甘い毒薬《其の参》
徳妃様が幽閉されている部屋の状態から、そこは牢に準ずる場所なのだということが伝わってきた。冷たい石床、隙間風、かび臭いにおいが漂っていることから窓が最小限しか存在しないか、あっても日当たりが非常に悪いのだろう。
「陛下――!!」
陛下が部屋に足を踏み入れた瞬間、寝台の上にいた徳妃様は転げ落ちるようにして入口に向かってきた。
「何かの間違いでございます。私が毒を盛るなど!!!! 今一度お調べくださいませ」
既に事件自体が瑛庚様にとって、忌むべき存在になっているのだろう。冤罪を訴える徳妃様から素早く瑛庚様は顔を反らす。
「陛下、直ぐに徳妃様を元のお部屋に戻して差し上げてくださいませ」
私は宮女らに抑えられている徳妃様に駆け寄り、その脈を確認する。徳妃様の側に行かないでも、いや……おそらく誰でも分かるだろう。この状況は彼女にとってもお腹にいる子どもにとっても最悪な状況でしかない。
「罪を赦せというのか――」
その言葉の端々から苛立ちが伝わってくる。
「確かに蓉華様がお亡くなりになった原因は徳妃様にあるといえますが――直接手にかけられた……という意味では無罪でございます」
「わ、妾が……蓉華を?」
直ぐ真横から徳妃様の殺気を感じる。確かに本人としてもそのように言われるのは不本意だろう。
「妾は――誰よりも蓉華の幸せを願っておったわ!だからこそ、従二品の后妃に推挙したのではないか!!」
「ずっとその機会を伺っていらっしゃったんですね」
「何故それを――」
「一年前に帯の制作をご依頼くださったではありませんか。おそらく正二品の后妃に据えるには、蓉華様には後ろ盾がなかったのでしょう。ならば従二品の后妃に――とお考えだったのではありませんか?」
正二品までの后妃は全員、有力貴族の娘か隣国の公女という場合が多い。そのため瑛庚様は正二品までの后妃を平等に妊娠させる必要があるとも考えていたのだ。
「しかし正二品までの后妃しか帯が授けられないことを知って、内々に帯を用意しようと画策されたんですね」
おそらく徳妃様が蓉華様に提供できる最大限の幸せだったのだろう。
「そうじゃ! 妾は蓉華の幸せを願って、これまで色々な苦労をしてきた。それだけ大切に思っている蓉華を何故妾が殺さねばならぬ! 陛下、これは何者かによってはめられた罠なのでございます!!!!」
「ですが……それは本当に蓉華様にとって『幸せ』だったのでしょうか?」
「陛下の御前でよくそのようなことを申せるな!!」
徳妃様の怒りは、隣にいる私の肌に突き刺さるような勢いだ。幽閉生活で積もった苛立ちが全て私に向けられているのが伝わってくる。
「蓉華様は、徳妃様から贈られた帯を一度もお使いになられてはいらっしゃいませんでした。これは、あくまでも推測でしかございませんが……。蓉華様は徳妃様をお慕いされていたのではないでしょうか」
「わ、妾を?」
「はい。徳妃様の犯行と決定づけられた遺書でございますが、あれは蓉華様がお書きになられたものと思います」
「しかし、あれは徳妃しか使わない墨で書かれていたものだったが……。しかも筆跡も徳妃の物だったぞ」
瑛庚様の疑問は尤もだ。
「まず筆跡でございますが、陛下などに文をしたためる際、宮女が代筆することはよくございます。字が美しいことが前提で、宮女に代筆を依頼することもございますが、主の字を宮女が模倣して書くこともございます」
「つまり蓉華は、徳妃の筆跡を真似ることができたというわけだな」
「左様でございます。さらに墨についてでございますが、徳妃様が本来ご使用されている墨は一か月ほど香りが残るものでございますよね?」
「そうじゃ……。妾の地元で作られる特殊な墨を使用しておる」
「ですが、遺書からは微かにしかその香りは漂ってきませんでした。つまりあの遺書が書かれたのは一ヶ月近く前の話……。つまり蓉華様が徳妃様の宮女時代に書かれたものではないでしょうか」
宮女時代ならば、徳妃様やその周囲の目を欺いて遺書を作成することは容易にできるだろう。
「あくまでも推測ではございますが……あの遺書は陛下ではなく徳妃様へ向けられた遺書なのではないでしょうか」
「妾に?」
「蓉華様は徳妃様のお側に仕えることを何よりの喜びと感じていらっしゃったのでしょう。しかし徳妃様からの推挙により后妃になることが決定し、帯まで贈られた……。しかも一年前からそれを用意していたことを知って、蓉華様は絶望されたに違いありません」
「妾が厄介払いをしたと……?」
「そう感じられても不思議ではないかと――」
一朝一夕で后妃の座を手にすることは難しい。徳妃様はさも偶然、陛下の目に蓉華様がとまったかのように演出していたが、それは長い年月をかけて計画されていたものだったのだろう。勿論、それは徳妃様の好意でしかないのだが蓉華様からすると長い年月をかけて厄介払いをしたと受け取ったに違いない。
そしてそんな絶望の中、蓉華様は自死という選択肢を選んだのだ。
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