第21話 御前会議
御前会議の朝が来た。
私は深紅のドレスに身を包み、鏡の前に立った。フローレンス家の色。名誉回復式典と同じ色だ。あの日も戦いだった。今日もまた、戦いだ。
「お嬢様、準備は整いました」
リディアが言った。証拠書類の束を抱えている。私は頷き、部屋を出た。
廊下でセバスチャンと合流した。彼は正装に身を包み、いつもより険しい表情をしていた。目が合うと、小さく頷く。
「行くぞ」
「ええ」
私たちは並んで歩き始めた。御前会議の間へ向かう廊下は長い。すれ違う文官たちが、好奇と緊張の入り混じった目で私たちを見ていた。
御前会議の間は、王宮の中央にある。
高い天井。壮麗な装飾。長い机が円形に配置され、王国の要人たちが席についている。正面には玉座。国王陛下が厳かな表情で座していた。
私たちが入ると、視線が集中した。
国王の右手には宰相。左手には王妃陛下。そして——ハワード侯爵が、軍務卿の席に堂々と座っていた。私を見る目が、蔑みを隠さない。
オズワルドの姿もあった。宰相補佐官として、控えめな位置に。その顔には、いつもの笑みが張り付いている。
「第二王子セバスチャン、および婚約者ヴィオレッタ・フローレンスの入廷を許可する」
宰相の声が響いた。私たちは進み出て、国王の前に膝をついた。
「面を上げよ」
国王陛下の声は落ち着いていた。私は顔を上げ、陛下の目を見た。
「本日の議題は承知している。告発を許可する。セバスチャン、申し述べよ」
セバスチャンが立ち上がった。
「父上、ならびに御前会議の諸卿。本日私は、軍務卿グレン・ハワード侯爵の不正を告発いたします」
会議の間がざわめいた。ハワード侯爵が椅子から身を乗り出す。
「何だと」
セバスチャンは動じなかった。
「ハワード侯爵は、軍の予算を私的に流用し、領地内で私兵を育成しております。これは横領であり、反逆の準備と見なされてもおかしくない行為です」
「戯言を」
ハワード侯爵が立ち上がった。顔が紅潮している。
「証拠はあるのか。根拠のない中傷で、儂の名誉を——」
「証拠はあります」
私が口を開いた。会議の間が静まり返る。
「フローレンス嬢か」
国王陛下が私を見た。
「発言を許可する」
私はリディアから書類を受け取り、進み出た。
「こちらは、軍の内部帳簿の記録です。訓練費、武器購入費、馬の飼料費——いずれも通常の額を大きく超えております。その差額は、ハワード侯爵の領地内にある施設に流れています」
書類を広げ、数字を示していく。
「この施設は名目上は訓練所とされていますが、正規の軍施設ではありません。侯爵個人が管理する場所です。そこで何が行われているか——」
私は次の書類を取り出した。
「先日、第二王子殿下を狙った暗殺未遂事件がありました。その暗殺者の身元を調査したところ、ハワード侯爵の領地出身であることが判明しております」
「状況証拠に過ぎん!」
ハワード侯爵が叫んだ。
「領地出身だからといって、儂が指示した証拠にはならん!」
「では、こちらはいかがでしょう」
私は最後の書類を示した。
「軍内部の将校から得た証言です。侯爵は近年、自身に忠誠を誓う者だけを要職に配置し、異を唱える者を閑職に追いやってきた。これは軍の私物化に他なりません」
会議の間がどよめいた。他の卿たちが顔を見合わせ、囁き合っている。
「でたらめだ!」
ハワード侯爵が机を叩いた。
「小娘の戯言を信じるのか! 儂は三十年、この国のために剣を振るってきた! 儂の忠誠を疑うなど——」
「ハワード卿」
国王陛下の声が、静かに響いた。
「黙りなさい」
一言で、侯爵の口が閉じた。陛下の目は冷たかった。
「証拠は精査させる。だが、現時点でも十分な疑惑がある。ハワード卿——調査が終わるまで、軍務卿の職を解く」
「陛下!」
「異議は認めない」
国王陛下が立ち上がった。その威厳に、会議の間全体が息を呑んだ。
「私兵の育成、軍資金の流用、暗殺への関与——いずれも重大な疑惑だ。調査の結果、事実と認められれば、相応の処分を下す」
ハワード侯爵の顔から、血の気が引いていく。三十年の栄光が、崩れ落ちようとしている。
「……謀られた」
低い声で呟いた。その目が私を睨む。憎悪に満ちた目だった。
「小娘が……覚えていろ……」
護衛が侯爵を取り囲み、退出を促した。侯爵は最後まで私を睨みながら、会議の間を去っていった。
会議が終わり、人々が退出していく中、私はある視線に気づいた。
オズワルドだ。
彼は宰相補佐官の席で、静かに座っていた。会議の間中、一言も発しなかった。ハワード侯爵を庇うことも、告発に異を唱えることもなく——ただ、沈黙を守っていた。
今、彼は私を見ていた。
その顔には、笑みが浮かんでいる。怒りでも、焦りでもない。まるで——面白いものを見たとでも言いたげな、不気味な笑み。
私と目が合うと、彼は小さく頭を下げた。何の感情も読み取れない、慇懃な礼。そして、静かに退出していった。
「ヴィオレッタ」
セバスチャンが傍に来た。
「勝ったな」
「……ええ」
私は頷いた。けれど、心の奥に引っかかるものがあった。
ハワード侯爵は失脚した。けれど、オズワルドは無傷だ。彼はハワード侯爵の共謀者だったはず。なのに、何も動かなかった。庇いもしなければ、焦りもしなかった。
まるで——切り捨てることを、最初から決めていたかのように。
「どうした」
セバスチャンが私の顔を覗き込んだ。
「いえ——少し、考えていました」
「何を」
「オズワルドのことです。彼、何も言いませんでしたね」
セバスチャンの目が細くなった。
「気づいていたか。俺も——あの沈黙は気になる」
窓の外を見た。昼の光が、王宮を照らしている。
勝った。確かに勝った。けれど——
あの微笑みが、頭から離れなかった。




