未来を編む
餡を小麦粉の生地で包み、ごま油で揚げた菓子・歓喜団。これを食べながら心の中で私はこの目の前で繰り広げられている奇妙な茶会に首を傾げていた。
「林杏は外国の方と結婚する相が出ています」
私の前には例の『神の乙女』が鎮座しており、宮女らの恋占いに精を出していた。
「え?! それって男前ですか? 金持ちですか?」
林杏の分かりやすい男の好みを聞いて思わず小さくため息をつくが、神の乙女は全く動じた様子はない。
「男前かどうかは主観的な部分もありますが、決して醜男ではございません。仕事は……交易を担う仕事についている方です。財力に関してですがハッキリとしたことは分かりかねますが、身なりは悪くないので決して貧しい家庭の方ではないと思われます」
そう断言をされ林杏は「やった!」と小さく叫び声をあげる。
『神の乙女』はどうやら相手の手を取ると、その人の運命の相手の映像が脳裏に映るらしい。本人は「全く役に立たない能力で――」と卑下していたが、その能力を知った林杏は目の色を変えて「占ってくれ」と懇願した。
「『神の乙女』様、男運最悪の依依も占ってやってくださいよ」
私の隣で歓喜団の味を確かめるように食べている依依の背中を林杏は勢いよく押す。
「林杏、失礼ですよ!」
依依の夫は既に亡くなっている。ただ依依は若々しく見えるため「独身」と思われても不思議ではない。それ故に「依依の運命の人を占え」という願いは、『神の乙女』の能力を試すようだと感じたのだ。
「蓮香様、大丈夫でございます。それに私のことは雪と呼んでください」
以前の淡々とした話し方と異なり少しだが、雪様の声は柔らかくなっているような気がする。
「では依依ですが――」
雪様は依依の手を取ると、ピタリと言葉が止まった。少しするとゆっくりと言葉を絞り出すようにして口にした。
「間違いでしたら、ごめんなさい。もしかして……依依は運命の方と既に会っているけど、そのお相手は亡くなられていませんか?」
「その通りでございます」
唖然として言葉もない私達の心を代弁するように依依が静かにうなずく。
「私の運命の相手はあの人だったんですね。なんだかホッとしました」
「ホッと?」
雪様はそう言って依依の言葉を聞き返した。
「はい。私の人生は彼が全てでございました。こうして後宮に来ることになったのもやはり彼が原因です」
一般的に女性の幸せは結婚して家庭に入り、子供をなして夫を支えることと言われている。依依が歩んでいる道はそれとは真逆の道ともいえるだろう。
「だから時々、心配だったんです。どこかで私の運命の人が私を探していたらどうしようって――。でもそんな心配はなかったんですね」
そういった依依の表情は分からなかったが、その言葉からは清々しさが感じられた。
「依依の死んだクソ旦那のことを言い当てるなんて、雪様って凄いですね。ちなみに雪様の運命の相手は陛下なんですか?」
再びぶしつけな質問を投げかけた林杏に私は立ち上がって黙らせようとしたが、それを止めるように雪様は首を横に振った。
「自分自身については占えないの。でも――、陛下の運命の相手は私ではないのは、占うまでもなく後宮に来てすぐに気づきました。だって、陛下は蓮香様の前では全然違う顔をお見せになるんだもの」
「違う?」
『神の乙女』を前にして、やはり陛下が双子であるという秘密が発覚したのだろうかと少しばかり緊張が走る。
「えぇ。神殿で陛下に何度か声をかけていただいたことはありますが、蓮香様にお見せになる表情とは雲泥の差でございました。本当に愛しそうに大切な存在でいらっしゃるのが分かりました」
「だから追放しろなんて言ったんですか?」
林杏の爆弾発言に、さすがに雪様のお付きの宮女らが一歩前に出て抗議しようとするが、それを雪様が片手を上げて止める。
「いいのよ。本当のことだもの。私は陛下と蓮香様が一緒にいるところを拝見し、これは無理だって思いました。幼い頃から泣くことも笑うことも禁じられた面をつけた人形のような私が叶うわけありませんもの」
雪様にかねてから同情的な気持ちを抱いていたが、その理由がようやく判明した。私と生い立ちが似ているのだ。
「私は雪様のような崇高な仕事ではございませんが、やはり幼い頃から機織りの修業だけをしてきました。機織りばかりさせられており、どうやったら自分が幸せになれるかすらも分かりません」
村では衣食住が提供され一般常識も教えてもらったが、十代の少女としての生き方については教えてもらえなかった。だから機織り以外の場所で幸せを見付けられるかどうか――という基本的なことが分からないのだ。
「でも時々思うんです。幼い頃の十年は本当に貴重で、取り返しのつかない十年ですが……。戻れない以上、これからの十年、二十年をどう生きていくことを考える方が大切じゃないかと」
「……さすが蓮香様でござますね」
それは、とても短い返事だったが雪様が静かに微笑まれたような気がした。
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