第23話 戴冠記念日
戴冠記念日の朝が来た。
王宮は祝賀の飾りで彩られている。旗が風にはためき、花が至る所に飾られ、楽師たちの音色が響いている。誰もが晴れやかな顔をしている——表向きは。
私は深呼吸をして、鏡の前に立った。
今日のドレスは白。純潔と祝福を象徴する色。けれど、その下には覚悟を秘めている。
「お嬢様、準備は整いました」
リディアが小さな包みを差し出した。中には薄い紙の束が入っている。「社交界の窓」号外。昨夜、徹夜で刷り上げたものだ。
「配布の手筈は」
「アメリアと協力者たちが、会場の各所に待機しています。合図があれば、すぐに」
私は頷いた。
式典会場である王宮大広間は、既に貴族たちで埋め尽くされていた。
煌びやかな衣装。宝石の輝き。談笑の声。誰もが戴冠記念日を祝う気分でいる。この中の何人が、今日起きることを知っているだろう。
セバスチャンが傍に来た。正装に身を包み、いつもより表情が硬い。
「準備は」
「整っています」
「父上にも伝えてある。護衛は待機中だ」
彼の目が会場を見渡した。オズワルドの姿を探しているのだろう。
「あそこだ」
視線の先に、オズワルドがいた。宰相補佐官の席で、穏やかな笑みを浮かべている。その隣には——エドワードの姿があった。
元王太子は、どこか虚ろな目をしていた。正装を纏い、背筋を伸ばしているが、その目に光がない。操り人形のようだと、私は思った。
「兄上……」
セバスチャンの呟きが聞こえた。その声に、痛みが滲んでいる。
式典が始まった。
国王陛下が玉座に着き、宰相が祝辞を述べる。三十年前のこの日、陛下が戴冠したことを称え、王国の繁栄を祝う言葉が続く。
私は緊張で息が詰まりそうだった。いつ来る。いつオズワルドが動く。
祝辞が終わり、貴族たちの代表が順に挨拶を述べ始めた頃だった。
「陛下」
オズワルドが立ち上がった。その声が、会場に響く。
「発言を許可いただけますでしょうか」
国王陛下の目が細くなった。けれど、公の場で拒否することはできない。
「許可する」
オズワルドは一礼し、会場の中央に歩み出た。
「本日は戴冠記念日という慶事。私からも、王国の未来について一言申し上げたく存じます」
彼の声は穏やかだった。けれど、その目が光っている。
「王国の繁栄には、正統な継承が欠かせません。しかし昨今、継承をめぐる混乱が続いております。王太子殿下の廃嫡——いえ、継承順位の降格は、王国に動揺をもたらしました」
会場がざわめき始めた。
「私は提案いたします。この混乱を収めるため、エドワード殿下の復権を——」
「待ってください」
私は声を上げた。
会場の視線が、一斉に私に集まった。オズワルドの目が、鋭く光る。
「フローレンス嬢。何か」
「発言の前に、皆様にお配りしたいものがございます」
私は合図を送った。
会場の各所で、アメリアと協力者たちが動いた。薄い紙の束が、貴族たちの手に次々と渡されていく。
「社交界の窓」号外。
オズワルドの顔が、わずかに強張った。
「何のつもりだ」
「お読みください。オズワルド・マリアンヌ様——いえ、マリアンヌ侯爵夫人の弟君」
会場がどよめいた。
号外には、全てが書かれていた。オズワルドとハワード侯爵の共謀。エドワード復権計画。そして——侯爵夫人の断罪の陰で、弟が密かに復讐を企てていた事実。
「姉君の復讐のために、王国を混乱に陥れようとしている。それが貴方の本当の目的ではありませんか」
オズワルドの笑みが消えた。
「……でたらめだ」
「証拠はございます。ハワード侯爵の証言。軍内部からの情報。そして——貴方の側近からの密告」
会場が騒然となった。貴族たちが号外を読み、顔を見合わせ、囁き合っている。
「謀られた——」
オズワルドの顔が歪んだ。それから、彼はエドワードの方を向いた。
「殿下! 今です! 宣言を!」
エドワードが立ち上がった。会場が静まり返る。
彼は号外を手にしていた。その目が、紙面を見つめている。
「殿下!」
オズワルドが叫んだ。けれど、エドワードは動かなかった。
「……これが、真実か」
エドワードの声は小さかった。けれど、静まり返った会場には、はっきりと聞こえた。
「オズワルド。お前は——姉の復讐のために、私を利用したのか」
「違います、殿下。これは王国のため——」
「嘘だ」
エドワードの声が、初めて強くなった。
「私は——愚かだった。自分の弱さから、お前の言葉に縋った。けれど——」
彼はセバスチャンを見た。弟を。
「弟を陥れてまで、王座が欲しいわけではない」
会場がどよめいた。
「私は——復権を望まない。オズワルド、お前の計画には加担しない」
オズワルドの顔が、蒼白になった。
「殿下……何を……」
「終わりだ、オズワルド」
国王陛下が立ち上がった。その声が、会場に響き渡る。
「護衛、オズワルド・マリアンヌを拘束せよ」
護衛たちが動いた。オズワルドを取り囲む。
けれど——オズワルドは笑った。
「まだだ」
彼の手が、懐に伸びた。
「まだ、終わっていない——!」
その瞬間、セバスチャンの手が私の手を掴んだ。強く、確かに。
「伏せろ!」




