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盲目の織姫は後宮で皇帝との恋を紡ぐ  作者: 小早川真寛
第1部

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大いなる眠り《其の伍》

「お願い!! 返して!!!!」


 と錯乱する淑妃に瑛庚エイコウ様は呆れたようにため息をつく。


「寝台を別の者と使ったのは、そちのほうであったか」


「陛下! 違います。淑妃様は妊娠中ゆえ、精神的に不安定でございまして」


 淑妃様を黙らせようと必死な宮女頭は、そう言って慌てて取り繕う。


「ほう……。では弁明でも聞こうか」


「この者は出入りの麻花マーホア売りでございました。もちろん、普段は後宮には入ってこられないのですが、ある宮女が宦官の服装をさせて潜り込ませたのでございます。異国の話をする面白い者でございましたので、時々淑妃様のもとを訪れていたのですが、ある日箪笥の角で頭を打ってしまい亡くなったのでございます」


「処分しかねて埋めたと」


 瑛庚様にそう言われ、宮女頭は頭が取れんばかりに首を縦に振った。宦官のフリをして後宮に潜り込むこと自体が大罪だ。そのため事故で亡くなったことを報告できかねたのだろう。


「頻繁に出入りしておりましたが、決して……決して男女の関係だったというわけでは――」


「いいえ、駿良シュンリョウと私は愛し合っておりました!」


 淑妃様がそう叫び、再び宮女頭の全てが台無しになるのが分かった。隣で絶望に打ちひしがれている宮女頭らをよそに淑妃様はウットリとした様子でさらに男について語り始めた。


「愛していたからこそ、後宮で生活できるようにして()()()()()のに……。駿良は他の宮女とも情を交わすようになったんです。おそらく私のことを想って、私を失望させようとしたのでしょう。だから遠慮しなくていいよう繋いで、同じ空気を吸えるのは私だけにしたのでございます」


 ようやく男の腕に手枷がつけられている意味が判明した。何か罰を受けて……のことかと思っていたが、逃げようとした男が監禁されたのか。淑妃様は本気だったようだが、男は危険な火遊びのつもりでしかなかったに違いない。


「陛下。もう宮と駿良は返してくださいませ」


 この期に及んでもまだ宮で生活できると思っている彼女に正直、驚きを隠せないが、数年前の時点で既に気を病んでいたのかもしれない。


「その遺体は家族に返してやれ。淑妃の位を下げ、離宮に幽閉せよ。沙汰は追って伝える」


 取り付く島がないという様子で瑛庚様がそう言うと、淑妃様は宮女頭の腕を振り払い私に飛びかかってきた。


「お前が! お前が宮を使いたいなどとたわけたことを言うから!!!!」


 片手が離されたと思った瞬間、チャリンと鈴の音が聞こえてくる。その音が簪であることが分かったのは、それが瑛庚様の腕に突き立てられたからだ。私の喉元へ向かって振り上げられた簪を、瑛庚様が代わりに受けたのだ。


「勘違いするな。そちの責めを受けるのは私だ」


 瑛庚様の言葉を機にその場は騒然となる。

 錯乱する淑妃を抑える衛兵、瑛庚様の手当てをせんと集まる宮女。私はその混乱の真ん中に居ながら、唖然とすることしかできなかった。




 それから数日後、私は淑妃様の宮で耀世様に膝枕をしていた。遺体が出てきた宮であり、怪奇音がするということから誰も寄り付かなくなってしまったため、私が使うことを許されたのだ。

 

「淑妃があんな人物とは思わなかったな」


 応接室の長椅子に座る私の膝の上に頭を乗せながら耀世様はそう言った。結局部屋が広くなったところで、使われるのはやはり長椅子というのだから面白い。


「さようでございますね」


「なんだ。含みがある言い方ではないか」


 あの騒動を目の当たりにして彼がまだ気づいていないのか……と思うと、ため息が漏れた。


「淑妃様の行われたことは異常でございますが、後宮も似たような仕組みではございませんか」


「な、何が一緒だというのだ」


 耀世様は起き上がり、声高に反論する。確かに淑妃様のしたことと同じと言われれば腹も立つだろう。私はあえて淡々と事実を語ることにした。


「陛下の想いだけにすがるしかなく、自由に外を出歩くこともできない。そしてその愛は必ずしも自分だけには向いておらず、自分に向いていたとしても何時まで続くという保証はない。どこかの皇帝は仕事で言葉を交わす宦官とすら話して欲しくないとおっしゃります。まるで後宮の女は物のようではございませんか」


「それは――」


 反論しかけた耀世ヨウセイ様は何かに気付いたのか、言葉を失くした。


「愛は尊い物でございますが、両者の間において力関係が存在した場合、ひずみが出てくることもあるのですよ」


「ではどうすればいい?私が皇帝である以上、後宮でしかそなたとは会えぬではないか。そなたは后妃にも皇后にもならないという。ならばどうしたらいい?皇帝を辞めればいいのか?」


 すがるように手を握られ私は苦笑する。


「陛下は一度でも人として私と向き合ってくださいましたか?」


「向き合っているではないか。これだけ愛情を向け二日ごとに通い、欲しい物があるなら何でも用意すると言っているではないか。この宮だって用意した」


「では――。いつ私がそれを望んだのでございますか?」


 耀世様はグッと言葉を飲み込み、私の手を強く握る。皇帝から愛情を注がれ、欲しい物を全て与えられることを望む後宮の住人は多いだろう。だが私は静かに機織りがしたいだけなのだ。

 人として向き合っていないからこそ、他の後宮の住人と同じように接しているのではないかと指摘したのだが、どうやら言葉がきつすぎたのだろうか……。長い沈黙が二人の間に流れる。


「では、私が向き合ったならば、蓮香も向き合ってくれるのか?」

 

 長い沈黙を破るようにそう言った耀世様の言葉に私は優雅に微笑む。自分が相手に対して真剣に向き合ったとしても、時には相手から見向きもされないことがあるのが恋愛だ。

 

「それは――難しい問題でございますね」


 この問題を彼が解くことができる日が来るのか……少しばかり興味がわいてきた。


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