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盲目の織姫は後宮で皇帝との恋を紡ぐ  作者: 小早川真寛
第1部

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22/99

甘い毒薬の贈り主

「今回もそちの活躍で事件が解決したと聞いたぞ」


 私は全く味のしないお茶をいただきながら、この奇妙な状況について考えていた。私の目の前には皇后・薇瑜ビユ様が座っており、私はその前で味のしないお茶をいただいている。本当にお茶の味がしないのか緊張で味がしないのかは疑問だが、薇瑜様は顔色一つ変えずに飲んでいるので、おそらく後者が正解なのだろう。


「徳妃の罪を晴らしてくれて――妾からも感謝の気持ちを伝えたくてな……こうして招待したのじゃ」


「ありがたきお言葉にございます」


 そう言われると返す言葉はこれしかない。


「して――陛下からそちの好物は宮餅と聞いてな。用意させたのじゃ。よかったら持っていっておくれ」


 薇瑜様がそういうと、控えていた宮女が私の膝の上に乱暴に籠を置いた。その籠の中からは薄っすらと餡のカビた匂いが漂ってくる。


「本当は中秋の名月までに贈りたかったのじゃが、陛下からのお渡りがあると聞いてのう。遅くなってしもうた。ほんに済まん」


 薇瑜様ほどの立場ならば改めて宮餅を作らせることも可能だろう。だがあえてこの宮餅を渡してきたとなると、色々な意味が込められていることが伝わってきた。


「お褒めのお言葉だけでなく、褒美までご用意してくださり、誠にありがとうございます」


「気にするではない。それに褒美はまだあるのじゃよ」


 カビた宮餅以外の褒美の存在が知らされ、思わず身構えてしまう。


「そちの名推理は素晴らしかったが――、一つ気になることがあったのではないかえ?」


「毒の出どころでしょうか」


 徳妃様の冤罪を晴らすことだけに集中していたので、あえて触れなかったが確かに一番の問題は毒の出どころともいえるだろう。大きな後ろ盾もなく、地方貴族出身の蓉華様がどのようにして後宮に毒を持ち込んだのかは大きな謎だった。

 ただ『自殺』と断定されたことにより、その出どころについては深く追求されることはなかった。


「そちは賢いのぉ~~。トントンと話が進むからほんに楽しい」


「皇后様はご存知なのでしょうか」


「知っているも何もあれはな、妾が用意したものなのじゃ」


 突然の告白に私は思わず耳を疑う。


「宮女と違って后妃に一度召し上げられると、簡単には後宮を出ることができない。だから妾は新たに后妃になる人物には毒を贈っているのじゃ」


 宮女もだが、より『皇帝の物』に近いのが后妃だ。そのため一度后妃になると罪を犯した時、死んだ時、誰かに褒美として与えられる時……など限定的な状況でしか後宮を出ることは許されない。


「人間としての尊厳を守るためには……時には毒が必要となるのじゃよ。まぁ、蓉華殿の場合、使い方を間違えたような気もするがのぉ――」


 その声色は罪を告白する人間のそれではなかった。まるでとっておきの香水を贈った……というような気軽な響きにゾッとさせられる。得体のしれない大きな何かに身を包まれるような恐怖に支配され始めた時、廊下の遠くから


「お待ちください」

「いましばらく」


と必死に部屋への侵入を押しとどめようとする宮女らの声が聞こえてきた。その喧噪に気付くと、薇瑜様は聞こえるようにチッと大きく舌打ちする。それと同時に部屋の扉が乱暴に開けられ


「蓮香!! 無事か!!!!」


という声が部屋に響いた。その声の主が燿世ヨウセイ様と分かり私は思わず顔の緊張が緩む。


「陛下、無事とは人聞きの悪いですわ」


 先ほどの気迫はどこかに消え、フンワリとした香りが漂ってくる。音もなく椅子から立ち上がったのだろう。私もならうようにして、床に膝をつき礼の態勢をとる。


林杏リンシンは皇后の宮女に蓮香が連れ去らわれたと申していたが――」


「確かに急にお誘い申し上げ、手をお貸しするよう宮女らには申し付けましたが……まるで人さらいのような言い方――。薇瑜は悲しゅうございますわ」


 まるで今にも泣きそうな勢いで燿世様に薇瑜様が縋りつく音がする。


「それに……このようなカビた宮餅を食わそうとしていたではないか!」


 やはり傍目から見てもハッキリと分かるレベルでカビていたのか……と思うと、あの場で食べなくて本当によかったと自分の英断に感謝をしたかった。


「これは蓮香殿が『あまっている宮餅をいただきますよ』と仰ってくださったので、お言葉に甘えただけですわ」


「そうなのか……」


「はい――。皇后様の仰る通りでございます。カビた宮餅でもカビを取り除き、餡の部分だけを粥として煮ますと美味しく食べることができます。そこで後宮で一番宮餅を集めていらっしゃる皇后様にお裾分けをお願いいたしました」


 とっさに出た言葉だが、我ながら上手い言い訳だ。燿世様には『ここは穏便に片づけてくれ』と必死で心の中で願っていた。


「分かった。宮餅を貰ったようだし、話はもう済んだんだな?」


 切実な私の願いが通じたのか、苛立ちを隠せていないものの燿世様はそういうと私の腕をつかみその場に立たせた。


「蓮香の部屋へは私が送る。そして次回から蓮香を呼び出す時は私にも伝えるよう」


 燿世様に引きずられるようにして部屋を出ようとする中、背中に


「ほんにご寵愛がお厚いことで――」


と小さな薇瑜様の声が投げかけられた。それは本当に小さな小さな声だったので、おそらく私にしか届いていなかっただろう……。

【御礼】

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