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 ──本日は晴天なり。

 なんとも、めでたい婚約日和だなぁ。


 そんなことを思いながら、俺は澄まし顔のメイドに先導されつつ屋敷の廊下を歩いていた。

 とうとう、婚約者となる第五王子との顔合わせの日が来てしまったのだ。

 今日の俺はサイズがちゃんと合っておりかぎ裂きひとつないドレスを着せられ、髪もきちんと結われている。いつもは意地の悪い家人たちだが、さすがに王族に会う際の服装には気を遣うのだな。

 すれ違う使用人たちからは、数年ぶりに部屋から出た『魔力なし令嬢』への蔑みの視線が投げられている。


 ……いや、中には欲情を含んだ視線もあるな!? 実に気色悪い!


 年相応には見えないこの幼い見目に欲情できるとは、なかなかの変態だな。

 イーディスの部屋周辺の警備は、手薄どころか一切『ない』。なんらかの対策を考えた方が、いいのかもしれないな。妙な『事故』が起きてからでは遅いのだ。

 応接間の前に着くと、父母──レッドグレイヴ公爵夫妻が待ち構えていた。

 レッドグレイヴ公爵は銀髪に青い目をした美中年で、その面差しはイーディスによく似ている。

 レッドグレイヴ公爵夫人は金髪に赤い目の迫力のある美女で、びっくりするくらいにスタイルがいい。

 イーディスは母に似なかったのだな、と公爵夫人の胸のあたりを盗み見ながら俺はしみじみと思う。

 彼らと会うのは久しぶり……どころか三年ほどぶりだな。三年前の邂逅の時には俺が軟禁されている部屋に来て、二言三言嫌味を言って去って行ったんだっけ。本当に、あの時はなにをしに来たんだ。

 前世では、公爵夫妻は頼りになる配下だったのだが……。

 嫌悪剥き出しにこちらを見る彼らの姿と、前世の印象がなかなか重ならない。

 それだけ、『魔力なし』が家名を汚したことを許せなかったのだろう。


「お父様、お母様。お久しぶりです」


 スカートの端をついと摘んでカーテシーを試みる。

 今のカーテシーは上手くいったような気がするぞ。俺は少しばかりどや顔になる。

 しかし公爵夫妻はこちらを見て眉を顰めただけで、俺の所作に関するなんらかの感想を口にしたり、挨拶を交わしたりなんてことは起きなかった。……まぁ、そんなものだよな。


「第五王子エドゥアール殿下がお待ちだ。粗相のないように」


 レッドグレイヴ公爵はそっけなく言うと、扉を軽くノックする。


「娘のイーディスを連れて参りました」


 そして、中にいる人物にそんなふうに声をかけた。

 この部屋の中に……俺の婚約者様がいるんだな。

 数年後にはこの家から逃げてしまうつもりなので、彼と婚姻することはないのだが。

 足拭きマットのように踏みつけられ続ける生活を、公爵家から王家に河岸を変えて継続するつもりはない。


「……入れ」


 幼さを残す少年の声が耳に届いた。

 レッドグレイヴ公爵夫人が、こちらに視線を向けて扉の方へ顎をしゃくる。

 これは、中に入れということか。

 さてさて。リアナがあんなに嬉しそうにする俺の婚約者は、どんな相手なのかな。

 ろくでもない相手であることは、確実なのだろうが……。


「レッドグレイヴ公爵の娘、イーディス・レッドグレイヴ参りました」


 部屋に入ってからカーテシーをしつつ挨拶をする。

 そして顔を上げると──。

 先日森の中で出会った丸くてぽちゃぽちゃとした少年と、ばちりと視線が絡み合った。


「お、お前は……っ」


 彼は目を白黒させて、焦った声を上げる。彼の後ろに控えている侍従と護衛騎士が、それを聞いて首を傾げた。

 なるほど、彼が第五王子殿下だったのか。

 彼には俺が魔法を使うところを見られている。……これは困ったな。

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