく傷を見ながら、俺は感嘆の息を漏らした。
「ローレンス、見事だ。魔力の量が昔より……かなり大きくなっているな」
魔力の量は生まれた時点である程度決まっている。
けれど努力次第で、後天的に伸ばすこともできるのだ。とはいえそれは、楽なことではない。
身の内にある魔力の容れ物を無理やりに肥大させて固定し、限界まで魔力を注ぎ続ける。それを何年にも渡り、繰り返さねばならない。
ローレンスは想像できないくらいの、努力を重ねたのだろう。文字どおりの、血の滲む努力を。
「はい。それでも、貴女には遠く及びませんが」
ローレンスは照れたように笑う。そんな彼の頭を、俺はわしゃわしゃと撫でた。
「俺がいなくなったあと……頑張ったんだな。わわっ!」
しゃがみ込んで足の傷の治療をしていたローレンスは、立ち上がると俺を抱き締める。
「ど、ど、ど、どうしたんだ?」
「いえ、貴女に努力を認められたのが嬉しくて」
大焦りしながら俺が訊ねると、彼は涙声でそう返す。
……本当に、犬みたいだ。
そう思いながら、俺は彼の頭をふたたび撫でた。すると気持ちよさそうな吐息が零れる。
「……大げさだな、お前は」
「大げさではありません。我が君に認められることは、私の至上の喜びです」
ローレンスは身を離すと、俺をじっと見つめる。
「我が君。……私が貴女を守りますので。体力がつくまで、無茶はしないでくださいね」
そして、真剣な表情でそんなふうに言った。
「わかったよ、ローレンス」
「絶対にですよ?」
「うん。わかってる」
ローレンスは本当に心配性だ。なんだかおかしくなってくすくす笑えば、またぎゅうと抱き締められる。
『細いな……』なんてつぶやきが聞こえたけれど……。俺、かなりの栄養不足ですからね。
その時。バン! と乱暴な音を立てて扉が開いた。こんな乱暴な登場をするのは、リアナか?
そう思いつつ、抱き締められたまま扉へ視線を向けると──。
予想のとおりに、リアナがそこにいた。彼女は驚愕で歪んだ表情をしており、その目は大きく瞠られている。
「ちょっと! そんな格好で抱き合って……なにをしてるのよ!?」
数拍置いてからリアナから飛び出したのは、そんな言葉だった。
彼女の顔には怒りと……なぜか悲しみが滲んでいる。
……なんで、そんな顔をするんだ?
今まで見たことがないリアナの表情に、俺は驚いてしまう。
「なにって……私が我が君のことをどれだけ大事に想っているかをお伝えしていただけですが」
「なっ……なっ!」
ローレンスがさらりと言い、それを聞いたリアナは赤に青にと顔色を器用に変える。
「……ところで、貴女はなにをしに?」
そんなリアナに、ローレンスは冷たく言い放った。




